第10話

 夜の七時、そろそろ夕飯でも食べようかと思い始めたところで部屋のドアがノックされた。


 扉を開けると、胡桃がカバーの付いたナイフとビニール袋を持って立っていた。


「和田町くん、こんにちは。さっきの女、誰?」


 生気のない目で胡桃が尋ねる。


「ヤンデレなの!?」


 俺が突っ込みを入れると胡桃は「ふふっ」と笑って目に生気を取り戻す。


「なんてね。キッチンが埋まっててさ。遊びに来た」


「そのナイフで刺さないならいいですよ」


「最近、昔のアニメを見ててさ」


「なんですか?」


「スクールデイズ。知ってる?」


 めちゃくちゃヤンデレヒロインが登場するやつだ。


「今すぐに帰ってください。刺されたくないので」


「ふふっ。お邪魔しまーす」


 胡桃はナイフを食材の入っているビニール袋に入れて部屋に入ってきた。


 そのまま、部屋の中ほどで立ち、少し背伸びをしてスンスンと鼻を利かせる。


「ん……シコってた?」


「シコり警察がすぎますよ」


「や、いずれ現行犯逮捕してみたいもんだね」


 いつもの軽口を叩きながら胡桃が床に座る。


「今日は何を作るんですか?」


 隣に座り、胡桃に話しかける。


「野菜炒め……のつもりだったけどどうしようかなって。方向性はまだ決まってないんだ。解散するかも」


 胡桃は袋の中からミックス野菜を取り出して切なそうにそのパッケージを見つめている。もやし、ピーマン、人参、キャベツと野菜炒めにすると良さそうな野菜が一口サイズに切られて全部入っていた。当然、パッケージには半額シールが貼られている。


「バンドじゃないんだから……」


「ふふっ……たまにタメ口が混ざるようになってきたね」


「タメ口警察ですか?」


「や、単に嬉しくて」


「あぁ……何となくですよ。深い意味はないです」


 胡桃は「ふぅん……」と言って唇を尖らせた。


「和田町くんは何を食べるの?」


「今日はカップ麺のつもりです」


 答えるや否や胡桃にジト目で睨まれる。


「野菜は?」


 胡桃が距離を詰めながら問い詰めてきた。


「う……」


 気まずくなり顔を逸らすと胡桃は更に近づいてくる。


「お肉は?」


「う……」


「ちゃんと栄養バランス考えないと駄目だよ?」


「は、はい……お人好しですね……」


「ま、色んな人を見てきたからね」


 胡桃は寂しそうに俯いてそう言う。


「何かあったんですか?」


「ううん。ま、いずれ、ね」


 胡桃は話を断ち切るようにビニール袋から缶チューハイを取り出した。


「アルコールは良いんですか……?」


「や、駄目だよ」


「それはアルコールでは?」


「ん。そうだね。もう一個あるよ?」


「いただきます」


 キンキンに冷えた缶チューハイを受け取る。これが入っているということは、この人は飲みながら飯を作るつもりだったのか。


 缶の中身はレモンサワー。口に含むと渋みと冷たさで身体がブルッと震えた。


「食べ物がほしいですね……」


「キッチンさ、コンロが埋まってるんだよね」


「電子レンジもですか?」


「ん……それは空いてる」


「じゃ、行きましょう。このままだとレモンサワーで酔い潰れちゃいますよ」


 胡桃は俺の方をじっと見てくる。少しの間が空いて「それも良きかな」と言いながら立ち上がった。


 ◆


 キッチンを占領している住人はどうやらパエリアを作っていたらしい。男女2人ずつの四人でわちゃわちゃと料理をしていた。大きなフライパンがないため、フライパンを3つ並べて一気に作る算段のようだ。


 まだ序盤戦らしく、コンロの横ではエビやイカがボウルの中でその時を待っている。


 それに対して俺達のつまみは半額の生野菜ミックスと肉をレンジでチンしてポン酢をかけたもの。それとカップ麺。2つを2人でシェアすることになった。


「パエージャなんて作ってさぁ……」


 胡桃はコンロを占有されている恨みを込めて呟く。


「パエリアでいいじゃないですか」


「パエージャだよ、パエージャ。聞いてみよ」


 胡桃がスマートフォンを取り出して手招きしてきた。キッチンに聞こえると厭味ったらしいので、音を絞るんだろう。


 二人の顔の横がくっつきそうなくらいに接近して、スマートフォンのスピーカーに耳を近づける。


『paella』


「……パエリャ?」


 胡桃と至近距離で目を合わせる。瞬きをする度に星が飛び出してきそうなくらいに、綺麗な色をしていた。


「ん。パエリャっぽいね」


 胡桃は答えがわかると、すぐに離れ、背筋を伸ばして座り直す。


「ごめんなさい。パエリャと認めます。論破された者という意味を込めて額に『論破ed』って書くから許して」


「それだと論破されて勃起不全になった人ですよ」


「ちゃんと小文字にしとくから。小さくしとくから」


「小さくするとかもちょっと連想しちゃいますね!?」


 胡桃は笑いながら蒸し野菜を口に運ぶ。


「ん……美味しい。美味しいけど……もし、今この瞬間食べてる料理でレア度をつけるとしたら、私達はコモンだね。パエリャはSSR」


 どうやら胡桃はパエリアが好きらしい。


「これにアンコをアドしたらアンコモンですか?」


 胡桃は笑いながら「もやしにあんこは絶対に合わないよ」と言う。


「ね、和田町くん」


「なんですか?」


「新生活は慣れた?」


「慣れました」


「そっか。友達はできた?」


「温野菜を一緒につつく人なら」


 胡桃はすぐにその意味を理解すると目を見開いて驚いた。


「ふっ、ふぅん……仲良くしとくといいよ。変な人だと思うけど!」


 胡桃はそう言うと照れ隠しなのかカップ麺をズルズルとすする。


「面白い人なんですよね」


「面白いだけ?」


「可愛いとも思いますよ」


「ぶっ……けほっ……」


 胡桃がむせる。直後、一本の麺が鼻から顔をのぞかせていた。


 その時、パエリアを作っていた人達が俺達に話しかけに来た。暇つぶしなんだろうがタイミングが悪すぎる。


「あ、稜太郎さん。こんばんは〜。ほっ、星川さんも……」


 胡桃が鼻からラーメンを出している、最悪の場面で挨拶に来られてしまった。胡桃は慌てて手で鼻を隠すも既に見られた後。


「「こ……こんばんは……」」


 2人して気まずそうに挨拶を返したため、パエリアを作っていた人達はそのまま苦笑いをしながら去っていく。


「稜太郎さんと星川さん……」


 胡桃は目を見開いて復唱する。住民達との距離感を実感させられたらしい。


「ま……まぁ俺の苗字は覚えづらいですから……」


「ふぅん……話を戻すと……わっ、私も友達ができた。最近」


「どんな人ですか?」


「私を『胡桃さん』と呼んでくれる人」


「へぇ……そんな人が――」


 胡桃の視線は俺に注がれている。これはまさか名前で呼ぶチャンスなんじゃないだろうか。


「その人、どうですか? 胡桃さん」


 微笑みながら胡桃に尋ねる。


「パエリアの呼び方にうるさいオタク」


「なるほど……今度作りますか?」


「ん。作ろうね。


 胡桃は顔を真赤にしてもやしをつまみ、俺の口に運んできたのだった。


―――――

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