向かうところ敵なし!【KAC20254】

かきはらともえ

『向かうところ敵なし』の『彼女』




 布団の中でぶるぶると身を震わせながら眠った経験は誰にでもあると思う。若い頃はよく明日への不安で身も心もかじかんで、ぶるぶる――と凍えるように生きていた。僕が『彼女』のことを知ったのは、そんな『極寒の青春』を送っていたある日のことである。『向かうところ敵なし』の『彼女』。実際に会って話したというわけではない。高校三年生になった僕は、中等部の一年生として入学してきた彼女のことを、巡り回ってきた噂で知ったのだ。別に誰かが言い出したわけではなく、『向かうところ敵なし』は『彼女』が自己紹介で言ったらしい。あくまで『彼女』がそんな名乗りをしたということを耳にしたことがあるくらいで、実際の『彼女』のことを見たことがあるわけではない。名前さえも知らない。『彼女』のことをひと目見たくて中等部に行ってみようとしたこともあったが、僕のような者が中等部に近づけば怪しまれること必至である。なので、『彼女』の話は聞くだけだった。秋になる頃には愛称にも変化があって、『天下無双』の『彼女』なんて呼ばれていた。『彼女』はいったい何をしたのか。僕はそれとなく数少ない友達に聞いてみた。どうやら中等部の将棋部とオセロ部を相手に無双したらしい。意外にもインドア系の趣味趣向の人物なのかと思いきや、短距離走やダンスでもその『向かうところ敵なし』っぷりを発揮したらしい。そう言えば「テンカトリの降臨だ!」なんて歓声を聞いたことがあった。そのときは何も思わなかったが、今になって思えば、『向かうところ敵なし』の『彼女』が道場破りさながらの部活破りをしているときにオーディエンスが上げた歓声なのだろう。そんな『彼女』の人間性は知らないが、周りには取り巻きもいたらしい。それなら目立つだろうなと、『彼女』をひと目見ようと登下校中に探したこともあったが、グループ行動をしている女子が大体同じに見えてわからなかった。ちなみに、その『向かうところ敵なし』の『彼女』が現れるときに一緒に取り巻きが現れるときは『ゴキゲントリの降臨』なんて言われていたらしい。僕があんなに怯えて過ごした青春時代、『彼女』はどんなことを思いながら過ごしたのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

向かうところ敵なし!【KAC20254】 かきはらともえ @rakud

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ