ルーシー
南都大山猫
第1話 ルーシー
「こんばんは。リッキーです。今日も張り切って実況していきますね!」
よし。今日も順調なスタートだ。オレの名前は櫟本力、通称リッキー。ゲーム実況者だ。配信サイトでゲーム実況を始めて1年半。今日はオレの話を聞いてもらいたい。
オレは23歳。大学で博物館学芸員の資格を取ったんだけど、まあ仕事なんかないだろうと思ってた。この不況の世の中じゃ、博物館だの美術館だのは閉館することはあっても、大入り満員なんてことには絶対ならないしね。でも、奇跡は起こったんだ。指導教員の郡山先生が「櫟本君、学芸員資格持ってたよね?知り合いが嘱託職員探しているんだけど、受けてみる?」って言ってくれたんだ。就職なんて何にも考えてなかったオレは一も二もなく引き受けたわけ。だって卒業したら何かはしなきゃいけないと思ってたし。で、郡山ゼミはあいにく全員就職が決まっていて、オレだけがまだ何も決めず決まらずウロウロしてた。それでオレに白羽の矢があたったってわけ。
で、4月からオレはその小さな博物館に勤めることになった。その小さな町立博物館は滋賀県の南の方にあって、琵琶湖からは遠いんだ。滋賀なのに琵琶湖から遠いんだぜ。マジウケる。ほんで、仕事は毎日じゃなかったし、奈良の自宅から毎日車で片道1時間かけて通ってた。奈良と滋賀県南部じゃ公共交通を利用するのも何かと不便だったし、オレとしてもドライブを楽しめるし。で、通い始めた思ったら、いきなりの緊急事態宣言なわけ。クビにはならなかったけど、仕事はオンラインの在宅勤務になった。とはいえ、オレの仕事って在宅勤務だとすることなんかないわけよ。今年度予算案の承認とか、今年の企画のアイディアとか、そんなん新人のオレとしては、黙ってZoomの端に神妙な顔をして映り込むしかないやん。もうホンマどないしょ、って思ったんや。そこでオレ、思いつきましたよ、これはゲーム実況しかない。もうこれは神様の思し召しってヤツやって。
ところでオレはゲーム好きか、って聞かれたら文句なくそうだと答えられる。でも、オレはゲーマーか?ってそう聞かれるとめっちゃ悩む。小学生時代は任天堂のDS全盛期やし、友だちの家に遊びに行くときも、必ずDS持って行ってたわ。色々と想い出深いゲームソフトはあるよ。対戦もしたしね。でもいわゆる対戦ゲームは苦手やねん。オレ勇者やから、まもの以外とは対戦ようせんねん。フォールガイズですら負けんねん。まあ、オレの初実況はフォールガイズやったんやけど(笑)。信じられへんほど負けたわ。もう、ホンマ。でも、そんなオレの負けっぷりが気に入られたらしくて、「驚くほどゲームの才能がない実況者」としてそれなりに人気が出てきたわけよ。で、そんなこんなで1年半何とかやってきた。
1年経つと例の感染症もワクチン接種が開始されたりして、だいぶ落ち着いてきて、オレも職場復帰することができた。とはいえ嘱託やから週3、4日ペースなんやけどね。だから仕事始まってからは連日実況というのは難しくなって、週日は編集動画、週末のみ実況配信と使い分けて来たんよ。もちろん編集も自分で見様見真似で頑張ってたよ。で、その頃には登録者も増えて、実況にも必ず来る顧客も出来てきた。たまにスパチャ投げてくれるし、オレなんかにお金投げていいの?って不安になったくらい。思わず「うわっ、大丈夫っすか」って言ったら、たちまち「そういうとこ可愛い」「真面目すぎw」「ゲーム実況に向いてないw」とか書き込まれたわ。でね、そん時に「リッキーさん、彼女居るんですか」ってチャット欄に書き込みがあったのよ。彼女…?で、オレ思い出したの。オレの初恋ってヤツ(笑)
話はオレの高校時代に遡る。生物の授業でさ、生物の先生って若い男の先生だったんだけど、生物進化の話をいきなりしだしたのよ。今地球上に生きている人間はみなルーシーっていう300万年前の類人猿の祖先だって。正確には類人猿じゃなくて二足歩行してた猿人なんだそうだ。しかもさ、その死因が「木から落ちた」からだって。猿なのに。まじウケる。オレ、思わず笑っちゃって、先生に「櫟本、何が可笑しい」って怒られたのよ。いや、だって猿なのに木から落ちるんだぜ。そしたら先生が「ルーシーは歩くことを覚えた初の人類だ。だから木の上に居るのは苦手だったのかもしれない。あるいはルーシーの特異性を嫌った仲間に落とされたのかも知れんぞ。いずれにせよ、悲しい死に方だ」と真面目な表情で反論してきた。え?なんでそんなマジになるんよ。ルーシーは仲間から浮いてたってこと?もしかしてそれって地球上初のイジメ案件? とにかくなんかオレ、ルーシーの話と先生の真面目な表情がセットで可笑しくて、なんかツボって、授業中ずっと思い出し笑いを抑えるのが大変やった。
でもオレさ、大学卒業してゲーム実況始めて、いきなり思い出したことあるんだ。え?まだあるんかって。ごめん。もうちょっと語らして。オレが小学校の時。オレ、どこに行くのもDS必携少年やったってさっき言うたやん。でな、オレがめっちゃハマってたのがドラクエシリーズ。そうそう、ドラゴンクエスト。オレが小学生の頃、ドラクエ9が大流行したんだ。あれは遊んだなあ。すれ違い通信で貰った宝の地図でさ、メタルキングしかいないダンジョンとか見つけたりさ、友だちとラスボス戦戦ったりさ、毎日夢中やった。楽しかったわ、ホンマ。あれでオレ、ドラクエにめっちゃハマってもうてん(笑)。ほんでそのうちドラクエシリーズのDS移植版も遊んでみたくなったんや。ロトシリーズも楽しかったけど、オレが大好きだったのがドラクエ5。天空シリーズのヤツ。あれね、主人公は途中で花嫁を選べるんよ。で、幼馴染を選ぶのか、ルドマンさんちの姉妹のうちどっちかを選ぶのか。誰でもええねん。で、オレの友人たちはみな幼馴染を選ぶんよ。でもオレはラスボス戦のために最強の武器の使い手が欲しいからルドマンさんちの長女を選ぶんだ。そうすると、友人たちが「なんで?普通幼馴染選ぶやろ?なんで気の強い姉娘選ぶん?」って聞くんや。オレの勝手やろ、っていうと、リッキーお前は人情というのが分かってない。お前は薄情者や、って。小学5年生の男子やのに酷い言われようやと思わへん?
でな、そん時に「私もデボラ選ぶよ」って言う子がおってん。同じクラスの女の子。名前は…川西愛。口数の少ない、痩せて背の高い女の子やった。ほとんど口も聞いたことないから、いきなり話かけてこられてびっくりしたわ。「ラスボス戦で絶対勝たなあかん、世界を救わなあかん使命があるんや。そのためにはデボラを選ばな勝てへん、っていう櫟本君の考え方はおかしくないよ。義理人情だけでは戦に勝てへんやん」川西は淡々とそう言いだしてん。まあそれなりに理屈通ってるやん。しかも、形勢不利のオレをかばおうとしてくれし、なんかオレ驚いちゃって。川西ってさ、普段笑わないし、いつも一人やし、愛想ないし、でも結構勉強できるから、男子から嫌われててん。オレもほとんど話なんかしたことないし。で、友人たちは「は?川西、お前なんかに聞いてへん。話に入ってくんなや」ってむくれてたけど、オレはちょっと嬉しくて「川西もそう思うんか。だよね。やっぱデボラのまじんのかなづちがないと勝てへんよな」って話かけたんだ。その時のオレはとにかく、友だちか否か、男か女か、人気者か変人か、とかそういうのどうでも良くて、デボラを嫁にすることに共感してくれたことがめっちゃうれしかったんだ。
で、その時からオレと川西、結構仲良くなって、色々話していくいくうちに、アイツもドラクエ好きだって分かったんだ。で、アイツさあ、オレの誕生日にミルドラースの絵描いてくれたんだ(笑) うん。ドラクエ5のラスボス。オレもうめっちゃ嬉しくて、アイツの誕生日は堕天使エルギオス描いて送ったよ。だってアイツ、イケメンがいいって言うから(笑)
そうこうしているうちにオレたち、中学校に上がることになったんだ。中学校から受験する子もいるんだけど、オレたちの学区は同じ公立中学校に進学するヤツが多かった。オレもその一人。友だちもみな同じ中学校だから、てっきり川西も同じ中学校だと思ってたわけ。でも、入学式の日、彼女の姿はなかった。何で分かったか、って?だってオレ探したんだもん(笑)で、川西はいなかったんだけど、代わりに6年の時、川西と同じクラスだった子を見つけてさ、川西なんでおらん?私立行ったん?って聞いたらさ、アイツの親が離婚して、父親がどっか行って、名字も川西じゃなくなって、ヨーイク費払わんから母親の実家に引っ越した、って教えてくれた。オレ何が何だか分からんくて、ただ、川西の母親の実家が関西じゃなくて、どっか西の遠いとこに行ったってことだけ分かった。オレは気づかなかったんやけど、6年の終わり頃から、川西ヤバかったんやて。授業中に居眠りしたり、体育の授業中に倒れたり。なんかガリガリに痩せてて、おんなし服何日も着ていることがあったって。クラスの女子たちからも距離置かれてたっていうか、イジメに遭っていたらしい。アイツ、協調性ないし、笑わないし。趣味はゲームやし、女の子たちからは浮いてたんやろな。オレ、何にも知らんかった。アイツの顔見たら、ゲームの話しかせえへんかったし、アイツも楽しそうに話に乗ってきたんだよ。オレ、ホンマ、アホだよね。自分のことしか考えてへんかった。協調性ないのはオレの方やったんや。
川西とはそれっきり会うこともなかった。で、オレは家から一番近い高校を受験し、そこを卒業して、家から一番近い大学に行って、そこを卒業して。今ココって感じ。うん、高校も大学も面白かったよ。勉強は嫌いじゃなかったしね。で、例の感染症で自宅に籠もった時、オレふと昔のこと思い出したんだ。それでゲーム実況しようって決心したんや。
川西、お前いるんだろ?今、オレの実況聞いてるんだろ?5回目くらいの実況かな。オレが「ドラクエ5が一番好きですね。何度も繰り返しプレイしたんですが、何度遊んでもオレの結婚相手はデボラ一択なんすよね」って話したら、チャット欄に「私もデボラ一択。ラスボス戦で絶対勝たなあかんし、世界を救わなあかん使命があるもんね」って書き込んでくれた、「AIもどき」さんってハンドルネーム、川西、お前やろ?あんなこと書き込むのお前しかおらへん。
あれ以来、オレ、お前が来てくれへんかな、って思いながら実況しててん。だからチャット欄に「AIもどき」っていうハンドルネーム見ると、めっちゃ嬉しかった。書き込み読むたび、絶対こいつは川西やん、という気持ちが確信に変わっていった。お前元気なんか?オレ、お前に会いたいわ。またお前とゲームの話したいし、謝りたい、お前がしんどい時、オレ何にも気づかへんかった、自分の話しかせえへんかった。ホンマごめん。でもお前と話すの心底楽しかった。時間が経つのを忘れるくらい。今ならオレ、少しだけ大人になったから、お前の話何でも聞ける。オレに話してくれへんか。
オレな、正直言うとな、小学校卒業してから1回だけ川西の事、思い出したんよ。高校の生物の時間。ルーシーの話。最初はゲラゲラ笑っていたけど、ふと川西ってルーシーやってんな、って思ったんよ。一人で別の道を歩もうとしてたんよな。で、川西も木から落ちたんかな、って思ったら急に笑えなくなったんよ。オレはそうじゃない、ルーシーが木から落ちないように、オレだけでも気づかなきゃ、守らなきゃって。でも、川西がどこにいるのか、今どうしているのか、全然分からなくて。でも、今なら言える。オレ、川西が木から落ちそうになっても支えるよ。いや、一緒に落ちて、先に落ちて、木の下でお前を支えるよ。怪我なんてさせない。オレはルーシーを守りたいんや。
あれ?スパチャ?こんな話にあざーす…って「AIもどき」さんかよ。やっぱおったんか。嬉しいなあ。あんな、ええか、一度しか聞かへんで。オレと付き合ってもいいと思うなら、「1」とチャット欄に入力してください。付き合う気ないなら…もう何も入力せんで下さい。それでオレ、諦めます…え?「1」!早っ!(笑)ありがとう。川西、嬉しいよ。あれ、「おめでとう」「おめでとう」ってチャット欄がエラいことになってるわ…。なんか眼から汗が出てきた。何にも実況せん実況やったですね。皆さん、エラいすんません。
でも、オレ、人生というゲームには勝てそうですかね(笑)
ルーシー 南都大山猫 @bastet0929
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