第10話 聖女と彼


「フィア。何か悩んでいるの?」


 ヴィセリオに顔を覗き込まれ、フィーリアは顔を上げて慌てて笑みを浮かべた。


「いいえ。何でもありません。大丈夫です」

「そう? なら良いのだけど」


 ヴィセリオは納得がいっていないような顔をしたが、それ以上食い入って話をしなかった。フィーリアはそれに感謝しながら、思考に専念した。


 ……彼はフィーリアと同じように五度目の人生を歩んでいる。それはつまり、四度目の人生で彼も彼女と同じように死を迎えたということになる。

 さらに、フィーリアは四度目の人生で、彼を裏切る行為をした。ずっと彼女を愛してくれていた彼を、裏切ってしまったのである。彼が彼女に恨みのような感情を抱いていたとしても、疑問はない。


 そして、彼は今世で聖騎士となり、新たな人生を歩んでいる。

 聖騎士は聖女と婚姻の契りを結ぶことが多い。つまり彼も、レティシアと……。

 あの二人は親し気で、距離が近かった。すでに二人の間にそういった関係があったとしてもおかしくはない。そうであれば、フィーリアが成すべきことは一つ。


 ——この恋を諦めて、彼の幸せを全力で応援すること。


 フィーリアは何も変わっていないのに、彼は変わろうとしているのだ。前の人生から、彼の愛に任せっきりになっていたことの、弊害が出ている。きっとどこか心の奥に、彼を想う心が残っている。

 だから、彼を諦めようと決意しても、こんなにも心が痛むのだ。


「フィア。顔色が悪いよ。早く用を終わらせて休もう」

「……はい、お兄様」


 ヴィセリオは心配そうに眉を下げて再びフィーリアの顔を覗き込む。そこで、彼女は兄に聞いておきたいことがあったことを思い出し、口を開く。


「お兄様と聖騎士様は、お知り合いだったのですか?」


 彼は意表をつかれたように目を丸くして、すぐに優しい笑みを浮かべる。


「そうだよ。ルーンオードとは小さい頃からの付き合いでね。私が彼に指導を行うことも何度かあったよ。彼は強くなることに意欲的で、ずっと何かと戦っているような……そんな感じがする」

「お兄様は彼と仲が良くないのですか?」

「んー、仲が良くないかと問われたら、良くないかも。私はどうしても彼を好きになることができないし、彼も私を好ましく思っていないだろうね。……フィアは、ルーンオードのことが気になるのかい?」


 ヴィセリオの笑みが凄みを増し、フィーリアは慌てて首を振った。


「い、いえ! お兄様のお知り合いだということで、どういう方なのかと気になっただけです。そ、それよりも、聖女様は噂に聞く通り、お美し方でしたね」


 ルーンオードに余計な迷惑をかけたくないので、ヴィセリオが変な気を起こさないように話を逸らす。フィーリアの言葉にヴィセリオは少し考える素振りを見せ、頷く。


「その通りだね。今代の聖女様は、歴代の聖女様から群を抜いて美しいと言われている。それに、聖女様と聖騎士殿は、お似合いの二人だと思わないかい?」


 ヴィセリオの言葉がフィーリアの胸を鋭く傷つける。しかしその傷に気づかれないように、彼女は笑みを浮かべた。


「……ええ。とても」




 フィーリアとヴィセリオが去った後。


「ヴィセリオ様はフィーリア様を愛していらっしゃるのですね」


 レティシアはにこにこと微笑んで、今は遠くなった二人の姿からルーンオードに目を移す。


「……兄としては、距離が近すぎるように見えました」


 ルーンオードはヴィセリオの後姿を鋭く睨む。そんな彼に気が付いていないのか、レティシアは無邪気に笑む。


「兄妹で仲が良い方がいいじゃない。それよりも、わたくしにもお友達ができて嬉しいわ! ずっと同年代のお友達が欲しかったの」

「レティシア様はあのお方とお友達になられたので?」


 レティシアはルーンオードからすっと目を逸らした。


「……一緒に喋って、明日会うことを約束したのだもの。もうお友達と言っていいでしょう?」

「レティシア様がそう仰るのであれば、そうなのかもしれません」

「急に雑にならないで。それに……ルーン。顔が怖いわよ」


 ルーンオードの鋭い目を見て、レティシアはジト目になる。彼女の目から逃れるように彼は女神像に顔を向けた。


「……私の顔はいつも同じです」


 女神像を見つめるその深い蒼い瞳は、暗い闇を宿していた。

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