第3話 白状しよう

 一時間ほどかけて、第一層で見かけたプラーグたちは、ほとんど狩り尽くした。


 といっても、しばらくしたら、瘴気を媒介にして土や岩壁からひょこひょこ再生産リポップされるに決まってるから、尽きることがない。創造主が崩身した後も、律儀にご主人様の言いつけを守って戦略拠点兵器としての役割を全うしているってわけだ。


 そう考えると、地下魔構ダンジョンってのは本当に摩訶不思議だ。知的好奇心をいつも刺激してくれるって面では、非常に興味深い存在だと言えた。


(予定通り、このままいけば無事に第三層までいけるな。時間にして、往復六時間ってところか)


 事前準備をしっかりやっていたおかげで、順調に事が運んでいる。だが油断は禁物だ。たかがいち影響紡ぎエフェクターであるぼくの力では、《ロングレッグス》に代表されるレベル1の地下魔構ダンジョンを探索するだけで精一杯だ。


 ぼくの同期の冒険者たちの中には、もう数年前にレベル2を完全踏破クリアして、レベル3の中層に探索の手を伸ばしている奴もいる。それでも、の成長スピードと比較すれば、鈍い。アローウィングとロトンボぐらいの差がある。


……か)


 短杖スティックを腰の革帯ベルトに差し戻して、照命石ライトストーンの光で腕時計ウォッチを確認。時刻は午前十時を過ぎたあたりだった。


(たしか、結婚式って昼の十二時からだったよな)


 前日のことを思い出したせいだろうか。胸のあたりがむず痒かった。


(式はズィータの高層建造体スクレイパーで執り行うらしいけど……こりゃまた、ずいぶんな大都市でやるもんだ)


 休憩がてらに、近くの岩場に腰を下ろして、からだを休めることにした。そんなに疲れちゃいなかったんだけど、ざわつく気分をとにかく静めたかった。


 暇つぶしに、もう何十回も読み込んだ《夜のはじまり》の取説を探索者装束ガーメント胸小袋ポケットから取り出し、文字を追いはじめる。


(出身はフォレスタ村だったはず。そっちでやるんじゃないのか。まぁ、相手が相手だからかなぁ)

 …………

 …………

(冒険局第五班のメンバー総出でお祝いか。M・Mも呼ばれているのかな。呼んでおいたほうが楽だと思うぞ。ああいう人っていろんな人の結婚式に出てるから。たぶん。お祝いの言葉なんてすらすら出てくるだろ。たぶんだけど)

 …………

 …………

(しっかし、SS級冒険者とA級冒険者の結婚か……絵に描いたような夫婦像だな)

 …………

 …………

(何時間くらいやるんだろう。結婚式って。披露宴も含めると……二時間? もっとかかるのか? 一度も呼ばれたことねーからわかんないや)

 …………

 …………

(彼女、どんなドレスを着るんだろう)

 …………

 …………

(きっと、綺麗なんだろうな。当たり前か。いつも綺麗なんだから)

 …………

 …………

(撮影終わりに『伸靴ヒールに慣れてないから、転ばないかいつも心配なんですよね』って笑ってたときがあったな。結婚式でも、きっと伸靴ヒールを履いてるだろうな。彼女、すっ転んでなければいいけど)

 …………

 …………

写画機キャメラを前にしても、堂々としていたよなあ。すごいよなぁアイツは。さすがA級冒険者。肝が据わってる。でも、ちょっと抜けてるというか、子供っぽいところもあるんだよな)

 …………

 …………

(そもそも、なんで伸靴ヒールなんて履くのかな。新郎と身長を近づけるため? 彼女の身長は……たしか百五十五センチくらい……だったか。マジに転んでなければいいけど。転んだら一生からかってやる)

 …………

 …………

(ああ。でも、あれか)

 …………

 …………

(新婦が転ばないように、新郎が隣でエスコートするのか)

 …………

 …………

(……新郎か……どういう人なんだ……やっぱりイケメンなのかな……)

 …………

 …………

(……あー、くそ)


 ダメだ。


 雑念まみれだ。雑念まみれだ。取説の文字が頭に入ってこない。


 どんどん思考が沼にハマっていく。


 さすがに、我ながらキモすぎる。


(もう、なんなんだよ)


 取説を放り投げて、ため息をついた。


 こんな気分になるのが嫌で、無理やりにでも理由を作って地下魔構ダンジョンにやってきたというのに。これでは安賃住宅アパートで暇を潰している時と、なにも変わらないじゃないか。


 ……ああ、そうだよ。白状しよう。


 正直なところ、素材集めなんて、どーでもいいんだ。


 そんなの、別にわざわざギルド休業日にやらなくたっていい。


 さすがに周囲から『なにを考えているのか分からない人』扱いされているぼくでも、そこまで狂っちゃいないさ。


 今日は、ベル・ラックベルの結婚式だ。


 あのベル・ラックベルの結婚式なんだ。


 そのことを意識すると、なんだか気持ちの整理がつかなくなって。


 居ても立ってもいられなくなって、こうして地下魔構ダンジョンを訪れたんだ。

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