淡恋
茂由 茂子
淡恋
冷たい風が髪の毛を靡かせる。温かい日差しは春の訪れを告げる。長すぎた校長先生の話は、今日でもう最後だ。明日からはもうこの校舎が自分のものじゃなくなると思うと、ただ少しだけ胸が狭くなる。
「
「いいよ」
教室での最後のHRが終わった後、教室の外で待っていた後輩たちも流れ込んできて撮影会と化していた。後輩に人気のあったクラスメイトは花束をもらっている。
「咲~。ツーショット撮ろう~」
「
高校三年間一緒に過ごした沙織とも、進学したら別々の学校になる。それを考えると不思議だ。これまで日常だったことが非日常となり、今は想像できない未来が日常となる。人生のうちの高校三年間なんて百歳で死ぬとしたら百分の三でしかないのに。
どうして私たちはこの学び舎で毎日顔を合わせていたのだろう。顔を合わせるのも今日が最後になる人だっているはずだ。
「咲ちゃん」
沙織との撮影を終えると、後から声をかけられた。そこにいたのは
「
「え……」
「いや、でも。理央ちゃんに悪いよ」
「いいの。私がそうしてって言ったの。そうじゃないと……。私だって気持ちが悪いから。ちゃんと二人で話してきて」
「……」
「ほーら。理央ちゃんもそう言ってるんだし行ってきなよ」
二人に背中を押されて教室を追い出された。わいわいがやがやと撮影会をしている空間と切り離されたようで、足元がぐらつく。
理央ちゃんは優馬くんの元カノで今カノ。元の鞘に収まったはずだ。二人が別れていた期間に私がちょっと優馬くんの周りをうろついただけ。気持ちさえ伝えられなかった。
一度だけ二人で行った花火大会。どうしてあの時に告白できなかったんだろう。右の掌を見つめる。あの時に握った優馬くんの掌、大きかったな。今でも鮮明に思い出せるということは、私はまだ優馬くんのことが好きなんだろうか。
傾ぐ気持ちをどうすることもできないまま、北校舎へと向かう。もう二度と歩くことのない廊下を踏みしめる。北校舎は特別教室しかなくて、本校舎の賑わいとは打って変わって少し声を出しただけで校舎いっぱいに響きそうだ。
私の足音だけが廊下に響く。その音が聞こえたのか、空き教室からひょいと人影がこちらへと視線を投げた。優馬くんだ。
「咲ちゃん」
金縛りにでもあったかのように、そこで動けなくなってしまった。だってずるい。まっすぐにこちらへと注ぐ視線は今でも胸を射る。学ラン姿のあなたを見るのも今日で最後なのかと思うと涙が出そうになった。
「咲ちゃん。来てくれてありがとう」
廊下で立ち止まった私の元へ、優馬くんが歩を進める。私は前にも後ろにも進めない。
「……理央ちゃんに言われたから」
「そっか。それじゃあ理央に感謝しなくちゃいけない」
少し強張っていた優馬くんの表情が緩む。ああ。理央ちゃんにはこういう
「……俺。咲ちゃんのことが好きです」
「えっ」
北校舎中に響いたのではないかというくらい大きな声が出てしまった。慌てて両手で口を塞ぐ。優馬くんは眉毛をハの字にして笑う。
「そんなに驚く?」
「だって理央ちゃんと付き合ってるんじゃないの?」
「理央とはクリスマスに別れたんだ。てか振られた。他の女の子を好きな人となんて付き合ってられないって」
「そうだったの……」
受験でなんやかんやと忙しかったから、そんなこと知らなかった。まさか優馬くんと理央ちゃんが別れていたなんて。
「花火大会のあの日。本当は咲ちゃんに告白したかったんだ。だけど花火大会も俺から誘ったし、咲ちゃんはあまり喋らなかったから楽しくなかったのかと思って。告白できなかった」
「え……」
あの日は緊張しすぎて。優馬くんの隣にいられることがただ嬉しくて。握った手に汗をかいていないか気になっていた。
「だけど今日はもう高校生活も最後だから。玉砕しても後悔はないし。俺はずっと。咲ちゃんのことが好きです」
また真っ直ぐ向けられる視線に射抜かれる。どうして私は何度も優馬くんに恋をするのだろう。
「……私も。私も優馬くんのことが好きです」
「え!?」
今度は優馬くんが大きな声を出した。
「咲ちゃんって俺のこと好きなの!?」
「そうだよ。知らなかった?」
「ええええ。それじゃあもっと早く言えばよかった」
「私も」
優馬くんが後頭部をがしがしと掻く。
「今日はこの後、一緒に過ごしてもいい?」
「いいよ」
遠慮がちに差し出された手。それをじっと見つめてからそっと触れる。あの日と変わらない大きな掌。
「これからよろしくね、咲ちゃん」
「こちらこそ」
ほんの数分前まで一生のさよならだと思っていたのに、明日またねって言える。大好きって言える。温かい陽だまりの中に溶け込むように私たちは一歩踏み出した。
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淡恋 茂由 茂子 @1222shigeko
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