仮想アイドルの女に恋人の心が奪われました
!~よたみてい書
第1話
――5月17日 土曜日 夕方前――
ルナちゃん、いや、ルナをボコボコに痛めつけてやる。
私は金槌を握りしめ、思いきり腕を振り上げた。
そして、卓上に横たわっている彼女の胴体に恨みを込めて振り下ろす。
『ドゥゴゥォッ』
鈍くて、重圧的な音が部屋の中に響き渡る。
心なしか、自分の中に溜まっていたモヤモヤした感情が少しどこかに行った気がした。
ルナの体はバラバラに砕け散り、数個の破片に分断された。
彼女の体が破損したことに対して確かに私の中に快感を覚えてはいるけど、たった一回で私の中に溜まっていた今までの黒い感情は完全に消えはしない。
私はもう一度、ルナの体に金槌を振り下ろす。
『ドゥゴゥン』
机が衝撃を受け止め、小さな悲鳴を上げた。
私はその悲鳴がルナの悲鳴だったらどれ程良かっただろうかと、一瞬思ってしまう。
自分の気持ちが晴れていくのと同時に、私の中に眠っている嫌な部分が引き出されて、自分に対して否定しながらルナの体を打ち続けた。
すると、いつの間にか彼女の体は数十個に分かれていて、細々とした破片が転がっている。
卓上に散乱している欠片を見ると、もはやルナの面影はどこにもなかった。
だけど私の中の鬱屈した気持ちが全部消えているわけではない。
私は一旦、台所から透明の小さ目な袋を持ってきたら、卓上の破片を一つずつ袋の中にゴミのように放り入れていく。
それから袋内の空気を抜き、開け口を軽く縛ったらもう一度、卓上に寝かせた。
ルナだった物を見つめながら、私は金槌を強く握りしめる。
そして、破片が詰まった袋を丁寧に、力強く打ち続けた。
『ドゥンッドゥンッドゥンッドゥンッ――』
金槌で殴打する音が家の外に漏れて近所迷惑になるのではないかと一瞬、不安に襲われたけど、不満の発散と粉砕作業の快感の方が上回ってしまい、すぐに意識はそっちに持っていかれた。
袋の中にさっきまであった固形の破片はすでに見当たらない。
代わりに白成分が多めの薄水色の粉末がいつの間にか出来上がっていて、まるでお菓子に振りかける調味料のようだ。
私は粉末を見ると、心のどこかに物足りなさを失っているのを感じた。
完全には気分が晴れていない、どこかもやがかかった感覚が残っている。
心の中に留まっているものの正体が判明することはなく、深く考えないようにした。
私は一旦、粉末を机の上に置いておいて、再び台所に足を向かわせる。
そして、冷蔵庫の扉を開け、中を覗き込んだ。
挽き肉がいつ食べてもらえるのかと、待ち遠しそうに鎮座している。
彼の期待に応えてあげたい気持ちが強くなっているのを感じた。
――5月17日 土曜日 夜――
私は星弥さんが帰宅する前に、夕飯を作り終えた。
作りたてを食べてもらえれば嬉しい。
それが叶わなくても、温めなおして出しても美味しい物を作れたはず。
台所前の小さめの机の上に前菜を並べ終えてからしばらく時間が空いたので、スマートフォンと睨めっこを始める。
相変わらずルナはいつも通りの他愛無い内容の文章をSNSのマンジを通して、全世界に向けて発信していた。
『可良ルナ 18:35
ついさっきスーパーに買い物に行ったら、特売セールやってたよ! わたしはもちろん、買いました!』
自分の可愛さを強調する画像を多用しているし、本当に忌々しい。
そんな黒い炎を燃やしながらスマートフォンの画面を凝視しづけていると、玄関から物音が聞こえてきた。
星弥さんが返ってきた。多分。
気持ちを躍らせてスマートフォンに釘付けになっている振りをして椅子に座ってその時が来るのを待つ。
「ただいま。なに観てるの?」
「おかえりなさい。えっと、店の商品価格を比べてるよ」
「偉いっ」
星弥さんはスーツを脱ぎながら、笑みを向けてきた。
その笑顔を受け取ると、心に栄養が行きわたっているかのような幸福感を感じられる。
ただ、それと同時に自責の念がどんどん大きく育っていく。
「友美さん本当に頼りになるよ。ちょこちょこ安い商品狙って節約し続けてるんでしょ?」
「ええ、まぁ、うん。いつもの事だけどね」
「いやいや、真面目ですごくいいよ」
本当なら褒められて喜ぶところだけど、一切、店の情報を調べていない。
私は嘘を悟られないように気を付けながら笑顔を彼に返す。
「まだ作ったばかりだから冷めてないけど、温めようか?」
「ん、冷たくなってないならこのままでいいよ。このまま食べる」
星弥さんはスウェットに着替え終わると、私の反対側の席に腰を下ろした。
「ん、ご飯と味噌汁だけ?」
「そんなわけないでしょ」
「だよね。安い商品調べてたから、おかず出す余裕ないくらいひっ迫してるのかと焦っちゃったよ」
星弥さんは不安から解放されたかのように、生気に満ちた表情を取り戻す。
私は電子レンジのボタンを押して、中に入っているおかずを温めた。
「おかずくらいは、熱々のものを食べて欲しいなぁーって思って」
「その気持ちだけで、俺の心が火傷しそう。とか言ったりして」
電子レンジも私たちのやり取りに反応したのか、電子音で何かを訴えだした。
私は電子レンジの中から、薄平べったい楕円形の食べ物が乗った皿を、星弥さんの前に置く。
「はい」
「おー、お、おぅ?」
星弥さんは嬉しそうな表情から徐々に怪訝な様子を浮かべ始める。
「これは、なに?」
「えぇ? ハンバーグだよ」
私の回答を聞いても、星弥さんは怪しそうにハンバーグを睨みつけたままだ。
「なんか、色が変じゃない?」
「んー、ちょっと変わった調味料を使ったからかな?」
「ちょっと変わったどころじゃない色合いなんだけど……」
「見た目が悪くても、美味しい食べ物はいくらでもあるんだし、警戒しなくても大丈夫」
「まぁそうだけど……美味しいんだよね?」
私は無言で彼に食べて欲しいという圧を放つ。
「それじゃあ、いただきます」
星弥さんは箸でハンバーグを切り分け、食べやすくなった欠片を口の中に運んでいく。
「……っ、うぉっ、うぇっ、ふぉぁぐぁっ!」
彼は突如、口元を抑えながら急いでゴミ箱に駆け寄っていき、ゴミ箱の中を覗き込んだ。
「大丈夫!?」
「不味い不味い不味い。あれ食えないって」
「えぇぇ!? 本当に?」
「本当。その調味料ハンバーグ用じゃないって」
「えー、そっかぁ。ごめんね。美味しくなると思ったんだけど、変なの入れちゃった」
「本当に不味いから、もう買ってこなくていいよ」
「そこまで不味いんだったら、うん、もう買わないようにする。確認しなくてごめんね」
「ああ、口の中にまだ味が残ってる。口の中すすいでくるよ」
星弥さんは青ざめた様子で、気だるそうに洗面所に足を運んでいく。
私は卓上に存在感を放っている薄青色のハンバーグを静かに見つめた。
就寝前に星弥さんから、ルナのフィギュアについて聞いてきた。
フィギュアが無くなっていることについて、何か知っていないかと。
私はルナにファンレターと一緒に、大好きアピールをするために本人に送ったと答えた。
星弥さんは勝手にフィギュアを送ったことに怒ることはなく、どんな反応があるか楽しみにしているようだ。
――5月9日 金曜日 夜――
恋人の星弥さんが卓上に置いたノートパソコンの画面を熱心に見つめているのがとても気になる。
邪魔してはいけない雰囲気を出しているけど、どうやら今回は私の好奇心の方が勝ったようだ。
「んー、星弥さんなにしてるの?」
「ルナちゃん観てる」
「え、誰?」
突然、女性らしき人物の名前が彼の口から飛び出してきて、私の心が急激に不安で一杯になった。
とても聞き流す気にはなれない。
「河良(かわい)ルナちゃんだよ。河良ルナ」
「知らない。というか、浮――」
「違う違う、バーチャルタレンツの河良ルナちゃんだよ」
星弥さんはノートパソコンの画面を私に見えるように角度を変えた。
『――そうなんだけどー、結局、わたし、最後に好きな物食べる派になったんだよー』
画面には二十歳前後の若々しい容姿を若干丸みを帯びさせてデフォルメした体形の女性が映っている。
明らかに人間とは言えないけど、私の体が彼女のことを勝手に人間の女性だと認識していた。
詳しい身長は分からないけど、165センチくらいはあり、小柄過ぎない絶妙な容姿をしている。
髪はサラサラとした綺麗な薄水色の毛を背中まで伸ばしていて、前髪も流すようにして可愛さと清潔さのどちらも保っていた。
清楚そうな白い衣服を身に纏っていて、ヘソと首の中間地点辺りには大きな盛り上がりが出来ている。
男性だったら喜びそうな丘だ。
そんな女性から男性を誘惑する気満々の猫なで声が発せられていて、私との間に見えない壁が咄嗟に出来上がっているのを感じる。
そんな彼女の姿を分析していると、彼女に対して脅威と感じているのか、私の体の中に嫌悪感と敵対心が芽生えている気がした。
「ルナちゃん可愛くない?」
星弥さんはどこか焦った様子を見せながら尋ねてくる。
本音は好きになれない。
だけど、本当のことを言ってしまえば、星弥さんとの関係がおかしくなるだろうし、この場の雰囲気も悪くなるだけなのは理解している。
「うーん、キャラクターとしては可愛いと思う」
「でしょでしょ! あ、見た目だけじゃなくて、言動はもちろん性格も可愛いから、友美さんにも彼女の事好きになってほしいなぁ」
私がルナと呼ばれるキャラクターを肯定すると、星弥さんは子供のようにはしゃいだ様子を見せてきた。
その様子を見ていると、また私の心の奥底で何かが目覚めようとしているのが分かる。
そして、彼の様子から、本当にルナのことが好きなのはすぐに理解できた。
なので、なるべく対立しない言動を心掛けなくてはいけない。
「星弥さんがそうして欲しいなら、ちょっと私も観てみようかな」
「うんうん、観て観て!」
私は星弥さんの隣に椅子を移動させ、なるべく彼に興味が無いことをばれないように装いつつ、興味津々の演技をしながらノートパソコンを眺め続けた。
――5月13日 火曜日 夜――
私は確かに、河良ルナのことは最初、敵と認識していた。
だけど、いつの間にか自分の彼女に対する意識が変わっている。
休日の間に星弥さんとの会話のきっかけを得ようとずっとルナの事について追っていた。
すると、いつの間にか、ルナ……ルナちゃんの事を応援していきたいという熱意が私の体の中に宿っているのを感じる。
ルナちゃんは何も悪いことをしていない。
むしろ、世の中の寂しい生活を送っているみんなに元気を与えてくれている天使のような存在。
しかも、女性で、バーチャルタレンツに無関心だった私ですらルナちゃんの事が好きになっているのだから、他にも女性の支持者は居ると思う。
私はそんなルナちゃんに対して悪い感情を抱いていたなんて、本当にどうかしていた。
昔の自分に強烈なビンタをかましたい気分だ。
泣いても謝罪しても、手を止める気はなく、何度も叩きたい。
『――ここに牛乳いれるんだっけ? ……あー、はいはい、楽勝だよ。見てて見てて』
スマートフォンからルナちゃんの心配そうな声が聞こえてきて、集中して画面を見つめる。
ルナちゃんがボールの中に溜まっている粉の中に牛乳を少しずつ注いでいた。
彼女が無事にクッキーを作れるように、熱意を込めて彼女に応援を届けてあげなくては。
『ユウビ:ルナちゃん、上手だよ! がんばって! クッキー私も食べたいなぁ。°(°´ᯅ`°)°。』
ルナちゃんは動画配信サイトのユーチュービーに書き込まれた私のコメントを読んではくれなかった。
全く悲しくないと言えば嘘になるけど、書き込みをしている人は私だけではない。
しかも、その数も比較的多い方だと感じているので、読んでくれたら運が良かったと思える環境だ。
そんなことを考えられるほどに、いつの間にか私はルナちゃん、あるいはバーチャルタレンツ文化に調教されてしまっている。
そもそも、ルナちゃんはクッキーを作ることに集中していて忙しいのだ。
料理するのが簡単でないことは私だって知っている。
みんなのコメントを全部読んでクッキー作りを失敗されてもそれはそれで困る。
でも、そんな展開も観てみたいという、よろしくない感情と好奇心が私の中で暴れていた。
こらっ、そんないたずら心を持つんじゃない、私。
卑しい自分を教育しなおしていると、玄関から物音が聞こえてきた。
「ただいま」
「おかえりなさい。今ね、ルナちゃんクッキー作ってるよ」
「あー、確かに、お菓子作り企画なら友美さんも観やすいよね」
星弥さんはスーツを脱ぎながら私の背後に回ってきて、スマートフォンに映っている調理器具を覗き込む。
「コメント書き込んでみたけど、読んでもらえなかった」
「まぁルナちゃんの動画配信、人が結構来てるから拾ってもらえる確率は低いと思う。激戦区だよ。俺だって基本無視され続けてるし」
彼はどこか諦めた様子を見せながら小さなため息をつく。
だけど、その表情からは負の感情は感じ取れない。
「そんな時は、アーカイブ動画になった時にコメントを残せば、絶対読んでくれるよルナちゃんは。あ、義務『いいね』だったら悲しいかも」
「あー、確かに。私もアーカイブ動画にコメント残すとき、他の人の書き込みも見てるけど、ルナちゃんみんなのコメントに反応してるよね。本当にそういうとこ好き」
「でしょ? 友美さんもルナちゃんの事好いてくれて嬉しいよ」
星弥さんは嬉々とした態度を向けてくる。
「俺もノートパソコンでルナちゃんのクッキー作り観なきゃ」
「その前に、夕飯食べよう」
「クッキー作り観ながら食べるよ」
「なんか行儀良くないなぁ」
「というか、友美さんも一緒にルナちゃんのクッキー作り見届けながら夕飯食べようよ」
心の奥底に、ながら作業をしながら夕飯を済ませることに嫌な気持ちが湧き上がっている。
だけど、こんな日もあってもいいかなという結論に至り、また、星弥さんとの楽しい時間が過ごせそうな気もした。
「んー、そうだね。うん。折角ずっとルナちゃんのクッキー作り見守ってきたし、中途半端なところで観るのやめるのなんかスッキリしないから、そうする」
私はルナちゃんの動画配信が現在進行形で流れているスマートフォンを片手に、冷蔵庫から電子レンジで温めるだけまで完成された料理を取り出す。
そして、レンジで温め終えた料理を机の上に並べていく。
星弥さんは卓上にノートパソコンを置き、ルナちゃんに釘付け中だ。
私も椅子に座り、机の上のスマートフォンを観ながら食べ物を口に運ぶ。
「なんだか、娘がデザート用意してるのを待ちながら夕飯食べてるみたいだね」
「え、えっ、んー、ルナちゃん、娘としては見れないかなぁ」
彼は箸を止め、難しい表情を浮かべた。
「やっぱり、恋――じゃなくて、アイドルだよ。ね、ね!」
「こい……?」
星弥さんの言いたいことは理解できるけど、その言葉を聞いた瞬間、全身が焦燥感に襲われる。
その気持ちが私の体に表れていたのか、星弥さんは慌てた様子を見せていた。
――5月14日 水曜日 夕方――
仕事から帰宅し、今日はなんだか疲れを感じていないことに気づいた。
余裕があるうちに家の中の掃除を済ませよう。
台所はもちろん、冷蔵庫の中、風呂場も軽く綺麗にし終える。
冷凍食品で時短が出来ることを見越して、もう少し掃除をしたい気分だ。
私は星弥さんの部屋の中に足を踏み入れていく。
彼の部屋の中は、いつもとほとんど変わらない風景が広がっていて、小さめのデスクとベッドマットと布団、ハンガーと小さめの収納家具が置かれていた。
デスク上にはいつも見慣れているノートパソコンが一台残されている。
そして、最後に一点、とても存在感を放っていて目立つものがノートパソコンの奥で主張していた。
私は興味津々にしてデスクに近づいていき、彼女の姿をなめまわすように見つめる。
ルナちゃんがいた。
もちろん、本物ではない。
作り物の、プラスチックで出来た模造品。
だけど、その姿を見ていると、心がほっこりして満たされた気分になる。
きっと鏡を見たら、私は満面の笑みを輝かせているだろう。
でも、本当に確認したら気持ち悪くて自己嫌悪してしまいそうなので、実行はしない。
ルナちゃんのフィギュアを堪能していると、本物のルナちゃんは今なにをしているのかふと気になったので、スマートフォンでマンジを起動し、ルナちゃんの最新書き込みを調べた。
『可良ルナ 18:12
みんなにわたしの良い声を届けたいから、新しいマイクを買おうか検討ちゅう~』
私たちのためにお金をかけてくれようとしている。
ルナちゃん、本当にありがとう。
大好きだよ。
今度もまた気持ち悪い顔していそうだ。
私はスマートフォンをポケットに仕舞い込み、星弥さんと自分の夕飯を作る準備を始めた。
――5月14日 水曜日 夜――
星弥さんと一緒に夕飯を済ませた後、何時ものように余暇が出来た。
今日は動画配信サービスで前から気になっていた映画が公開される日だ。
映画は一人でじっくり鑑賞するのもいいけど、私が観たいのはどちらかというとコメディチックな作風になっている。
たとえノートパソコンの小さな画面だとしても、星弥さんと一緒に楽しく観たい気分だ。
私はくつろいでいる星弥さんにこれからの時間について相談した。
「ねぇ、星弥さん」
「んー?」
「今日さ、ネットフリッカーに新しい映画が配信されるんだけど、一緒に観ようー」
星弥さんはしばらく黙り込んだ。
予想外の反応で、私の胸の奥がざわめいている。
「あー、んー、今日かー。今日はね……」
星弥さんの反応が悪い。
もしかして、職場で何か良くないことが起こったのだろうか。
それとも体調が優れていないのかもしれない。
そうだとしたら、早く手当してあげないと。
色んな思考が頭の中で湧きあがっていると、彼は嬉しそうに語り掛けてきた。
「今日、ルナちゃんの12時間ぶっつづけ耐久、ジグソーパズル完成させるまで終われない企画があるんだよ」
私もルナちゃんのジグソーパズルの企画に付き合ってあげたい気持ちはなくはない。
しかし、画面映えが少なく、そんな長時間ずっと付き合うのは優先度が高くなかった。
だから、その時間を星弥さんとの映画鑑賞にしたほうが有意義だ。
「うん、ルナちゃんのがんばってる姿、私も応援するために付き合いたいとは思った、んだけど、今日は星弥さんと一緒に映画観たいなー?」
「えー、ネットフリッカーの映画でしょ? 何時でも観れるじゃん」
彼の発言に、彼女である私との映画鑑賞を差し置いてルナちゃんを選んでいることに、苦しみの感情が胸のあたりで蠢いている。
「私との時間は大切じゃないの?」
「うっ、ぁ、いや、友美さんは大切な存在だけど、ルナちゃんのことも応援したい」
「気持ちはわかるけど、映画観ようよー」
「友美さんもルナちゃんのこと一緒に応援しようよ」
なかなか上手くいかない。
これ以上彼と意見を対立させていたら、喧嘩が始まりそうな気がした。
穏便に済ませるためには、私が妥協しなければ。
私は星弥さんに気を遣われないように、笑顔を頑張って作りあげる。
「そっか。うん、そうだよね。私もルナちゃんのパズル応援しようかな」
「ルナちゃんじゃ12時間で完成は難しいだろうけどね」
「えー、ひどっ」
私は椅子を軽く持ち上げ、彼の横に設置しなおした。
――5月15日 木曜日 夜――
途中で寝るために視聴を中断した昨日のルナちゃんのジグソーパズル企画の動画配信がアーカイブ化されていたので、リアルタイムではないけど、飛ばし飛ばしで視聴を再開することにした。
ルナちゃんのことは好きだとしても、地味な作業を双方向やり取り出来ない状況で見守るのはとても苦痛だ。
私の昨夜受けた心の痛みは消えていなかったようで、その鬱憤と共にアーカイブ動画にコメントを残すことにする。
『ユウビ:ルナちゃんジグソーパズル完成お疲れさまでした! ちょっとこの企画は地味な映像が続いてて退屈だったね(,,Ծ‸Ծ,, ) 次回の企画こそは、盛り上がるやつやっていこ!✧*。(ˊᗜˋ*)✧*。』
スマートフォンでボタンを押し終えると、心の奥底から薄暗い感情が減っているのを何となく感じた。
――5月16日 金曜日 夜――
仕事が終わり、星弥さんと夕食を囲んでいる時。
私は彼に今週の休日の予定について相談することにした。
「星弥さん、あのさ。今週のお休みの日なんだけど、久しぶりに一緒に遠出しない?」
星弥さんはここ最近、仕事が忙しいからか家にじっとしがちだ。
そういう自分も家でゴロゴロしながら体と心を休めているから責められない。
彼もそろそろ外に出かけて気分転換したがっているはずだ。
そうであるに違いない。
そういう人だから、私たちは一緒に暮らしているのだから。
「今週の休みは……えーっと」
星弥さんは突如スマートフォンを操作し始める。
私の問いかけに即答出来ない程、何か予定が詰まっているのだろうか。
「あ、ごめん。今週末はルナちゃんの歌唱ライブがあるから、それ観たい。生で応援したい」
彼の申し訳ない表情を見ると、腹の中から大声を出したい気分になった。
「友美さんも一緒に観よ?」
私もルナちゃんの歌唱ライブ観たい。
だけど、そろそろ星弥さんと二人だけの新しい思い出を作りたい。
星弥さんに乗っかりたい気持ちと、自分の我ままを貫きたい気持ちが頭の中で喧嘩している。
「ねぇ、私のことは大事じゃないの?」
「いや、友美さんのことは大事だよ。だから、ルナちゃんの歌唱ライブも絶対いい時間になるって」
星弥さんの真剣な説得を聞き続けていると、どうにかなりそうだった。
私は無言で自分の部屋に向かう。
「一緒にライブ聞こうね!」
星弥さんの熱のこもった言葉が背中にぶつかってくるけど、返事をする気分ではなかった。
――5月17日 土曜日 昼――
私は星弥さんとの関係の現状が良くない方向に向かっているのを感じていた。
本人を説得しては、高い確率で口論になり、最悪、別れるという道になってしまうかもしれない。
そんな危機に陥っているので、一人ではどうしようもないということで、恥ずかしいけど神頼みという選択肢を選んだ。
近くの神社に到着し、縁起が良いように五円玉を賽銭箱に投入。
そして、おみくじを引いて神様の助言を求めた。
結果は、『中吉』だった。
喜んでいいのやら、安心していいのやら、警戒していいのやら。
よくわからない。
もっと詳しく読んでいくと、恋愛に関しては、待つだけでは良くないらしい。
争いごとについては、勝つ、と直球な意見が書かれている。
色んなことを考慮した結果、神様は私に積極的に動けと背中を押しているらしい。
しかし、具体的にどうすればいいのか分からなかった。
私は近くの受付販売所でお守りを二つ購入することにする。
お守りといっても効果はいろいろあり、もちろん私は恋愛成就を頂くことにした。
それも二個も。
受付の神社の人に、二つで大丈夫かと聞かれたけど、恋人の分も一緒に、と答えたことで納得してくれた。
しばらく神社の中でルナのマンジを確認して時間を潰す。
『可良ルナ@みんなの妹 11:25
こんルナー! 今日はぐっすり寝てたら、こんな時間に起きました! わたし、いっぱい成長したかな!? みんなは何時に起きたかな?』
何がこんルナーだよ。
正しい日本語を知らないのか。
私は先ほど買ったお守り二つを両耳にかけて、天に向けて両手を捧げた。
星弥さんと私の仲が良くなりますように。
更に、神社の敷地内で体を数回転させて、もう一度、わたしを包み込んでいる太陽に訴えかけるように両手を差し出す。
星弥さんをたぶらかす災いを遠ざけたまえ。
時々、通行人の視線がこちらに向けられた気がした。
――5月17日 土曜日 昼過ぎ――
私と星弥さんの関係を壊そうとする敵に対して、正義の鉄槌を下したい。
神社から自宅までの帰り道に、私はホームセンターのヌメリに寄ることにした。
そして、普段なら新商品や日用品、食料品コーナーに留まるところ、一直線に店内を突き進んでいく。
欲しかった商品を持ち出し、精算所の横に置いた。
店員さんが私の心の中に溜まっているものを見透かしていたのか、不安そうな表情で私を見つめる。
怪しい商品を買っているわけでもないのに、そんな目で見つめないで欲しい。
店から出たら、エコバッグの中で休眠している武器を見つめる。
これで叩かれたら、彼女を粉砕するのは容易だろう。
本人に直接行うのは絶対にいけないことだ。
だけど、それに準じた行為をすることによって、きっと私の苦しみは無くなるだろう。
そう思いたい。
そんな期待を抱いていると、楽しみで仕方ない。
心の中で嬉々としたものが暴れているのを感じた。
――5月18日 日曜日 昼――
私が昼食の準備をしている最中、星弥さんが青ざめた表情をしながら、危機迫る勢いで話しかけてきた。
「うわっ、友美さん、ルナちゃんのもう見た?」
「んー、ルナちゃんがどうしたの?」
阿婆擦れの名前を聞くのも嫌だけど、自分の口から出すのも不快だ。
「ルナちゃん、体調不良で無期限活動休止だって……」
星弥さんはスマートフォンの画面を私に見せてくる。
「えっ、うそ、ルナちゃんどうしちゃったの!?」
「分からない。本当に突然で」
心の中のざわめきを落ち着かせるために、私も自分のスマートフォンでルナのマンジを確認してみた。
確かに、彼女は丁寧な文章で近況の報告を行っている。
その文章を読んだ途端、私の全身に解放感が駆け巡ってきた。
そして、何かとてつもなく大きな物事を達成したかのような清々しさもあり、幸福感がじわじわと湧き上がってきて、全身に染み込んでいく。
悪、滅。
「最近、長時間企画を何回かやってたし、身体への負担が大きかったのかな」
「いくら私たちを楽しませるためとはいえ、健康を害してまでは望んでないよ」
「うん。はぁ、ルナちゃん、回復したら戻ってくるのかな」
椅子に座っていた星弥さんはうなだれるように机の上に突っ伏した。
「だいじょうぶ! ルナちゃん絶対戻ってくるよ! 」
絶対に戻ってこないで欲しい。
「はぁ、これからどうしようかな。ルナちゃんの代わりに他の誰か――」
「ねぇ、星弥さん。次の週末は大画面のスクリーンで映画が観たいんだけど、一緒に行こう?」
これから星弥さんとの思い出をいっぱい作っていきたい。
もう誰にも邪魔されたくなかった。
私は星弥さんとの明るい未来を信じて、いつもの日常に戻っていくのだった。
仮想アイドルの女に恋人の心が奪われました !~よたみてい書 @kaitemitayo
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