見えない壁の壊しかた〜君のゆびさきから〜

澪音(rain)

はじまりは最悪の出逢いから

第1話 最悪の出逢い

 その日、わたしは友人の彩花に頼まれて、急きょモデルの代役を務めることになった。撮影を担当するのは、以前わたしの成人式の晴れ着写真を撮ってくれたカメラマンの謙さん。慣れない撮影に緊張しながらも、なんとか役目を果たそうとしていた。


そんな中、スタジオの隅にいた長身で日に焼けた黒い顔、髭を蓄えた長髪の彼が、じっとこちらを見ていることに気づいた。謙さんの後輩で、ボランティア仲間でもあるらしい。撮影の合間、休憩時間に彩花や謙さんと話していると、その彼が突然わたしたちの輪に入ってきた。


「へえ、手話なんだ」


彼はわたしと彩花が手話で話している様子に興味を持ったようだった。


そして、次の瞬間──


「すげえ可愛いじゃん! もっと顔よく見せてよ」


そう言うなり、彼はいきなり壁ドンしてきたかと思うと、顎クイまでしてきた。突然のことに驚きながらも、彼の唇の動きを読んで意味を理解した瞬間、怒りが湧き上がった。


『顔よく見るなら、そんなことしなくたっていいでしょ!』


彼は「ん?」という顔をして固まった。その様子を見て、謙さんが笑いながら通訳する。


「えーっとね、『顔よく見るなら、そんなことしなくたっていいでしょ!』だってさ」


「……まじか」


彼は驚いたようにわたしを見つめ、次の瞬間、目を輝かせた。


「え、口の動きでわかったの⁉︎ すげえ!!」


(……やばい。この人、絶対に面倒くさい)


こうして、わたしと彼の出逢いは、最悪の形で始まった。


 撮影が終わると、謙さんと彼はコロナ禍で中断していたボランティア活動について話し始めた。久しぶりに再開のめどが立ったらしく、真剣な表情で意見を交わしている。その様子を横目に見ていると、隣で彩花がクスクスと笑った。


「ねえねえ、さっきの彼のことだけどさ」


わたしが視線を向けると、彩花は少し肩をすくめながら続けた。


「あんな感じだけど、面白くていい人だよ。ボランティア仲間の中でもムードメーカーって感じでさ。まあ…みちが今まで接してきた人たちとは、ちょっと異質かもね、笑」


『いやいや、会っていきなりあんなことする人なんて無理!』


わたしが即座に言い返すと、彩花はさらに笑いをこらえきれなくなった。


「確かに、初対面の壁ドン&顎クイはなかなか強烈だよね~、笑」


まったくだ。


そんな話をしているうちに、謙さんが「そろそろ行くか」と声をかけてきた。


「せっかくだし、みんなでご飯食べに行こうよ」


「いいね!」


彩花がノリノリで賛成し、謙さんも「久しぶりに集まったしな」とうなずく。


『え、わたしも?』


「当たり前じゃん」


彩花に引っ張られ、半ば強制的にご飯に行くことに。ちらりと彼を見ると、どこか楽しそうな顔をしていた。


(……なんだか嫌な予感がする)


 ファミレスへ向かう道すがら、彩花がわたしの肩を肘でつつきながら、ニヤリと笑った。


「ねえねえ、彼、みちにすごく興味持ったみたいだね〜?」


『縁起でもないこと言わないでよ』


思わず渋い顔をしながら返すと、彩花は「わかりやすっ」と笑いながら前を歩いていった。


"関わりたくないオーラ"強く出しとこ…


そんなことを思いながらファミレスに到着。席に着こうとすると、なぜか彼がわたしの正面に座った。……いや、違う。彩花がそう仕向けたんだ。


(ちょっと! なんでこうなるの⁉︎)


彩花に目で訴えるも、彼女はしれっとメニューを開き、「わたし、オムライスにしよ〜」なんて言っている。


仕方なく注文を決め、店員さんがオーダーを取りに来たそのとき——


「えーっと俺はこれで、彼女は・・・」


彼が当たり前のように、わたしの注文を代わりに伝えようとした。その瞬間——


スッ。


彩花が無言で彼の前に手を出し、制止した。

首を振りながら


ーみちは自分で注文できるよー


何も言わないけどそう語っているようだった。


彼は一瞬、戸惑ったように彩花を見た。でも、次の瞬間、すぐに「ああ、そういうことか」とでも言うように、O.Kサインを彩花に送った。


——この人…なんか違う。

わたしはその彼の反応に、妙な引っかかりを覚えた。


注文を済ませると、わたしとまた彩花、謙さんは手話を交えながら会話を始めた。すると、正面の彼がじっとこちらを観察し始めた。


(……何?)


ちらりと視線を向けると、彼はわたしたちの手の動きを真剣に見つめ、見よう見まねで指を動かしている。


「なるほどね、これが”わたし”で、これが”ありがとう”……」


話に加わるわけでもなく、ひたすら観察し、指を動かし、「なるほど」を繰り返す彼。わたしも謙さんも彩花も、最初は気にしていなかったけれど、さすがにずっとやられると気になってくる。


すると突然、彼が勢いよく顔を上げた。


「ねえねえ、みち、見てよ!」


そう言うと、彼は今見たばかりの手話を得意げに再現してみせた。


……いや、それ、全然手話になってないんだけど。それにいきなり呼び捨て?


彩花も謙さんも顔を見合わせて笑っていた。


「お前のそういうところ 笑」

「ほら、みちもちょっと面食らってるじゃん 笑」


彼のことをよく知ってるふたりは「相変わらずだね」と笑いが止まらない様子だった。


(笑い事じゃないよ…まったく)


わたしは目の前のパスタを黙々と食べ続けた。



ファミレスを出て、「じゃあ、またね!」と解散するはずだった。……はずだったのに——


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