転生したら(公社)魔法協会附属はりきゅう院の院長になった
三里あゆむ
第1話 鍼灸は魔法なワケ
鍼灸は魔法ではない、かと言って科学でもない。
では、なんだ? と答えられる日が来る前に俺は異世界に転生した。
十七歳(心は三十五歳)、男、日本人、杉山武光。
独身の俺は今、異世界で(公社)ボッカイ魔法協会の副会長兼はりきゅう院の院長の職務についている。
異世界らしく魔物と戦ったりもするが、それよりも求められるのは会員増強だ。
古より栄えある魔法協会は今や苔の生えた遺物、そんな古臭い魔法協会のため入会のメリットを考えたり、職域を守るため他組織と交渉したり、魅力あるセミナーを開催したりする。
そして、魔法でも薬草でも治せない難病を治療することもある。
龍種の魔法美少女会長はギザ歯を光らせて、鍼灸は魔法なワケ! という。
いや、鍼灸は魔法ではない。
そう、これは俺の生き方の話なのだ。
――都内某所
「あー、ねむ」
欠伸をすると、白い息が夜の街に溶けた。
もう十時過ぎだ。
東京の街でも車の往来が減る時間帯だな。
「っていうか、仕事終わった後にWEB会議はシンドイな」
赤信号だが左右に車がいないことは分かっているので一歩を踏み出す。
「頭が疲れた時に耳を引っ張って動かしても限度はあるしな」
患者さんへのアドバイスはセルフケアにもなるが、そもそも長々とWEB会議をしないことが健康への近道だ。
とは言え、長い会議や読むのに時間が掛かりそうな本に手こずっているときは、耳を動かすに限る。
はぁ、癒される。
「鍼灸院の売り上げも下がってきているし……そろそろ協会の仕事も減らして、婚活も考え……」
けたたましいブレーキ音が右側から聞こえてきた。
顔を向けた瞬間、身体中に衝撃が駆け巡り、痛みで意識が飛んだ。
「痛ってぇぇ……くない?」
右肩を抑えながら転がると草の匂いがした。
目を開けてみると緑色の絨毯のように草原が広がっている。
口に入った少しの草と泥をぺっぺと手で取りながら立ち上がる。
「夢か、天国か……?」
少なくとも東京で無いことは確かだろう。こんなファンタジー世界のように草原が広がっているとしたらサイタマぐらいしかない。
「いやいや」と言いながら、草原にへたり込む。
今、置かれている状況は普通じゃない。
俺は多分車に跳ねられた、それもトラックとかの大型車だ。
なのに身体の痛みどころか肩の痛みさえ無い。
「これは……いや、まさか」
柔らかな風が吹き、草原がざざっと揺らめいた。
草の匂いを大きく吸い込みつつ、雲一つない青空を見上げた。
「太陽が二つとかあれば、分かりやすいんだが」
万に一つ、もしかするとここは地球の可能性だってある。
ゆっくりと立ち上がり、尻についた草を払い落とす。
さっきまでの東京は十二月、ジャケットを着ていると汗ばんでくる。ここは五月頃の陽気といったところか。
そういえば心なしか服が大きいような気がする。腹も出ていないし、脇もオジサン臭くない?
鏡のような物があればと周囲を見回すが仕事鞄も無くなっていることに気がついた。
財布が無い、つまり身分証も無いし、スマホもタブレットも無い。
「はぁ……まずは人を探そう」呟きながら歩きだす。
悪く考えなければ旅行に来たともいえる。なかなかここまで壮大な草原を歩く機会は無い。何より東京では味わえない新鮮な空気を吸えるのがこんなに嬉しいものか。
少し歩くと遠くにいくつかの建物が見えた。
「あれは街かな……あの感じだと……いや、まだ映画のセットの線は消えてない。まだサイタマの可能性も」
いやな予感しかないがここに居ても仕方がない、とため息を吐きながら歩き出した。
「これは、ドラファンの街並みだわ」
某国民的ゲームを例えに、レンガの壁と木のドアで出来た家々が立ち並ぶ街を見渡した。
草原から少し歩き続けて着いた街だ。多くの人々が行き交い活気にあふれている。
まるで原宿のように賑やかだ。ただ、原宿と違うのは個性的なファッションな人達ではなく、頭に耳が生えている猫のような人間や、テカテカ光る鱗のトカゲ人間、亜人のような人々も交じっていること。
国産というより海外産のゲームの世界みたいだ。
「どちらかと言えばサイタマよりグンマだったか」
軽口を叩いてみたものの実際は不安だ。
まさか本当に異世界があるとは思わないだろう。
ただ、周囲の人々は俺が異世界からやってきたと感じてないように思えた。
自分の姿を確認するために、看板の文字は読めないがおもちゃ屋らしき店のショーウインドウのガラスの前に立つ。
「若い――」
俺じゃない……獣人でもない……どちらかと言えばイケメン高校生?
若返ったのは良いが、どうやら地球から転移してきたのではなく転生してしまったようだ。
やったぜ! 新しい人生の再スタートだ! と思えるほどポジティブではない。
地球ならまだしも異世界で身寄りも無く文字も読めず行きかう人々の言葉も分からない、これは詰んだのでは?
ガラス越しにおもちゃ屋の店員らしきおじさんが、こちらを訝しげに見ている。
どう見ても怪しい奴だよな、歩こう。
慌てて歩きだしたのが良くなかったのか、誰かにぶつかった。
その刹那――電気が走った。
いや、これは、ヒビキだ。
鍼治療で鍼がツボに入った時のあの感覚、全身に気が巡るような感じ。ぶつかった相手も驚いたような表情をしている。
とんでもない美少女だ――けど、頭に龍の角のようなものが二本生えている。
エリート女子高のようなハリーオッターの制服のような服を着て金髪ロングヘアの髪の中から角を生やした美少女。
驚いたように半開きしている口からいくつものギザギザな歯が見える。
これはきっとツンデレ。
「☆●△◆」
つのツンデレの隣にいた……これまた水色のボブヘアの美少女が心配そうな表情でつのツンデレに話しかけている。
つのツンデレは、ハっとした表情を浮かべた後、ムムムムムと言い出しそうな顔で、俺に何かを言ってきた。
「☆●△◆!!」
何かを強い口調で言いながら詰め寄ってくる。
ふわりと石鹸のいい匂い。
パッチリと開かれた瞳は紅く、高過ぎず低過ぎない鼻、薄紅色の柔らかそうな唇と、まるで外国映画の完璧なお姫様のような顔立ちをした究極の美少女が目の前にいる。
外国産ゲームの世界観に国産ゲームのヒロインというわけか。
しかし、言葉は異国語だ。
「ぶつかった事は謝るよ、ごめん。ただ、何を言っているか分からないんだ」
俺の言葉につのツンデレと水色ボブの娘は驚く。
コイツ、異世界からやってきたわ! とか思っているのかな。
つのツンデレは急に俺の身体に手を触れながら何かをつぶやく。
すると、俺に触れている手がポっと光り何かが頭の中で繋がったように感じた。
「……これでいけたかな?」
つのツンデレの言葉が分かる!
「え、すごっ! 言葉が分かるよ!」
「コイツ、やっぱり異世界からやってきたみたいよ、アカネ」
「……そうみたいだね、カヤちゃん……ゴホッゴホ」
アカネと呼ばれた水色のボブの娘が咳をしている。痰が絡んだ咳だ、声も掠れている、風邪か? いや、顔色を診るともっと悪そうだ。
カヤと呼ばれたつのツンデレは気を取り直したようにムムムの表情に戻すと、
「それより、アンタ、さっきのあの【魔法】は何!? アタシに何をかけたワケ!? 正直に言わないと燃やすわよ!!」
詰め寄ってきた。
「魔法!? いや、アレは魔法というより、ヒビキ……鍼灸?」
「はりきゅう? それはどこの系統よ!? 何でアンタにぶつかったら、あんなにケイラスを感じ取れたのよ!?」
「ケイラスって何?」
ケイラス……経絡に似ているが気のせいか?
「む……アンタ、何も知らないのね。しょうがないわね、ケイラスっていうのは」
「おーい、街中で騒ぐのは止めてくれないっすか」
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