第33話 ダンス


「これからダンスが始まりますね。皆さんは、どなたと踊られるのですか?」


 アレクシアに問われ、フィーリアは意識をそちらに向けた。歓迎パーティーでのメインの一つであるダンス。ダンスが苦手な人は、無理して踊る必要はない。男女ペアで踊るので、相手を見つけるのは容易ではないが、これは夜会などではなく学園内のパーティーなので、目についた人と踊るのが基本となっている。勿論、相手が決まっていたらその人と踊っても良い。


「わたしはお兄様とファーストダンスを踊ります。その後は、お知り合いの方や手の空いている方にお願いします」

「わたしもフィーリア様と同じです。兄様と最初に踊ります」

「では相手が決まっていないのはわたくしだけですわね。少しお相手の方を探してきます」


 アレクシアはそう言って、二人の元から離れた。彼女の後を目で追うと、一人で歩く彼女に数名の男子生徒が話しかけている。美しいアレクシアは、ダンスの相手に困らないだろう。


「ソフィア様は、ダンスは得意ですか?」

「いえ、そこまで……。わたしは上手くありませんけど、兄様のリードがお上手なので、何とかついていくことができます。そうなると、兄様以外の方と踊るのに不安が残りますが」

「わたしも同じです。練習相手のお兄様がお上手すぎて、成長することができませんでした」


 フィーリアとソフィアはそのままお互いの兄について話を弾ませていると、足音が近づいてきた。

 そちらに目を向けると、薄い桃色のドレスを身にまとった、目を奪われるほど美しい聖女が微笑んで立っていた。


「フィーリア様、ソフィア様、こんばんは。お二人とも、とてもお綺麗ですね」

「こんばんは、レティシア様。女神様からの祝福を受けたようにお美しい貴女様を見ることができて嬉しいです。何か不都合なことがあったのですか?」

「ええ、少し……。教会を出る前にお客様がいらっしゃったので、それの対応をしていたら遅れてしまいました」


 レティシアと数回言葉を交わし、フィーリアは彼女の後方に目を向ける。レティシアと少し距離を空けてやって来たのは、礼服で姿を整えたルーンオードだ。ヴィセリオと同じく白い礼服を着た彼は、普段より増して大人に見えた。

 ルーンオードの深い蒼い瞳が、フィーリアに向けられる。すると、彼の目が一瞬見開かれた気がした。やはり、このドレスを着てくるのは間違いだっただろうかと、フィーリアは急に恥ずかしくなって目を伏せた。

 彼は貼り付けた笑みを浮かべ、美しく一礼する。


「フィーリア嬢、ソフィア嬢、こんばんは。お二人とも、目を奪われてしまうほどお綺麗です」

「ありがとうございます、ルーンオード様」

「……ありがとうございます」


 ソフィアは変わらずルーンオードの言葉に感謝を述べたが、フィーリアの感謝の言葉はとても小さい声量だった。そんなフィーリアの反応を見て、ルーンオードは深い蒼い瞳を瞬かせた。そして、彼は目を凝らさないと分からないくらい微かに、目を和らげた。


「その青いドレス、とてもお似合いです」

「そ、そうですか? お兄様から頂いたこの髪飾りに合わせたのです」


 いつにもましてかっこいいルーンオードを見ていられず、フィーリアはしどろもどろになりながら曖昧に笑みを浮かべた。しかし、フィーリアの言葉に彼の瞳はいつもの冷たさを取り戻し、その瞳のままフィーリアの頭部に目をやった。髪飾りを見ているのだろうか。

 フィーリアはこれ以上彼の前に立っていられないと、目を動かしてヴィセリオの姿を探す。いつもならばいいタイミングで来てくれる兄だが、今は忙しいのか来てくれない。


「フィーリア様のファーストダンスのお相手は、ヴィセリオ様ですか?」

「は、はい。最初はお兄様と踊ります。レティシア様は、ルーンオード様と?」

「わたくし、ダンスはどうしても苦手で。下手なダンスを見せて恥ずかしい所を見せるわけにはいきません。なので、わたくしは見ているだけにします」


 レティシアは恥ずかしそうにそう言った。聖女である彼女は、女神に送る舞は踊れるが、ダンスは全くといっていいほど踊れないそう。意外な彼女の一面を見て、フィーリアは驚くと同時に反省した。勝手に、レティシアは上手なダンスを踊れると思い込んでいた。誰にだって苦手なことはあるので、レティシアがダンスを踊れないこともあり得る話しだ。


「わたくしは踊りませんが、ルーンは踊りますよ」


 レティシアの視線を受け、ルーンオードは頭を下げる。てっきりレティシアとルーンオードが一緒に踊ると思っていたフィーリアは、その姿を見なくていいのだと安心した。今のフィーリアとルーンオードの関係からしたら、安心するのもおかしなことなのに。彼を諦めると決めたはずなのに、レティシアに嫉妬している自分の心が汚くて、フィーリアは内心でため息を吐いた。

 レティシアはそんなフィーリアの内心に一切気が付いた様子がなく、微笑みながら手を体の前で合わせた。


「フィーリア様とルーンが一緒に踊るのはどうですか?」

「……え?」


 フィーリアは思わず気の抜けた声を漏らす。ルーンオードも深い蒼い瞳を丸くしているのを見て、フィーリアは自分の心を落ち着かせた。レティシアが言ったことなので、ルーンオードからは断わりづらいだろうと思い、フィーリアは口を開いた。


「あの、ありがたいことですが、ルーンオード様に悪いので……」

「それはいいですね、レティシア様」


 ルーンオードがフィーリアの話す途中で言葉を挟んで、彼女の前に立った。そして、彼は一度礼をし、手を差し伸べた。


「フィーリア嬢。私と踊っていただけますか?」


 深い蒼い瞳がフィーリアだけを見つめている。淡く微笑んだ彼と視線が交差し、フィーリアは頬を赤くさせる。しかし、彼の瞳から目を離すことができなかった。

 彼の瞳が熱を孕んでいる。どうしてもその熱を逃したくなくて、気が付いたらフィーリアは彼の手に自らの手を重ねていた。


「はい。よろしくお願いします」


 フィーリアは微笑んで、まっすぐとルーンオードの深い蒼い瞳を見返した。

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