許嫁、現る⑧

 男子の列に並んでいたはずの桐生さんが、横沢先生の胸ぐらを掴んでいる。


「今、定規こいつでスカート捲ろうとしただろ」

「は?」


 一瞬でその場の空気が凍り付くほど凄みのあるどすの利いた声で威圧する。

 何が起きているのか、理解するのに数秒かかってしまった。

 俺の女に手を出すだとか。

 校庭に埋めるぞだとか。

 理解し難いワードが飛び交っているけれど、一番衝撃を受けたのは、横沢先生の胸ぐらを掴んだ挙句、先生が手にしていた定規を奪い取り、それを先生の喉元に突きつけていることだ。


 脅し?

 報復??

 よく分からないが、私を想ってしてくれたことだけは理解できた。

 それが、世間一般常識とかけ離れているということを除いては。


 ごくりと生唾を飲み込んで、彼を制止しようとした、次の瞬間。

 ガンッ。


「ンッ!?」

「いい度胸してんのはテメェの方だっ! 周りをよく見やがれっ。ここは学校なんだよっ! わて学校シマ荒そうなんぞ舐めた真似しやがると、テメェこそ校庭に埋めんぞ」


 手にしていた名簿の角で、桐生さんの頭を一撃。

 眉間に深いしわを刻んだ最上先生の声が体育館の中に響いた。


「テメェ、いいのか? 一発退場で」

「っ……」

「一人や二人辞めたところで、痛くも痒くもねぇ」

「っ……チッ」

「次手ぇ出したら、ペナいちな。じゅっペナでアウトだから、せいぜい頑張るんだな」


 ニヤリと冷笑した最上先生。

 現役極道の若頭のいるクラスを受け持つだけあって、堅気カタギ(一般人)ではなさそうな……。


「二人は教室に帰っていいわよ」

「あっ、……はい」

「小春、行こ」

「……ん」


 一瞬で元の表情に戻した最上先生。

 驚愕するほどのやり取りだったけれど、私を想ってしてくれた事だけは伝わったから。


「先に戻ります」


 ペコっと桐生さんに会釈して、私は体育館を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る