8話 こころ焦がすようなウソだった

職員室で先生との話が終わると、

幸子はローカに出た。


そこにはいくつかの人だかりができていた。



「あいつただのズルじゃん」


「親に書いてもらったらしいよ」


「なんかおかしいと思ったのよねー」



ナイフみたいな言葉が、

背中につきささってくる。


幸子がカラクリ人形みたいにふり向くと、

和葉と目が合った。


「幸子ちゃんのうそつきっ!!」


彼女は汚いモノを見るような目をしていた。


美咲さん。ウソをつくということが、

どういうことなのか分かったよ。


幸子は自己責任にボロボロにされながら下校し、

美咲のいる病院へ向かった。


美咲のママがいた。

泣く資格のない涙が出た。


「すごく痛かったみたいだけど、大丈夫。

もう話もできるわ」


病室に入ると、

美咲は窓の外を見ていた。


やせた頬が、もっとやせていた。


「―――幸子」


まばたきで手招きをされたので、

幸子は美咲のベッドサイドに座った。


「音読は―――どうだった?」


自分の方がタイヘンだったというのに、

美咲は幸子のことが心配のようだった。


「大成功だったよっ!」


「―――ウソをつくな」


さすがは悪代官。

幸子のウソは即バレしてしまっていた。


仕方なくショージキに言うコトにする。


「ゼンブ言ったの。

私が書いたんじゃないって」


美咲の目がこれ以上ないほどに見開く。

こんなおかしな顔は初めて見た。


「ええ?

もしかして―――全校生徒の前で?」


「うん」


「幸子が書いたんじゃ―――ないって?」


「だからそう言ってるじゃないですか」


美咲がやつれた顔をほころばせた。


それは、

全身から熱を出すような笑顔だった。


「カッコええな」


「え」


「カッコええぞ―――幸子」


「な、なんでわたしが、カッコいいのよ・・・?

みんなにキラわれて、本当にブザマだったんだからっ!」


「それが、カッコええんやぞ」


幸子の目から、

涙がこぼれおちた。


「ううううううっ。意味わかんないよー。

それに、美咲さんってば、なんでなまってるのぉー?」


涙がようやく収まったころ、

美咲が言った。


「幸子―――おしえてあげる」


美咲のほほえみには、

灯した火のように純粋で飾らない愛がこもっていた。


「なに?」


美咲の視線を追うと、

病室の前に和葉の姿があった。


「和葉・・・ちゃん?」


ビックリしている幸子に、

美咲のママが言った。


「幸子ちゃんのこと、

心配できたんだって」


幸子は美咲と顔を見合わせた。


彼女が口をトガらせて、

行ってこい、と合図をしてくれる。


幸子は勇気を出して、

和葉へ歩み寄った。



☆彡



話し始めた2人から視線をそらすと、

美咲は窓を見た。


そこには、事故に遭った日から、イヤというほど死を望んできた、

自分の顔がうっすらと映っている。



『人生の困難は、時間が解決する』という

ありきたりな言葉があるが、あれはウソだ。



身体が動かなくなった苦しみや悲しみは、

年をおうごとに真綿を詰めるように美咲を締めつけた。


血栓ができたとき、

美咲は思ったのだ。


やっと解放されると。


そんなことを考えるなんて、母親に悪いだろうとか、

残された者の気持ちになってみろとか、リッパな大人たちは言うのだろう。


でも、

当事者のジッサイはこんなものだ。


美咲はずーっと大人たちのタテマエに従ってきた。


美咲を善だと決めつけて、

手を貸してくる大人たちの意に添うように生きてきた。


それ自体には感謝してもしきれない。


助けてもらえなくては、

美咲は生きることすらできないのだから。


だけど、

美咲にだって悪い部分がある。


悪いことを考える瞬間だってたくさんある。


彼ら彼女らに、

そんな美咲の気持ちは一生わからないだろう。


そう思ってきた。


幸子に出会うまでは。


幸子は美咲を障がい者として見なかった。


話が面白くないときは、

面白くないと言ってくれた。


美咲の書いたものを、

まがりなりにも必要としてくれた。


美咲の不自由さをかばうのではなく、

幸子自身の弱さを見せてくれた。


美咲は事故に遭ってからの人生で、

初めてひとりの人間として扱われた気がしたのだ。


美咲のこころには、逝けなかったという

ザンネンな気持ちが確かにある。


でも、なぜだろう。

窓に映る美咲はちょっぴり笑っている。


幸子と和葉がまだ何かを言い合っている。


パッと見はケンカだけれど、

美咲からすれば、とてもほほえましい光景だ。


本気でぶつかり合えたことで、

この子たちは、きっと友達になれる。


美咲にはわかる。


「ふっ」


小さく息をふき出すと、

美咲はまた窓の方に視線を戻した。


ウソからはじまるホントもある。


今の美咲からはじまる、

まっさらな何かに期待する。


「―――よかったね」


窓から差し込む光は強く、

まだ秋の片鱗はみえない。


夏は続くのだ。




fin

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こころ焦がすようなウソだった くるみしょくぱん @gakkaihappyou

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