第17話 シェリルとリエネ

~前回のあらすじ~

スウォルに背負われ宿に戻り、意識を取り戻したシェリルは、魔物の命を奪ってしまった事実に、改めて動揺を見せた。

そんな彼女に、リエネは「息の根を止めたのは自分の手柄だ」と主張する。

シェリルは命を奪うことを“手柄”と表現したリエネに激昂するが、仲間たちの仲裁を受け、リエネは一時的に席を外すことになった。

「殺したのはシェリルではない」という不器用な気遣いであることを見抜いたレピと共に夜までを町で過ごしたリエネは、仲間たちが寝静まった後、シェリルを二人での散歩に誘う。




「散歩、ですか?」


 唐突なの誘いに意図を図りかねるシェリルは眉を潜め、尋ねる。


「あぁ。時間を置いて頭は冷えただろうが、言いたいことはあるだろう?」

「…」

「私からも話したいことがある。どうだろうか」

「分かりました」


 まさか闇討ちされる、などとは微塵も思わないが、夕方のこともある。

 シェリルは警戒していることを敢えて隠さず、頷いた。


「では行こうか」


 二人は残る三人を起こさぬよう、音を殺し部屋を出た。

 宿を出ると、柔らかな月明かりの中、心地よい夜風が肌を撫でる。

 シェリルの内心とは違って、静かな町を駆け抜ける穏やかな風だった。


「いい風だな」

「はい」

「不思議なものだ」

「なにがです?」


 風に乱れた髪を掻き揚げ、目を細めるリエネに、シェリルは問う。


「あの戦いから、まだ一日と経っていない。だが風はこんなにも優しい。まるで何も起こってなどいないようだ」

「…そうですね」

「少し歩こうか」

「はい」


 シェリルは内心、“風が優しい”と表現する感性がリエネにあったことに驚きつつも、リエネに続き歩く。


「それで、リエネさんから言いたいことって?」


 先に本題に切り込んだのはシェリルだった。


「先ほどは無神経なことを言って済まなかった」

「え?」

「君が我々とは異なる価値観、考え方を持つヤクノサニユ人であることを失念していた」

「…」


 リエネはシェリルに背を向けたまま、歩みを止めずに続ける。


「気を悪くするかもしれないが、私は君に、なんとなく親近感のようなものを感じていてな」

「親近感?私に、リエネさんが…ですか?」

「さっき言った通り、価値観も考え方も違うということは重々承知している。戦いへの姿勢もな。だが、なんというかな…。理由は私にも分からないが」


 リエネは一度言葉を区切り、適切な言葉を探し視線を泳がせた。


「うちの兵は意識を失った君を見て、“軟弱”と言っていたが、私はそうは思わなかった」

「…」


 シェリルは黙って、リエネの言葉を待った。


「君のその…ヤツらの言うところの“軟弱さ”は、とても尊いもののように感じられたんだ」

「尊い、ですか」

「あぁ。ハリソノイアに生まれ育った我々が持ち得ない、尊いもの。君たちと行動を共にして、ユミーナ様の考えが、少し理解できたような気がする」


 リエネの言葉に、自分のご機嫌を取るための嘘はない。

 少なくともシェリルにはそう感じられた。


「先ほど、レピに叱られた」

「…はい?」


 唐突なリエネの告白に、シェリルは素っ頓狂な声を上げた。


「私が殺したのだから、君が気に病む必要はない、と言いたかったんだ。だが伝え方を間違えてしまった。それを叱られた」

「…」

「私なりに、君に見た“尊いもの”を真似てみたかったのだが、やはり私にはなかったようだ」


 リエネは一人、苦笑した。


「慣れないことはするものではないな」

「…私も」


 リエネの自嘲を遮り、シェリルは口を開く。


「分かってはいたんです。リエネさんが気を遣ってくれたんだって」

「…そうなのか?」

「けど…」


 シェリルは言い淀んで、少し間を空け、続けた。


「聞いてもいいですか」

「あぁ」


 リエネは言葉少なに頷く。


「“生き物の命を奪うことを手柄と呼ぶのか”って聞いた時、“そうだ”って答えましたよね」

「あぁ」

「“戦争でヤクノサニユ人を殺してそう言ってたのか”って聞いた時は、“そうな”って言いました」

「あぁ、言った」

「リエネさん自身は言わなかったんですか?」

「…私は何歳いくつに見える?」

「へ?」


 あまりに想定外の返答に、先ほど以上に間の抜けた声が漏れた。


「こう見えてもまだ21だ」

「21!?本当ですか!?」

「…その驚きようだと、私はよほど老けて見えるんだな」

「あ、いえ、そういう訳じゃ…すみません…」


 あからさまにリエネの声が弱弱しくなり、リエネにも年齢と見られ方を気にする一面があることに驚きながらも、シェリルは失礼を詫びた。


「魔物が活発に動き始めた時は五つやそこら。それ以来は人間同士で戦っている余裕なんてなかった。いくらハリソノイアとはいえ、五つの子供が戦場に出ると思うか?」

「いえ…」

「私自身が戦争において、“手柄”を立てたことはないが、当時の大人たちは、おそらくそう言っていただろう」

「おそらく?」


 シェリルの問いに、リエネは一瞬口を結び、それから答えた。


「私は親を知らない。周りに大人もいなかった」


 過去のことを思い出し、語るリエネの声は、ほんの少しか細いように聞こえた。


「そうなんですか」

「戦いを仕掛けるのがハリソノイア側とはいえ、こちらとて無傷では済まないからな」

「では、その…戦いで?」

「だろうな。ひょっとしたら、ヤクノサニユ人の手にかかったのかも知れん」


 防衛の為の戦いとはいえ、祖国も敵を殺している。

 当たり前の話ではあるが、改めて考えたことはなかった。


「まぁ、どこの誰でも構わないが」


 小さく笑いながら続けた。


「…負けた方が悪いから、ですか?」

「そうだ。負けて死んだ両親を恥じることこそあれ、勝って殺した敵を恨む道理はない。ハリソノイア人わたしたちにはな」


 再び立ちはだかったに対し、シェリルが言葉に迷っていると、リエネは返答を待たず続けた。


「もっとも、負けて永らえている私の方がよほど恥だが」


 再び、今度は自嘲して笑うリエネに、散歩に出てから聞く立場に徹していたシェリルは、ようやく自らの考えを発した。


「私は、ユミーナ様がリエネさんを殺さないでくれてよかったと思います」

「…何故?」


 足を止め振り返り、疑問を口にするリエネに、シェリルは続ける。


「正直、こうして話してみても、ハリソノイアの方の考え方は、私には理解できません。けど──」


 正面から理解できないと断言され、複雑そうな表情を浮かべたリエネだったが、黙ってシェリルの言葉を待つ。


「私の弱さとか、甘さとか…ここの人の言う“軟弱さ”を、リエネさんが“尊いもの”だって言ってくれるなら…少しだけですが、分かりあえそうな気がして来たんです」

「…そうか」


 シェリルの微笑みを受けて、リエネも同じように微笑した。

 リエネの柔らかな表情を見るのは初めてだった。


「シェリル、もう少し付き合ってくれないか」

「え?」

「少し先にひらけた場所がある。そこに木剣を二本用意してある。軽く手合わせしたい」

「きゅ、急ですね?用意してあるって…」

「夕方、レピと二人で出ていた時にな」

「じゃあ、最初からそのつもりで?」


 既に用意が済んでいるという周到さに驚くシェリルに、リエネは続けた。


「あぁ。既に分かっているかも知れないが、私は喋るのが得意じゃない。もし分かりあえるのだとしたら、手合わせが一番役に立つと思う」

「で、ですが…リエネさん、武器は斧じゃ?」

「得意なのは斧だが、多少なら剣も使える。…殺すためじゃなく、訓練のためでもなく、誰かを理解し、誰かに理解してもらうための手合わせなんて初めてだ」


 リエネが見せた、少し気恥ずかしそうな、照れくさそうな顔も、また初めて見る表情だった。


「分かりました。お相手します」

「ありがとう」


 二人はそれから一言も話さず歩き、木剣を用意していたという“開けた場所”に辿り着いくと、リエネは近くの木に立て掛けてあった二本の木剣を握り、一本をシェリルに投げ渡した。

 受け取ったシェリルは二、三度振るって感覚を確かめた後、静かに構える。


「美しい立ち姿だ」


 リエネはその姿に感嘆の声を漏らすと、二、三歩距離を取り、続いて構えた。


「リエネさんは猛々しいというか、強そうです」

「君のような美しさとは無縁だからな」

「そういう意味じゃ──」

「分かってる、冗談だ。…では」


 二人は少し言葉を交わした後、口を閉じて精神を研ぎ澄ます。

 図らずも同時に口を開いた。


「参る」

「行きます!」


 リエネが踏み込み木剣を振り上げた時、既にシェリルの木剣は、頭に向け弧を描き、左からリエネに迫っていた。


 “速──”


 リエネは冷静に、柄を握る手を頭上に掲げたまま切っ先を下ろし、中腹でシェリルの剣を受ける。

 木と木のぶつかり合う、小気味いい音が響いた。


「…木剣とはいえ、初手で頭を狙ってくるとは思わなかったぞ」

「貴方なら防ぐと信じてましたから」

「期待に答えられたようで何よりだ」


 リエネは頭上を通し、体の右側へ、上から押さえ付けるようにシェリルの木剣を移動させる。


 “すごい腕力…!”


 リエネはそのままお返しとばかりに、シェリルの木剣の上を滑らせ、やはり頭を狙う。

 命中の直前にしゃがみこみ、リエネの木剣に空を切らせると、シェリルは屈んだ姿勢のまま、腹部に向けて木剣を──。


「しまっ」


 リエネは間に合わないことを悟りながらも、勝負を捨てることなく、受け止めるべく必死に木剣を動かす。

 ほんの一瞬、シェリルはピタリと動きを止めた後、改めて腹部に向けて斬り上げる。

 その一瞬が、リエネの防御を間に合わせた。

 再びぶつかる木の音が響き、無理な姿勢で切り上げたシェリルの木剣はあえなく弾き飛ばされ、体勢を崩し、転倒する。

 倒れたシェリルの首元に、リエネはそっと木剣を当てた。


「…参りました」


 降参を受け、リエネはシェリルの首から木剣を離しながら、不服そうに呟いた。


「違うな」

「え?」

「君が躊躇ためらっていなければ負けていた。あのままいればな」

「…」

「朝の戦いを思い出したか」


 シェリルは答えず、服をはたきながら立ち上がる。


「だがそれまでは楽しげにも見えた。君は殺し合いを嫌うが、剣の腕を競うことは嫌っていないようだな」

「それは、はい。ほんの数秒の手合わせですけど、楽しかったです」

「同感だが、消化不良じゃないか?もう一本どうだ」

「リエネさん、負けず嫌いなんですね」

「相互理解が進んだようだ」

「ふふ…。はい、喜んで」


 木剣がぶつかる音は、明け方まで響き渡っていた。




~次回予告~

手合わせを繰り返し、いつの間にか夜が明けかけていることに気付いたシェリルとリエネは、仲間たちを起こしてしまわないよう、朝までを二人で語らって過ごすことに決めた。

会話の中、リエネは問う。

“剣で理解を深めあったからこそ、言葉で聞きたい。何故君は剣を好むのに、命のやり取りを嫌うんだ?”

それを受けシェリルは、“予言の子”として育てられた過去を語る。


次回「シェリルと“剣”」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る