第18話

【アイ視点】



 浴室から出て脱衣所に行ってもユリは、糸の切れた操り人形状態だった。


 なので、身体をふいたり。


 着替えたりするのも、ボクがなんとかしてあげた。


「えへへ~。ありがとう~。アイちゃん」


「どういたしまして。部屋に行ったら髪の毛乾かしてあげるから」


「うん、よろしくねぇ~」


 と言って、身体を寄せてくるユリ。


 どうやら抱っこの要求みたいだ。


 だから、お姫様抱っこでユリの部屋まで連れていく。


 部屋に入って、髪を乾かしてあげると、


「ありがとう。アイちゃん……ちゅっ」


 不意打ちで、キスされてしまった。


 そして、ユリの瞳は怪しげに光っていて。


 ナニを求めているのか言われなくても分かってしまう。


「ユリ。続きはベッドの上で……ね?」


「えへへ~。アイちゃん、愛してる~」


 着替えさせたばかりのパジャマのボタンを外し――


 再びユリが産まれたままの姿になる。


 ユリが、ボクの首に腕をまわしてきてキスの要求。


 それに応えながらも胸や、大事なところだけじゃなくて全身を優しく愛撫していく。


 そして、それは――


 ユリが気絶するまで続いた。





 朝、目を覚ますと――


 隣でユリが気持ちよさそうに寝息をたてていた。


 昨晩は、出来る限り性欲を発散させたつもりだ。


 これで、食欲が少しでもおさまってくれると嬉しいんだが……


 はたして、どのような結果になるのかは分からない。


 ユリを起こさないように、気を付けながら身支度を整えてから部屋を出て階段をおりる。


 リビングに入り、


「おはようございます」


 挨拶すると、


「おはよう。アイちゃん」


 にこやかなユリのお父さんの声と、


「おはよう。アイさん」


 少しきつめの目付きで、ユリのお母さんは挨拶してくれた。


 お父さんとは違い、お母さんに合うのは久しぶりだが……


 その、せいだろうか?


 緑色の瞳が、何かを訴えているみたいで、ひるんでしまう。


 お母さんは、すでに朝食をすませたみたいで。


 食後のコーヒーを味わいながら新聞を読んでいた。


 その新聞をたたんでテーブルの上に置くと、


「少し。時間をもらえるかしら?」


 そう言って、向かいに座るよう目でうながされた。


「はい」


 なんの話だろうと思っていると、予想外の話が始まった。


「単刀直入に言わせてもらうけれど。家の子になるつもりはない?」


「え?」


「実は、アナタの両親――正確には父親の方が私の部下なのよね。だから、今アナタの家の状態もそれなりに知っているのよ」


「そうでしたか……」


「母親が今の父親とは違う男性と交際していて妊娠しているのは知っているのよね?」


「はい、残念ながら。知っています」


 ボクの両親の不仲が始まったきっかけだが……


 父親も父親で、母親以外の女性と交際していた。


 つまり、母親は男の所に転がり込み。


 父親も女性の家に転がり込んでいる状態なのだ。


「そう……。アナタの父親、仕事だけは出来るから。今度のプロジェクトで海外に行くことになったのよ。それで、今の家を売りたがっているみたいでね」


 なるほど、ボクの住む家がなくなってしまう前に手を打とうとしてくれているのか。


 正直なところ、今のユリの状態を考えれば渡りに船と言ったところでもある。


 ならば、考えるまでもないだろう。


「では、よろしくお願いいたします」


 ボクが頭を下げると、ようやくユリのお母さんは笑みを浮かべてくれた。


 やはり、美人には笑みが似合う。


「うんうん。素直でよろしい。じゃぁ、後は頼んだわねコウイチ」


「うん、ネネさんも仕事頑張ってね!」


 そう言って、お弁当をユリのお父さんがお母さんに手渡し――


 一緒に玄関に向かう。


 なんとなく分かってしまう。


 おそらくだが、いってらっしゃいのキスでもするのだろう。


 そして――


 戻って来たユリのお父さんが用意してくれた朝食は。


 昨晩、ユリがリクエストしていた牛肉のステーキだった。





 ボクは軽いランニングのつもりで家に帰って着替えをスポーツバッグに押し込み。


 昨日着ていた物を洗濯機に放り込んでスイッチを押す。


 乾燥機能の付いた洗濯機は実に便利だと思う。


 後は、教科書等の忘れ物がないかチェックしてから登校だ。





【ユリ視点】



 今日も、携帯端末のモーニングコールで起こされた。


「ふわ~~~」


 でも、不思議と――それほど眠くもなければダルさもない。


 お腹は、すいてるけれど……


 これまた不思議と、それほどでもない気がする。


「なんでだろ?」


 ――って!


 少し考えたところで昨晩の事を思い出して顔が熱くなる。


 隣に、アイちゃんは居ない。


 きっと今頃は、バスケの練習中だろう。


「私、アイちゃんに……美味しく食べられちゃったんだ……」


 って、いうか!


 そう仕向けたのは、私自身だ!


 私が好きなのはトウヤちゃんのはずなのに……


「これって、浮気になっちゃうのかな?」


 あぁ、もう!


 私のバカバカバカ!


 さんざんアイちゃんには、ひどいこと言ってたくせに。


 アイちゃんに会わせる顔がないよ~。


 あれだけ自分からねだっておいて、今さら昨日の事は忘れてとか言えないし。


「どうしよう~」


 そんな悩みを抱えながらも階段をおりてリビングに入っていく。


「おはよ~。お父さん……」


「おはよう。ユリ? どうしたんだい? なんだか元気がないみたいだけれど」


 不思議そうな顔しているお父さんの手には、山盛りご飯と、ステーキが!


 それを見た瞬間!


 お腹がなった!


 テーブルにつくなり、


「いただきます!」


 を言って、ステーキにかじりつく。


 なんか、色んな悩みが吹っ飛ぶくらい美味しかった。


 それなのに……


「なぁ、ユリ? 本当にもういいのかい?」


「うん。なんかもうお腹いっぱいみたい……」


 昨日までの私は、どこへ行ったのやら。


 ステーキ二枚と、ご飯山盛り三杯で満腹になってしまっていた。  

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