第14話 勇者一行の初めての大敵
~前回のあらすじ~
ハリソノイア城で一晩を明かした一行は翌朝、再びユミーナと面会し、改めて彼女からの依頼を仰せつかる。
彼女の好意でリエネも同行することになり、五人は一途、北東の防衛線に向けて移動を開始した。
一ヶ月間の度の末、目的地に到達した一行は、降りしきる雨の中、依頼の魔物と対峙する。
「レピさん、頼む」
「えぇ。…
スウォルの声に応じたレピが肩に手を置き、魔術を唱える。
「これで多少の攻撃なら苦もなく耐えられるでしょう。もっとも、アレの攻撃が多少に収まるかは疑問ですが」
「にしたってねぇよりマシさ。ありがとな」
「皮膚が硬質化する分、動きは鈍ると思いますので気をつけてください。それから──
スウォルの握る剣に手をかざすと、刀身を風の渦が覆い、雨水を弾き飛ばす。
「ヤツが何を苦手とするのか分かりませんので、とりあえず風を纏わせました。少なくとも水を嫌っているようには見えませんが…。効果がなさそうなら隙を見て、別の魔術を掛けましょう」
「そんな隙がありゃあな…」
スウォルは口許はニヤリと歪ませながらも頬に汗を垂らす。
レピは次に、リエネに向き直り、やはり手をかざす。
「失礼します。
「ふむ」
「スウォルくんとは逆に、素早くなりますが打たれ弱くなっています。まともに食らわないよう注意してください」
「言われるまでもない」
「頼もしいばかりです」
リエネは当然とばかりにフン、と鼻を鳴らした。
その様子を見ていたリリニシアが、感嘆の声を漏らす。
「魔術って、こんなにも色んなことが出来るんですのね…」
「えぇ、リリニシア様も遠からず出来るようになるでしょう。続いて──」
リエネの斧にも魔術を掛けようとしたところ、魔物は雄叫びをあげ、巨大な右腕を振り上げながら突っ込んできた。
「下がれ!」
リエネはレピとリリニシアを突き飛ばし、自らも拳の範囲から飛び退く。
その拳はいとも容易く地を砕いた。
「せりゃぁぁあああ!」
スウォルが横から腕を斬りつける。
剣自体の刃と纏った風の刃とが、
そんなことは想定内、強力な魔物と戦わねばならぬと分かっていて、無策で来た訳ではない。
魔術で耐久力を上げたスウォルが積極的に前に出て敵の気を引き、わずかでも隙を作る。
素早さを引き上げたリエネがその隙を見て攻撃し、さらに体勢を崩す。
リリニシアとレピは魔術で援護。
そして──
「姉ちゃん!」
「!」
「やれるな!?」
「…やる。やらなきゃ、私が!」
やはり要はシェリルの剣。
他の四人がいくら攻撃を加えても、魔物は魔力が切れない限り再生し続ける。
とはいえ、再生に魔力を回させることは、まったくの無駄とはならない。
それだけ魔物に疲労を蓄積し、弱らせられる。
「──行くぜ!」
一太刀浴びた魔物が睨み付ける中、スウォルが駆け出した。
魔物は左手を右肩辺りまで持ち上げ、地表を擦るように振り下ろし、裏拳でなぎ払う。
降りしきる雨を切り裂き、迫る拳に対し、スウォルは盾を構え──ようとしたが、僅かに間に合わない。
なるほど、こりゃあ動きづれぇや。
「ぐあっ…!!」
「スウォル!」
レピの魔術の弊害により、体の動きはスウォルの想定よりも遅れ、かろうじて盾で受けることは出来たものの、拳に弾き飛ばされた。
ほぼ真横に、一直線に吹き飛ばされたスウォルは、受け身を取ることも出来ず地面に叩き付けられ、血と泥を飛び散らせながら数度転がった後にようやく減速し、止まった。
「ってぇ!クソッ腕折れた…!死んでねぇ分、動き鈍ってでも掛けてもらった価値はあったな」
かなりのものと想像はしていたが、それを上回る膂力を体感し、剣を支えにヨロヨロと立ち上がりながら呟いた。
中途半端な体勢で受けた為、盾を支えていた左腕は折れてしまっていた。
「スウォルくん!」
仲間たちは一様に声を上げたが、一際目立ったのはレピの声だった。
硬化の魔術が掛かっているとはいえ、あの速度で、あの質量と衝突しては──。
「せやぁぁ!!」
スウォルが飛ばされた逆側から、魔物の懐に走り込んだリエネが、無防備な右腕を巨大な斧で斬り上げる。
前腕を七割ほどまで切り裂くと、魔物は咆哮を上げ、よろけた。
「…浅かったか。落としてやるつもりだったのだが」
斧を持ち直し、再び斬りつけようとするリエネに対し、魔物は大きく口を開く。
「よけてください!!」
「!」
レピの叫びを受け、咄嗟に横に飛び退いたリエネの横に、大きな火球が着弾した。
「魔法か!」
転がりながらも元いた位置を見ると、大きな火柱が上がっていた。
レピと共に少し離れていたリリニシアは驚愕する。
「この雨の中あれだけの炎!あれが魔法…!」
「“魔力による炎”はなかなか消えませんが…邪魔になりそうですし、消してしまいましょう。雨のおかげで
レピが唱えると、周囲の水溜まりから集まった水の塊が、火柱を消し止めた。
「分かってはいたが、やはり食らってはマズそうだな」
そんな様子を横目に、リエネは再び魔物を睨む。
半分以上裂いた右腕が再生していた。
「やっぱりキモいですわー!!」
「あの図体だ、脚から崩したいところだが…」
ほんの一瞬、下半身に意識を向けたリエネに向けて、魔物は再生した右腕を振り上げる。
「しまっ──ぐあっ」
瞬時に一歩下がり直撃を避けたリエネだったが、それでも大きく吹っ飛ばされた。
シェリルが駆け寄り、抱き起こす。
避けきれなかったのか、右足、太もも辺りが大きく抉れ、千切れかかっていた。
「大丈夫です…ひっ!?」
思わず傷口か、目を反らす。
「ぐっ…油断したか…!」
「リエネさん!」
「ワタクシが行きます!レピさんは警戒を!」
同じく駆け寄ろうとするレピを制し、リリニシアが代わりに走る。
「くっ!」
リリニシアの言葉を向け視線を魔物に戻すと、追撃に移ろうとしているようだった。
「させません!
レピが魔術を唱えると、魔物の足元のぬかるんだ泥が隆起し、その顎を殴るようにかち上げた。
リリニシアは泥の塊の影で、精神を集中させ、唱えた。
「動かないでくださいまし!
みるみる内に癒え、立てるまで回復していく己の脚を見て、リエネは目を丸くした。
「驚いたな。あの傷が…」
「ですが…はぁっ、体力は回復しません…!無理はなさらないでください…!」
「すまない、恩に着る」
苦手な治癒の魔術で精神力を削られ息を荒げるリリニシアに礼を言い、リエネは戦線に戻ると、魔物は隆起した泥を殴り、蹴散らしていた。
障害物が消え去ると、右の拳を高く掲げ、シェリルたちを見据えた。
リリニシアは肩で息をし、リエネはシェリルに体重を預けている。
即座に回避に移れる状態ではなかった。
「まずい──!」
その背後からスウォルが走り寄る。
「てぁぁあああ!!」
左の足首を、背後から切り裂く。
スウォルの持つ剣では到底、両断には至らないが、それでも魔物は膝をついた。
──つきながらも、拳は高いまま。
スウォルは脚を止めず、リエネたちの前に滑り込み、盾を構えた。
「来いやオラァ!!」
「スウォル!」
威勢よく吠えるスウォルの身を案じ、シェリルが叫ぶ。
いくら盾の上からと言えど、まともに食らえば──!
魔物はスウォルを叩き潰そうと、掲げた拳を振り下ろした。
だが──
「おおおおお!!」
スウォルは
「な…バカな、いくら魔術を掛けてあるとはいえ!いや、それ以前に…動けるのか!?」
「よくやった!」
困惑するレピを尻目に叫んだリエネは、先程のやり直しとばかりに斧を叩き下ろし、魔物の右腕を、今度は切り落とすことに成功した。
いくら再生すると言えど痛いものは痛いようで、先程まで五人に向けていたものとは違う咆哮が轟いた。
「やらなきゃ…私が!」
好機と見たシェリルが
「来るな姉ちゃん!!」
「ダメ!シェリル!」
スウォルとリリニシアの叫びに、一瞬体が硬直する。
シェリルのすぐ目の前──止められなければいたであろう空間で、魔物が苦し紛れに振り下ろした左手が、再びスウォルに振り下ろされる。
やはりスウォルは、しっかりと受け止めていた。
「ス、スウォル…」
「大丈夫か!?」
「スウォルの方こそ!」
「はっ、見りゃ分かるだろ?楽勝!」
軽口を叩く余裕さえあるスウォルの目に入ったのは、魔物が口を開け、自分を見ている姿だった。
スウォルの予想通り、その口からは火球が吐き出される。
「自分の腕ごと!?クソッ──」
スウォルが構えた盾に、火球は直撃する。
「スウォルくん!
盾で受けたとて、その盾ごと燃やされるだけ。
そう考えたレピは急ぎ、
「──燃えて、いない?」
レピの想像と異なり、先程のような巨大な火柱が立つことはなく、火球は消え去っていた。
「…あれ?」
それはスウォル本人にも同じことで、固めていた消し炭にされる覚悟は、あっさりと
「呆けてる場合か!!」
その間もリエネは気を抜かず、再生しかけているスウォルが斬った左足首の傷を、斧でなぞるように、しかしより深く叩き込み、腕と同様、切り落とした。
這いつくばるような形の魔物に対し、レピが唱える。
「考えるのは後ですね…!|
先程よりも多くの水が寄り集まり、一本の柱と化し、魔物の身体に絡み付いた。
「さぁ、勉強の成果を!」
「…参りますわ!」
レピに促され、リリニシアも続いて唱える。
「
絡み付く水の柱は瞬時に凍り付き、魔物の体を押さえ付ける。
「今だ姉ちゃん!!」
身動きが取れない魔物の体の下に潜り込んだシェリルは──。
「う…わぁぁぁあああああ!!!」
その胸に、絶叫をあげながら剣を突き立てた。
~次回予告~
魔物の胸に勇者の剣を突き立てたシェリル。
しかし魔物はシェリルに向け、大きく口を開き──。
そしてレピは、シェリルの剣の他、スウォルにも新たに浮上した二つの謎に思案を巡らせる。
次回「勇者一行、初めての──」
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