第11話 「えっ、鞄にそんなもの入ってたの!?」
おやつ時が近づいた雪花亭に突然現れた宿泊客にアイリスは一瞬ぽかんとしたが、我に返ると慌てて宿台所から宿の受付に案内した。
「もちろん大丈夫です。こちらの宿泊名簿にサインをお願いしてもいいですか?」
アイリスに促され少年は受付に移動すると、持っていた荷物を足元に置いて宿泊名簿にサインをした。
少年はアイリスより背が高く少し癖のある黒髪で、陽の光を溢したような大きな金色の瞳が印象的だった。
(まつ毛長……猫みたい)
名簿にサインする少年を見ながら、密かに少年を観察していたアイリスは少し少年を不審に思った。
(……この人、しっかり防寒着は着込んでいるけど、荷物少なすぎない? どこから来たのかしら)
そもそも、アイリスとそう歳の変わらない少年が一人でこんな雪の中を来たのだろうか? 少年の来ている衣服は派手ではないが上質なものであることは見て解った。少なくともその辺の村の出身ではないだろう。山で仕事をしているのなら冬であっても雪からの反射で顔が日焼けしている者がほとんどだし、日に焼けておらず文字を書くその手は男性ながらも傷一つない綺麗な手だ。きっとそれなりにいい所の産まれに違いない。雪山を越えねばならぬアルカーナの方から一人で来たとも思えないし、かといって王都の方からだとするとこんな少年が国の端まで一体何故?
アイリスの疑問をよそに、少年は綺麗な文字で『イヴェル・ノクス』と宿泊名簿に自分の名を綴った。
「それではノクス様、お部屋はお二階になります。夕食は――」
宿泊客に必ずする宿泊の際の伝達事項をいつものように口頭で伝えていると、目の前の少年――イヴェルが一点を見つめ、その眉がみるみる内に寄っていく。アイリスが、え? と思わず言葉を止めるとそのうちわなわなと口元まで震えだした。
「お客様、どうされ……」
そう声をかけたと同時に台所からヴァルが「アイリス、お皿全部拭き終わったよ」と出てきて、受付カウンターに居るイヴェルと視線がカチリと合った。
「あ」
「……い、い、いたーーー!!」
イヴェルはヴァルを行儀悪く指差し、勢いよくヴァルの傍までつかつかと行くとヴァルの胸ぐらを掴みかかり揺さぶった。
「なんでこんな所にいるんだよ!? 王都行きはどうした! あんた、一歩も進んでないじゃん!」
イヴェルよりヴァルの方が身長は高いのだが、ヴァルはされるがままに揺さぶられている。
「ちょ……ちょっとお客様……!」
イヴェルの突然の暴挙にアイリスが慌てて受付カウンターから出る。掴み合いになった二人を理由もわからずとりあえず止めようと、アイリスは二人の間に入ろうとしたが……
「イヴこそどうしてここにいるんだい? イヴもクリュスランツェ観光?」
揺さぶられながらもそう返したヴァルに、イヴェルははぁ~っと脱力すると、
「あんたを探しに来たに決まってるだろーーがっ!!」
と大声で叫んだ。
「こちら、ウチの宿でお出ししているウェルカムドリンクになります」
どうぞ、と温かいジンジャーティをテーブルに置くと、イヴェルはちょっと気まずそうに「どうも」とペコリと小さく会釈をした。
今、食堂のテーブルにはイヴェルとヴァルが向かい合って座っている。普段は宿泊客にしかお茶は出さないのだが、アイリスはヴァルと自分の分も淹れてとりあえずヴァルの隣に座った。
「……先ほどは取り乱して騒いでしまい申し訳有りません。僕の名前はイヴェル・ノクスと申します」
二人を止めにかかり、至近距離でイヴェルの怒鳴り声を受けたアイリスは耳が暫くキーンと反響する羽目になった。イヴェルはヴァルには突然掴みかかって乱暴な口を聞いていたが、驚いて耳を抑えたアイリスに気がつくとすぐに謝って申し訳無さそうにし、ヴァルはと言うとなんだか落ち着かない様子でソワソワとしている。そんなヴァルを軽く睨みながら、イヴェルは口を開いた。
「僕はアルカーナの北の方から来て……そこに座っているヴァルは自分の兄です」
「えっ!?」
アイリスは驚いてヴァルを見る。そう言えば先ほど宿泊名簿に名前を書いた時、何処かで聞いた事があるような……と一瞬思ったのは間違いではなく、ヴァルと彼の姓が同じだったのだ。ヴァルは気まずそうに頬をかいた。
「ヴァル兄上は僕のすぐ上の兄なのですが、年明け早々に『氷の国を見に行く!』と言い出したものだから家族みんなで心配してですね、色々準備をしたんですが……」
当初ヴァルは「氷の都を見たい」と言っていたため、とりあえず目的地をクリュスランツェの王都としていた。
「親戚が王都の方に嫁いでいるものですから、王都についたら魔法でもなんでも使って連絡を寄越すように兄には言ってあったのです。が、待てど暮せど連絡はないし……」
ちなみに、アルカーナの国境からクリュスランツェ王都まで、通常ならば10日もあればたどり着ける。
「王都にいる親戚に連絡を取ってみればまだ来ていないと言うし、兄の鞄に忍ばせておいた位置の確認できる魔法道具を探索したら、国境を超えたばかりの場所から全く動かず……それで不審に思って探しに来たんです」
ヴァルは呑気に「えっ、鞄にそんなもの入ってたの!?」と驚いている。
「姉は『ヴァルに何かあったんじゃないか』ってオロオロするし、母は『便りのないのは元気な証拠というやつだろう』って言うだけだし、他の面子は笑ってるだけだし……」
ヴァルより上の兄達は中央での仕事があってとてもではないが頼れない。イヴェルの下の弟妹は女性と未成年ばかりだ。母は放っておけと言っていたが、そのままにしておくと姉が探しに行く! と言い出しかねない雰囲気だった。姉にヴァルを探索に行かせるなど、本人は認めないが姉至上主義の義理兄が絶対に許すはずもない。そんな事になれば母と義理兄の間でとんでもない衝突が勃発してしまう。
「僕も兄の行方は気になってましたから探索役をかって出たと言うか……。魔法で鞄の位置確認して鞄が川底から出てきた時の僕の気持ち、兄上はわかる……!?」
イヴェルはヴァルをキッと睨み、もう大分ヴァルの性格も普段の様子も知っているアイリスはイヴェルの苦労を思って思わず「うわぁ……」と同情の声が本気で出た。
「流石に僕も死んだとは思わなかったけれど、とっくに王都に着いてるか、連絡を忘れて王都を通り越して違う所を物見遊山してるのかと思ったんだ。なにのまさか山を超えただけで、そこから全く進んでないとは思わなかったよ……!!」
これじゃあ家から出てほぼ一歩も進んでいないのと同じじゃん!! と肩を落とすイヴェルを見てアイリスは苦笑いするしかなかった。ヴァルは少々口を尖らせながら小さく言い訳をする。
「……しょうがないだろ? 出かけたばっかりで鞄を落としちゃって無一文だったんだ。文無しで王都に行くのはまずいと思ったし、お腹もすいたしさ。まずはお金を稼がなきゃと思って……」
ここで住み込みで働かせてもらってるんだ、と言うヴァルに、イヴェルはその大きな目をこれでもかと開いて驚き、アイリスに向き合った。
「……アイリスさん、兄が色々ご迷惑をおかけしたのではないですか? お金もないのに何日も泊めていただいて……宿泊費もろともきちんと支払わせていただきます」
そう言ってイヴェルは深々とアイリスに頭を下げた。イヴェルの言葉に、今度はアイリスが驚いて首と両手を横に振る。
「とんでもないです! ヴァルさんは本当によく働いてくれて……うちには男手がないのでとっても助かっているんです。そりゃあ、初めは失敗もしましたけど、今はお皿も上手に洗えますしね」
ね、ヴァルさん? と笑ったアイリスに、イヴェルは呆けた顔をした。
「え……ヴァル兄上が皿洗い……?」
まるで狐につままれたような顔でヴァルを見る。対象的にヴァルは腰に手を当て大変得意そうな顔をした。
「ふっふっふ……、皿洗いだけじゃないよ。……なんと俺、洗濯物も干せます!!」
どうだ! 凄いだろう! と言わんばかりの顔で胸を張る。
アイリスは「いや、それ!?」と思ったが、イヴェルはまるでショックを受けたようによろめいた。
「う、嘘でしょ……!?」
「皿洗いも、洗濯干しもイヴだってしたことないだろ? 俺だってね、やればできるんだよ」と笑うヴァルを見て、イヴェルは呆然とその場に立ち尽くした。
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