第2話 やってみる




「はあ……ガッツリ怒られた。由紀のやつ…あんなに怒らなくたっていいのに」


放課後、言われた通り大人しく由紀を待っていると先生から言われていた仕事を終わらせた彼女が教室に戻ってきた。


それまで朗らかだった表情が俺を見るなり姿を変え、腕を組み仁王立ちで俺の目の前に立つ。

一方で俺は反省の色を前面に押し出し申し訳なさそうに視線を落とすのだ。


「今回の説教はとくに長かった。おかげで部活にもいけなかったし内職してたやつも渡せなかったな…」


依頼主によれば提出日まではそこそこ猶予があるらしいが、今日渡せるものなら渡してしまいたかった。


その方が謝礼も弾んだろうに。


「一輝が言ってたMTYLも結局できなかったし、散々な1日だった」


家に着くと階段を登り、自分の部屋に入るなり乱雑に鞄を放り投げる。

制服の上着だけを脱いでワイシャツ姿になると床にゴロンと寝転んだ。

冬にしてはだいぶ薄着で肌寒いが、床暖房のおかげでいい感じに緩和されている。


「一輝に聞きながら明日にでも試してみるか?」


スマホを眺めながらそう言葉を零す。

別に女に飢えているわけでも彼女が欲しいわけでもない。

言うならば、ただの興味本位。


――そう俺は、異性とのコミュニケーションが上手になりたい。

ただそれだけなんだ()。



一輝が言っていた噂のことなど本気にしている訳ないが、それでも気になるのもまた事実。


「でも……さっき由紀と約束しちゃったもんなぁ…」


約束とは、溜まっている課題を終わらせるまで昼休みは遊ばないというもの。

デジタル学習の観点からうちの学校は昼休み自教室にのみスマホなど電子機器の使用が許可されている。

だから、校則という大義名分を掲げて昼休みはみんなでソシャゲしたりして遊んでいるのだが、それを禁じられた形だ。


おそらく、MTYLも同じなはず。


「学校行っても出来ないんなら今やってみてもいいんじゃないか?」


始めてみて、もしゴミアプリだと分かればそれきりでやめられる。

うん、絶対にそうした方がいい。

半ば無理やり自分に言い聞かせてスマホのストアを起動しMTYLのアプリをダウンロードする。


「おっ、ダウンロードできたみたいだ」


さっそく、MTYLのアイコンをタップした。


「なになに?初期設定がいるのか?」


これは、一輝たちから聞いてなかったが大抵のアプリは設定が必要である。

おそらく、これも例外ではない。


「えっと……生年月日と血液型……あと、ニックネーム??」


本当にこれだけで終わりなのだろうか?

設定画面をスクロールするが、記載条項は他に見当たらない。


「取り敢えず、記入するか」


本名と住所、通帳番号などの情報価値が高いものを載せる必要がないのなら、生年月日や血液型くらいなら問題ないだろうと現代のリテラシー教育に全力で歯向かうスタンスで打ち込んでいく。


「あと、ニックネームかぁ……」


ここで俺の手が止まる。


「俺ってちゃんとしたニックネーム持ってないんだよなぁ……」


こういうところのニックネームは情報漏洩の観点から鑑みて、本名とあまり関係のないニックネームにするのが望ましい。

しかし、これまでの学校生活において、俺はそういうニックネームをつけられるという機会に恵まれてこなかった。

あったとしても、ゆきゆきやゆっきーくらいで一輝や亮太のように基本的に俺を下の名前で呼ぶことが殆どだ。

個人的にはユキくん♪とかも期待していたのだが、元カノでさえ俺のことをそう呼んではくれなかった。


いや、別にそう呼んでほしかったとかいうわけじゃないけど。


「じゃあ……そうだな……個人情報に配慮してラッキーにしよっかな。なんか無難だし」


ここでラッキーってw……オマエ、やっぱ犬かよw

とか言ったやつは後で話がある。


これだって別に悪くないだろ?

俺のの字に掛かっているんだから。


「さてと、大まかな設定も終わったところで最初で最後のマッチングとやらをやってみましょうかね」


このアプリ――いや、噂で言うところの運命の相手。

まだ見ぬその人と俺はマッチングしようとしている。


画面に大きく表示されたスタートのボタンを押すとマッチングが開始される。

検索中という文字と共によくわからない公式キャラクターが画面のなかで踊ってる。


「なんか……これ、緊張するな…」


興味本位で始めたものなのに何故こんなに高揚と緊張が交錯しているのか。

一輝の話をくだらないと言って相手にしなかったのに。

数秒間の静寂のあと。


ようやく、検索終了の文字が映し出される。


「お……わった…のか?」


恐る恐る次へのボタンをタップする。

そこには、運命の相手のニックネームが表示されていた。


「――みぞれ…さん…この人が俺の相手なんだ」



「相手が決まったならさっそくチャットを使ってみるべし………これが――かの有名な高木一輝大先生のお言葉だったよな」


スマホの画面にはみぞれというニックネームの下にチャットというボタンが存在した。てか、それ以外の機能がなにもない。


ほんとにただチャットするだけのアプリのようだ。


この時間にマッチングしたってことは、相手の人も始めたばかりなのだろうか。


このマッチングの仕組みというものを理解していないためどういう基準で相手を見つけているのかわからない。


ただ、その時マッチング相手を探しているユーザーから選ばれるのか。

それとも、MTYL独自の法則に則ってマッチングさせてるのか。


ここで、となっていればMTYL独自の法則が存在することが証明できたのだが、一回でマッチングできてしまったのでそれを証明する手段がない。


「とにかく、やってみるか……」


登録だけして何もやってないとか、後でチキン呼ばわりされて煽られる未来しか見えないのでチャットボタンをタップした。


『こんばんは。初めまして。ラッキーです』


初手の挨拶なんてこれくらいで十分だろう。


『みぞれです』


俺がチャットを送るとすぐ既読の文字が浮かび、返信がある。


「う〜ん。なんか、ちょっと淡白じゃね??」


自分が言えた義理ではないが、同年代の女性にしては少し落ち着きすぎている気がする。俺のクラスメイトでさえ絵文字を駆使し、はっちゃけた文章を送ってくるというのに。


「もしかして、俺と同類なのか?」


あまり、チャットというものに慣れていない。

そんな感じがした。


『一応、これからチャットしていくパートナーってことでよろしく』


そう打ち込んで送信するとまたすぐに既読がつく。

そして、返ってきた内容は。


『そんなこと言って、どうせアナタもこのアプリの噂を聞いて始めたんでしょ?』


「お、おおぅ……」


だいぶアレなものが返ってきた。


これって、もしかして……いや…もしかしなくても……


『キミってもしかして、このアプリのアンチ?』


核心を突くような質問。

相手の入力中というインジゲーターがさっきよりも長く続いた。

数秒のラグの後、ピコンと言って返信がある。


『まあ、そうね……どちらかと言えば、MTYLアンチ』


興味本位で噂のアプリをやってみた結果、


MTYLアンチとマッチングした。


――――――――

チャットの会話は『』を使用します。


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