あいまい

クロノヒョウ

第1話




 男と女の友情が成立するなんてあり得ない。

 友だち以上恋人未満ってどういう関係?

 男と女がいたら、極端な話、ヤるかヤらないかじゃないの?

 あいまいな関係ってめんどくさい。

 私は恋愛に対してそういう考えを持っていた。



「奈々、どうよ、あの彼とは。前島くんだっけ?」

 仕事帰りに待ち合わせたバーで、香織は椅子に座るなり笑顔でそう言った。

「お疲れ。どうって、さあ、どうなんだろう」

「えー? 何よそれ」

 笑いながらビールを注文する香織。

 一ヶ月前、香織に誘われて男あさりに行ったクラブで知り合った彼、前島くん。

 年下だけどチャラチャラしてなくて、話してみるとけっこう真面目だったところが意外で気に入った。

「連絡先も交換して、会ってるんでしょ?」

 香織が私を覗き込む。

「会ってる」

 もうデートも何回もした。

「じゃあ付き合ってるんだ」

「付き合ってない」

 そう、前島くんが私のことを好きなのはわかってる。

 でも彼は何も言ってこない。

「ヤることは?」

「ヤってる」

 私の嫌いなあいまいな関係。

「ヤることヤってて付き合ってないの?」

「そう」

 こんな関係は嫌だと思っていたけれど、今の私は少し違う。

 前島くんは私が『会いたい』と言えばすぐに来てくれる。

 私が『したい』って言ったらすぐにシテくれる。

 私の心も体も慰めてくれる前島くん。

「それってただのセフレじゃん」

 そう言って楽しそうに笑いながらビールを飲んでいる香織。

 そうか、友だち以上恋人未満の意味がわからなかったけど、それってセフレのことなのか。

「そうだね、セフレだ」

 この関係があいまいではなくセフレだとわかった瞬間、私の心はすっきりしていた。



 セフレという言葉は一般的にはあまりよく思われないかもしれない。

 でも私にとって前島くんとのセフレというはっきりとした関係はとても心地よかった。

 だけど日が経つごとに前島くんは変わっていった。

「もうクラブとか行かないでよ」

「あまり飲み過ぎないで」

「今度俺の友だちと会って」

「今日も泊まっていい?」

 毎日のように連絡してきてはうちに入り浸りになってきた前島くん。

 私はそれがとても重苦しくて鬱陶しくなっていた。

 私の彼氏だったらわかるけど、あなたはセフレでしょ?

 そんな言葉が頭の中をよぎるけれど、口には出せずにいた。

「ごめん、今日は仕事が」

「ごめん、疲れちゃった」

 言い訳を繰り返しては前島くんの誘いを断わり続けるようになった。

 はっきりさせなければ。

 そう思った私は前島くんとはもう縁を切ろうと考えていた。

「ごめん。私にはちょっと重くなってきた」

 私は前島くんを呼び出しはっきりとそう言った。

「そもそもさ、私たちって付き合ってもないよね」

 私がそう言うと前島くんは悲しそうな顔をしていた。

「俺は付き合ってると思ってたけど」

「でも私、付き合ってとか言われてないし」

「言わなくてもわかるだろ普通」

「言わなきゃ付き合ってるのかも好きなのかも、何もわかんないよ」

 私は少し声を荒げながらそう言って、持ってきたうちに置いてあった前島くんの私物を突き返した。

「今まで本当にありがとうね」

 前島くんは力なく私の手から紙袋を受け取った。

「奈々が何考えてるのかわかんない」

「私だって前島くんがどうしたいのかわかんなかったよ」

 少しの沈黙のあと、前島くんは「もういいよ」と呟いた。


 そうやってあっけなく終わった前島くんとの関係。

 思い返せば、やっぱり私ははっきりしないあいまいな関係が嫌いだ。

 男女の友情、友だち以上恋人未満、そしてセフレもなし。

 男と女がいたら、付き合うか付き合わないか、どちらかがいい。

 そして大事なのは、好きなら好き、付き合いたいならそうとはっきり言わなきゃ相手には何も伝わらないということだ。



「奈々、最近どうなの、彼とは」

 香織とは相変わらずいつものバーで待ち合わせしている。

「うん。いい感じ」

 最近付き合い始めた彼はちゃんとしている。

 付き合ってほしいとちゃんと言ってくれたし、好きだともちゃんと言ってくれる。

「それより香織はどうなの? なんかいい感じの人がいるって言ってたよね」

 隣に座る香織の顔を覗き込む。

「ああ、うん。まだ友だち以上恋人未満ってところかな」

「でた、私の嫌いなやつ」

「あはっ、仕方ないじゃん、普通はその期間を経て恋人になるものでしょ。あ、言っとくけどね奈々、友だち以上恋人未満ってセフレのことじゃないからね」

 そう言って笑いながら肩をぶつけてくる香織。

「ふふ、もうわかったってば」

 あの後、前島くんがかわいそうだと香織には散々怒られた。

 あいまいなのを楽しむのも恋愛だし、付き合いたかったら自分からそう言えばいいだけのことでしょ、と言われた。

 確かに私から付き合ってと言えばよかったのかもしれないけれど、あの時の私は自分から言うという考えはなかった。

 それほどまでに前島くんのことを好きじゃなかったのかもしれない。

 今思えば、一番あいまいなのは私の気持ちだったのかもしれない。



            完




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