第25話 勇者一行、関所で実験

~前回のあらすじ~

レピの想定を裏切り、シェリルの剣の魔術増幅は発生しなかった。

それを受け、レピは更に発生条件を検討する。

レピが挙げた可能性の中から意識の問題であると睨んだシェリルとスウォルは、二人での手合わせを提案し、シェリルが“限りなく相打ちに近い勝利”を収めるも、やはり魔術増幅は発現せず。

ひとまず“試した条件では発生しない”という結果を得たレピが終了を宣言し、拠点に戻る道中、シェリルは剣の腕でスウォルに追いつかれかけていることに焦りを感じていた。



「どうだった?」


 火を見守りながら番をしていたリエネは三人の足音に気付き、姿を見る前に声を掛けた。


「全然ダメだ、なんも起こんねぇ」


 首を横に振りながらスウォルが答え、レピも残念そうに息をつく。


「お二人に手合わせしてもらったり、試せる限りは試したのですが…」

「なんだ、また戦ったのか。そっちはどうだったんだ?」

「それも一緒。惜しかったんだけどなぁ」

「ふふ…残念だったな、スウォル」


 リエネは一度、スウォルの肩をポン、と叩き、シェリルに視線を移す。


「…」


 喜ぶか勝ち誇るか、というリエネの想定と異なり、シェリルは暗い表情で俯いていた。


「…シェリル?」

「え、あ、はい、なんですか?」

「勝ったんだろう?どうしたんだ」

「あ、っと…少し、疲れちゃいました。私、もう寝ますね。今日は私が荷車で寝ていいんでしたよね?」

「あ、あぁ…」


 シェリルは苦笑いで答えると、逃げるようにリリニシアの眠る荷車に入っていった。


「そんなにお疲れだったんですか?悪いことを頼んでしまいましたね」


 シェリルの背中を見て、レピは申し訳なさそうに頭を掻いた。


「大丈夫っすよ。姉ちゃんだってその、魔術増幅っての、早く知りたいっつってたじゃないですか」

「制御出来ず殺してしまうかも知れん技術など、使おうとは思えんだろうしな」

「うまく扱えれば殺してしまうことなく無力化出来るだけに、シェリルさんの為にも発動の条件を特定したいところですが…」

「めぼしい成果は得られず、か」


 レピは黙って肯首けんしゅした。


「ま、分かんねーモンは分かんねーんだし、レピさんが頑張って考えてくれてんのは俺にも姉ちゃんにも分かってますから!今日はもう寝ようぜ、俺も疲れたし」


 沈黙を嫌ってか、スウォルは明るく励ます。


「…はい、ありがとうございます」

「では私たちも休むとしよう。レピ、後は頼むぞ」

「えぇ、ゆっくりお休みください」

「ゆっくりっても、適当に布敷くだけだからなぁ…」


 荷車を羨ましそうに眺め、スウォルは溜め息と共に漏らすと、リエネは笑って答えた。


「布が敷けるだけマシだ。お前もそろそろ、布すら敷けず泥塗れで眠る訓練を初めてもいいんじゃないか?」

「やりたくない本っ当に。んじゃレピさん、すいませんけど」

「えぇ、お任せください」


 そう言うと、二人はその場で布を敷き横になり、まもなく寝息を立て始める。

 本日の見張り担当として、レピはパチパチと音を立てる火の側に座り、改めて先程の“実験”によって得られた情報を整理し、夜を明かした。


「おはようございます、レピさん」

「えぇ、おはようございます」


 目を覚ましたリリニシアが荷車から降り、寝ずの番をこなしたレピと挨拶を交わす。


「何事もございませんでした?」

「えぇ、皆さんを起こさずに済みました」

「何よりですわ。…あら」


 布一枚を敷き地面に眠るリエネとスウォルの姿が、リリニシアの目に止まる。


「…」

「気になりますか?」

「なっ、なにがですの!?」

「いえ、“そんなことさせられない”と、リリニシア様だけいつも荷車で眠っていることが気になるのかな、と」

「そ、そっちですの」

「どっちだと思ったんですか?」

「ニヤニヤしない!ホントに大っ嫌いですわ!」


 少し経ち全員が起床した後、何故か機嫌の悪いリリニシアが、特にスウォルに対してキツい態度を取りながら、今後は自分も順番に地面で寝ると宣言すると、気遣う全員を押し切りその夜敢行。

 横になった瞬間に後悔した。


 それから更にしばらく旅を進め、関所にまで戻ってきたある日の昼。


「おっさん!久しぶりだなー!」

「ん?…あいつら、ヤクノサニユの」


 仲間がシェリルに倒される中、最後の一人として残り、情報を提供するハメになった男を見付けたスウォルが手を振り、シェリルとレピが小さく頭を下げ、リエネはただ堂々と立っている。

 リリニシアは前に出て、お上品に礼をした。


「ごきげんよう。あの後、怪我や痛みが残ってしまった方はいらっしゃいませんか?」

「あぁ、いない」

「よかったですわ。ワタクシの魔術が未熟なせいでー、なんて言われたら寝覚めが悪いですもの」

「…」


 胸を撫でおろし、明るく笑うリリニシアから、男は舌打ちこそ堪えたものの、忌々しそうに眼を逸らす。


「通るぞ、ニギム」


 穏やかでない気配を察したリエネは、リリニシアより更に前に出た。


「リエネ…様。噂は本当でしたか」

「あぁ。しばらく国を空ける」

「はっ」


 男──ニギムはリエネの姿と、首元に輝く首飾りを認めると道を譲り、頭を下げた。


「だがその前に、少し場所を借りるぞ」

「場所、ですか」

「なに、私たちのことは気にせず放っておけばいい。こちらで勝手にやる」

「しょ、承知しました」


 困惑しながら、ではあるが承諾を取り付けたリエネたちは、“可能な限り環境を再現したい”というレピの意向で、関所の向こう側前回と同じ位置に移動した。


「シェリルさんは剣を」

「はい」

「スウォルくんは…どの辺りだったか覚えてます?」

「いやー、位置なんて気にしてなかったしなぁ…。この辺くらいかな?レピさんは覚えてねぇの?」

「僕も意識してませんでしたので。まぁ大体で大丈夫ですよ」


 レピの呼びかけに応じシェリルは剣を抜き、スウォルは曖昧な記憶を元に立ち位置を決めた。


「これで魔術増幅が認められれば、環境が大きな影響を及ぼしたと断言してよさそうですが…。よろしいですか?シェリルさん」

「いつでもどうぞ!」

「少し待っても増幅が見られなければ、今回もお二人で軽く手合わせをお願いします」

「はい!」

「あぁ、分かった」

「では──纏わせる雷の魔術ロワツメサ・ディケン


 剣が雷を纏う様を少し離れてリリニシアと見守っていたリエネに、ニギムが声をかけた。


「あの、いったい何を?」

「気になるか?簡単に言えば、お前たちを倒した状況を再現したいそうだ」

「再現?どうしてです?」


 リエネの明らかに足りていない説明に、ニギムは困惑を深める。


「前回はシェリルさん──彼女の握っている剣に、死なない程度に威力を抑えた雷の魔術を掛けていたんです。おかげで斬らずに当てるだけで気絶させていたんですの」


 見かねたリリニシアが答えた。


「それで火花が散ったり、弾けるような音が…」

「ですが、術者である彼、レピさんの想定を超え、威力がどんどんと上がってしまったようですの。最後には当てただけで死なせてしまうくらいに。だから最後、スウォルが割り込んだんですの」

「スウォル…ってのがあの小僧だな」

「口の利き方に気を付けろ。ヤクノサニユ王のご令孫と、私はお前から聞いたのだがな?」

「…申し訳ありません」


 リエネの叱責を受け、渋々であることを隠さないながらも、ニギムは詫びを口にする。


「構いませんわ。続きですが、その現象を再現しようと試みましたが実現しませんでした。なので──」

「状況を再現し、試してみようと」

「その通りです」

「さて、どうなるか…」


 三人の他、より離れた位置からハリソノイア兵たちの視線を浴びながらシェリルの剣が雷撃を帯び、数分待つも、増幅は認められなかった。


「ふむ、この場所だけの影響ではない、か…。スウォルくん」

「あぁ」


 レピに促されたスウォルが剣を抜き、構えると、シェリルも応じた。


「場所、近くに盾、そして戦闘。これで発現しないようなら、すべてのアテが外れてしまうことになりますが…。お互い、準備がよければ」

「どうだ?姉ちゃん」

「いつでも!」

「では…始め!」


 レピの掛け声と共に、二人が動き出した。


「聞いてはいましたが、あの二人が本物の剣で戦うのを見るのは…」

「お互い当てるつもりはありませんし、寸前で止める程度の技量はあります。心配はいりません」


 複雑そうな表情で見守るリリニシアを安心させるべくリエネが二人の力量を語るも、リリニシアの顔は晴れない。


「分かってはいますが…」

「何か気になることが?」

「ワタクシ、剣についてはまったくの素人ですが──シェリルの様子に、違和感があるのです。なんというか、ただの手合わせと思えない何かが」

「違和感、ですか」


 リリニシアの言う“違和感”の正体を探るべく、リエネも改めて手合わせしている二人を、注意深く見つめた。


「はっ!たぁ!!」

「くっ!」


 情勢はシェリルが一方的に攻め、スウォルはそれを捌くのに必死、と言ったところ。

 前回同様、感電を警戒し剣同士が接触することを避けるスウォルを攻め立て、自由に動かさせない。

 スウォルも反撃の機を伺っているが、シェリルは隙を作らない。


「なるほど、確かに」


 リエネはリリニシアの言葉に理解を示した。


「やっぱり変ですの?」

「そうですね…。余裕がない、と言いましょうか、少なくとも手合わせとは言いがたいですね」

「ですわよねー…」

「しかし、もしレピの推測通り、“シェリル自身の意識”が影響しているのなら、実戦に近いのはむしろ望ましいかと」

「それは…そうかも知れませんが」


 リエネの言うことに一理を認めつつも、やはりリリニシアの表情は晴れなかった。

 そんな二人を他所に、ようやくスウォルが隙を見出だし、反撃に転じようとした瞬間──。


「そこまで!」


 レピの止めが入った。


「お二人とも、もう結構です。お疲れ様でした」

「だークソ!一回も剣振ってねぇぞ俺!?本気出しすぎじゃねぇか!?」

「ふっ…ふぅ…。そ、その方がいいかと思って…はぁ…」


 シェリルは肩で息をしながら、スウォルの抗議を躱す。


「けどよー…」


 スウォルは不満げな視線を、シェリルの握る──に落とした。

 同じくレピも剣を見つめ、片手を顎に当て、ポツリと漏らした。


「手強いですね…」



~次回予告~

初めて発現した時と同じ場所で試しても、魔術増幅は発生しなかった。

レピ更なる可能性に考えを巡らせ、次の実験に備える。

関所を後にした一行の話題は、初めてレピと出会った廃村に、彼がいた理由へと波及する。


次回「魔術師と国境の廃村」

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