第3話 物語の始まり
世界的に有名なピアニスト・蒼井美琴とヴァイオリニスト・蒼井透真のコンサートツアー。その最終公演となるこの日、広大なホールは満員の観客で埋め尽くされていた。
舞台上では、圧巻の演奏を終えた二人が、深々と頭を下げる。
鳴りやまない拍手と歓声。それに応えるように、美琴と透真はもう一度舞台に立った。
アンコールの時間だ。
マイクを手に取った透真が、静かに口を開く。
「本日は最後までお聴きくださり、ありがとうございます」
言葉を切ると、観客の拍手がさらに高まる。
透真は少し微笑んでから、次の言葉を紡いだ。
「アンコールにお応えする前に――今回、特別な楽曲をご用意いたしました」
その一言に、場内がざわめく。
『特別な曲?』
『新曲か?』
観客が顔を見合わせる中、美琴が静かに続けた。
「この曲は、私たちがとても大切に思う作曲家により生み出されたものです」
透真が譜面台に楽譜を置く。客席に向けて、そのタイトルを発表する。
「――"Nocturne of Silence"」
その瞬間、観客の間でひそひそとした声が飛び交った。
『ノクターン.........夜想曲?』
『作者は誰だ』
そして、スクリーンに作曲者の名が映し出される。
――Composed by Noct――
一瞬の沈黙。
それを破るように、どよめきが広がった。
『Noctって誰だ?』
『初めて聞く名前だ...』
『新人作曲家?それとも覆面アーティスト?』
観客の興奮が高まる。
しかし、舞台裏でその光景を見つめている奏は、そっと息を吞んでいた。
(.........僕の名前が、初めて世に出る)
心臓の鼓動が速くなる。
だが、それを押し殺すように、奏は静かに目を閉じた。
透真と美琴が、静かにめを閉じた。
ホールに満ちる静寂。
そして――
最初の一音が、響いた。
静寂がホールを支配する。
美琴の指が鍵盤に触れた瞬間、最初の音がゆっくりと紡がれた。
――静かに、深く、夜の闇を思わせる一音。
それは、ただの音ではなかった。
無音の空間に染み込むように、まるで夜の帳が静かに広がるような、そんな響きだった。
観客のざわめきが止む。
次の音が紡がれる。
月明りのような、透明な高温がそっと空間を満たした。
それは静かに夜の情景を描き出し、聴く者の心に問いかけるようだった。
(これは、ただのクラシックではない)
誰しもがそう感じた。
美琴の奏でるピアノは、まるで星々の瞬きだった。
一音一音がクリアでありながら、どこか儚さを帯びていて、それが夜の静寂の中で確かな輪郭を持って広がっていく。
左手が低く沈み、右手がそれに重なるように旋律を紡ぐ。
――夜の静寂。
まるで、世界がゆっくりと暗闇に包まれる瞬間を映しているかのようだった。
そこに、透真のヴァイオリンが加わる。
細く、切なく、夜風のような音色を灯す。
夜が深まるほどに月が輝きを増すように、二つの音がゆっくりと混ざり合っていく。
『.........すごい』
誰かが、思わず呟く。
夜の静寂が、音楽になって目の前に広がっていく。
静けさの中に確かな情熱があり、どこか遠い記憶を呼び起こすような旋律が響く。
しかし、曲はここで終わらなかった。
静寂を抜けたその先にゆっくりと朝の気配が見え始める。
ピアノの旋律がわずかに変わる。
――夜が明け始めるかのように。
それは、不思議な感覚だった。
この曲は夜を描いているのに、なぜか「夜明けの予感」がする
ヴァイオリンが高音に移り、かすかな光を帯びる。
重たい夜の静寂の中に、かすかな光が差し込むような音色。それは希望の光だった。
観客の中には、涙を浮かべる人がいた。
『この曲は.......何なんだ.......?』
まるで、人生そのものを描いたような音楽だった。
静寂と希望、闇と光、絶望と再生――。
美琴と透真は、まるでこの曲を「語るように」演奏していた。
そして、最後の音が紡がれる。
ヴァイオリンが細く、遠く、光の向こうへ消えるように音を伸ばす。
美琴のピアノが、それを優しく包み込むように最後の和音を奏でる。
――沈黙。
一瞬、会場には何の音もなかった。
そして。
拍手が嵐のように降り注いだ。
最初の拍手は、恐る恐るだった。
だが、次第にそれは熱を帯び、やがて嵐のような歓声へと変わっていく。
『.........すごい』
『こんな音楽、聴いたことがない』
『Noctって.....何者なんだ?』
観客の誰もが、今の演奏の余韻に浸りながら、言葉にならない感情を抱えていた。
熱気に包まれるホール。
誰かが涙を拭い、誰かが震える手で拍手を送り続けている。
ステージ上では、美琴と透真が静かに礼をする。
二人の顔には誇らしさが滲んでいた。
しかし、それ以上に印象的だったのは、彼ら自身も演奏の余韻に浸っているような表情だったこと。演奏した本人ですら、この楽曲の力に魅了され飲み込まれたかのように。
そして、その中心にいるのは、"Noct"という未知の作曲家だった。
***
SNSはすぐに反応を見せた。
:蒼井美琴と蒼井透真のコンサート、ヤバすぎたんだけど.....
:Noct?誰?そんな作曲家いたっけ?
:調べても出てこないから新人か?
:鳥肌が止まらない。泣いた
:この曲、配信されるの?何回でも聴きたい
Noctの名前は、一夜にして音楽界を揺るがす存在となった。
音楽評論家やメディア関係者たちが、こぞって情報を探し始める。しかし、Noctについて分かるのは、"作曲家"であるという事実のみ。この謎めいた存在は、たちまちニュースにまで取り上げられた。
【突如として現れた天才作曲家『Noct』。一体何者なのか?】
【音楽の未来を変えるかもしれない、新星の誕生】
世界は興奮し、Noctという名前はまるで伝説のように語られ始めた。
***
だが、その中心にいる奏は、舞台裏で静かにその様子を見つめていた。熱狂の渦が広がるのを、どこか他人事のように感じながら。
「僕の音楽が.....認められたんだ」
呟いた言葉は、確かに喜びを含んでいた。しかし、その胸の奥には、拭いきれない不安もあった。
これからどうなるんだろう?
このままNoctとして活動を続けていくのか?
それとも、まだ普通の学生としての日常を送ることが出来るのか?
これが最初の一歩であることは、奏にも分かっていた。だけど、それがどんな未来へ繋がるのかは、まだ何も見えなかった
――Noctの夜が、始まった。
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