第47話 誘拐未遂
「きゃー! 魔獣よ!」
広場で誰かがそう叫ぶ。フィーリアは思わず立ち上がって、周囲の様子を警戒して見回した。
「お嬢様。我々が対処してきますので、貴女様はここにいてください」
護衛の内数名が、悲鳴が上がった箇所に向かう。街でこんなに魔獣が姿を現すなんて、自然ではない。誰かの手が入っている可能性が考えられる。
人々を混乱させるためであれば、金品の強奪や人さらいが目的なのだろうか。その場合、魔獣に気を取られている間に、別の問題が発生してしまう。
窃盗にしても誘拐にしても、狙われるのは裕福な者である。
フィーリアはどこからか視線を感じて、ぞくりと全身が泡立つのを感じた。今のフィーリアは、レティシアやルーンオードほどではないにしても、振る舞いや着ている服などから令嬢だと気が付かれる可能性はある。護衛が手薄になった今、自分は格好の的なのではないだろうか?
「……っ!」
第六感というのだろうか、嫌な予感がしてフィーリアはばっと後ろを振り向く。そこにはいかにも怪しい者がいて、手に鈍器のようなものを持っていた。
「ちっ、気づかれたか」
低い声でその男は言って、その鈍器をフィーリア目がけて振り下ろす。彼女はほぼ無意識のうちに魔法で防御壁を張ったが、心臓が嫌な音を立てていて呼吸が乱れる。
残っていた護衛がすぐにフィーリアを守るように立ち位置を変え、男は諦めたのか裏路地に姿を消した。護衛はその男を追いかけようとせず、倒れそうになるフィーリアの体を支える。
「お嬢様! 申し訳ございません、貴女様に危険を及ぼしてしまいました……」
無事だから大丈夫、と返そうと思ったが、今まさに誘拐されそうだったという恐怖に体が震えて喉が震える。
兄に魔法を教えてもらっていなかったら、今頃大変な目にあっていた。鈍器で殴られていたら、酷い傷が残ってしまった危険性もある。心の中でヴィセリオに感謝しながら、フィーリアは呼吸を整える。多くの人の目につくところで、格好悪いところは見せたくない。
「……大丈夫です。それより、魔獣による被害はありませんか?」
「魔獣の討伐は滞りなく終わりました。お嬢様を襲おうとした男は、人を集めて捜索します」
ベンチに座るよう促されたフィーリアはそのまま腰掛け、護衛の言葉に頷く。この件は当然ヴィセリオの耳に入るだろう。彼は、自分で犯人を捕らえようと動くかもしれない。
そのまましばらく水を飲んで心を落ち着けていると、奥の人込みからレティシアらしき人物が走ってきた。
「フィーリア様! こちらでも魔獣が出たと聞いたのですが、ご無事ですか……?」
彼女はフィーリアの顔を覗き込む。その瞳は暖かさで満ちていて、とても多くの人々を救うために力を使った後とは思えない。今のフィーリアとは大違いだ。
心に、沈んだ考えが芽生え始める。胸の内が黒く、染まっていく。
わたしとは違って、彼女は力を持っている。
ルーンオードの隣で、一緒に戦えるんだ。
「フィーリア様。顔色が悪いようですが、何かありましたか?」
レティシアは心配したように眉を下げている。そんな彼女を見て、フィーリアははっと我に返った。
こんなにも優しい彼女に、醜く嫉妬してしまった自分が、とても惨めに思える。
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