第45話 忙しい日

 ソロデビューライブの翌朝、目覚ましが鳴るより先にスタッフさんからのメッセージが届いていた。


 「今日の移動は八時入りでお願いします」


 スクロールすれば、取材、テレビ収録、コメント撮影……ずらりと詰まったスケジュール表。

 頭では覚悟していたつもりなのに、実際こうして並んで見ると圧がすごい。


 鏡の前で軽くストレッチをして目を覚ますと、自然と昨夜のステージが思い浮かんだ。

 光の中でマイクを握ったあの瞬間、胸の奥で何かが確かに変わっていった。

 緊張よりも嬉しさが勝った。歌うのが楽しかった。

 その余韻はまだ、身体のどこかに残っていた。


 車に揺られながらSNSを開くと、タイムラインはライブの感想で溢れていた。


 :陽菜ちゃん、めっちゃ歌うまくなってた!

 :作詞すごい……こんな言葉選べる人だったんだ

 :Noctとの相性良すぎ。次もこのタッグがいい

 :今度はオーケストラで聴きたい


 スクロールするほど、胸の奥がじんわり温かくなる。


 少しひっかかったのは、“Noct”の名前がものすごく多いことだった。

 次は誰の曲を書くのか、夜曲じゃなくて爽やかな曲も書くのか、あるいはまたオーケストラ曲を作るのか。

 ファンの期待が一気に押し寄せてきて、改めてあの作曲家の影響力を思い知らされる。


 ――奏、今どんな気持ちでこれ見てるんだろう。


 思わずスマホを握る指に力が入る。

 でも、すぐ息を吐いて気持ちを整えた。

 今日は余計なことを考えている暇はない。


 *


 午前中最後の仕事は、雑誌インタビューだった。

 控室で軽く打ち合わせをしていると、担当の記者さんがやってきて、机の上に録音機材を並べていく。


 「昨日のライブ、本当に素晴らしかったです。まずは率直な気持ちからお聞かせください」


 差し向かいの席に座って、私は姿勢を正した。


 「ありがとうございます。終わったあと、不思議なくらい心が軽くて……。今の自分が出せる全部を歌の中に込められた気がします」


 言葉を選びながら答えていると、昨夜の光景がふっと蘇る。

 泣きそうで、でも泣かなかった。ステージの上で前を向けたのは、背中を押してくれた人たちがいたからだ。


 「ソロデビューが決まったとき、グループのメンバーさんはどんな反応でした?」


 「すごく応援してくれました。“陽菜らしく歌えばいい”って。とてもありがたかったです。練習のときに背中を叩いてくれたりもしました」


 言葉にしながら、そのときの温かい笑顔が頭に浮かぶ。

 あの子たちがいなかったら、今の私はここにいない。


 「今回は作詞にも初挑戦されましたよね。やってみていかがでしたか?」


 「難しかったです。最初は何も思い浮かばなくて、色んなアーティストさんの歌詞を読んで参考にしたり。でも……楽しかった。変わりたいっていう気持ちを書きたかったんです。自分で言葉を探して形にするのは大変でしたけど、それが歌になったときの達成感はすごかったです」


 記者さんは頷きながら次の質問へ進む。


 「作曲者のNoctさんについては、どんな印象をお持ちですか?」


 ――来た。絶対来ると思ってた。

 心のどこかがピリッと緊張する。

 奏を連想させるような言葉は出せない。でも、嘘もつけない。

 慎重に、丁寧に、イメージを崩さないように。


 (記者さんには絶対にばれないようにしないと)


 「……すごく、音の表情が豊かな方だと思います。言葉より先に、景色が浮かぶような曲を書く方です。尊敬しています」


 安全圏。大丈夫。

 記者さんの表情で、変な含みを取られていないことがわかって少し安心した。


 「数々の有名歌手が依頼しても断られていると聞きますが、どうして橘さんには曲を書いてくれたと思いますか?」


 「えっと……たぶん、私が何度もお願いしたからだと思います」


 そう言うと記者さんが目を丸くしたので、少し笑って続けた。


 「本当にたくさん頼んだんです。しつこいくらいに。その……どうしても、この曲が歌いたくて。それが伝わったんじゃないかなって思います」


 言いながら胸の奥がくすぐったくなる。

 あれはただの依頼じゃなくて、誰にも言えない“お願い”だった。

 奏が引き受けてくれた瞬間の、あの不思議な高揚感を思い出す。


 最後の質問が飛んでくる。


 「今後の目標を教えてください」


 「ソロとしても、グループとしても成長していきたいです。今回の経験を無駄にせず、もっと広い場所で歌えるようになりたい。そして……昨日のステージの気持ちを忘れずにいたいです」


 記者さんは笑顔で録音を止め、取材は終わった。


 (大丈夫だよね?バレてないよね?ソロで取材は初めてだったけど、いつもグループでやってたから慣れてるはずなのにすっごく疲れたよ・・・)


 *


 控室の窓から外を見ると、昼の光がまぶしかった。

 車道の向こう側で、誰かが走っている。息を切らしながら、それでも前を向いて。

 それを眺めていると、自分の胸の中にも同じリズムが響いていた。


 ――さあ、ここからだ。


 昨日の光が、今日の私をまた一歩前に押してくれる。

 ソロとして歩き出したばかりの道。その先がどんな場所に続いているのかは分からない。

 だけど、歌いたいという気持ちだけはもう揺らがない。


 私は深呼吸して、次の仕事へ向かうために立ち上がった。



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