第4話
新住民の歓送迎会は、誰かが入居したり、あるいは転居したりするタイミングで必ず催されるらしい。
参加率は9割を超えていて、共用ルームにある複数のテーブルはすべて人で埋まっていて、数人が自室から椅子を持ってきてやっと全員が座ることができた。
自己紹介をして顔と名前は知らしめたので最低限の目的は達成。
住民は大学生から社会人若手の20代が中心のため年も近い。
しかし、メイン層は意識高めの陽キャということもあり、打ち解けづらい雰囲気に呑まれ、気づけば隅っこの方で胡桃と二人で固まっていた。
「こういう感じですか……」
「私は数年ぶりに参加したけど、随分人が変わってる。浦島太郎みたいだ」
「浦島胡桃に改姓します?」
「や、浦島さんとは結婚したくないなぁ」
「浦島さんが可哀想ですよ」
「和田町胡桃」
「ぶっ……な、何を言ってるんですか!?」
「なんかご当地ゆるキャラみたいだね。地名プラス来るって感じで」
「あぁ……それ、多分『胡桃』って名前だったらどこでも当てはまりそうじゃないですか?」
「長野胡桃」
「長野に行きたくなりますね」
「温泉胡桃」
「温泉に入りたくなりますね」
「お腹すきみ」
胡桃は共用ルームの真ん中にあるピザが置かれたテーブルを見ながらそう言う。人が常にいるため中々取りに行けなかったのだ。
「空きましたねぇ……取ってきますよ」
胡桃は足を挫いているため取りに行けない。椅子から立ち上がり、2人分のピザを皿に盛って振り向くと、さっきまで俺が座っていたところに早速男が座っていた。ロン毛をセンター分けにしたチャラそうなタイプだった。
胡桃は気まずそうに視線を逸らしている。俺が戻りづらそうにしているのに気づくと、小さく手招きをしてきた。
ピザを持って近づくと胡桃は普段よりワントーン高めの声を作り「ありがと、稜太郎」と言ってニッコリと笑いながらピザを受け取った。
それを見た男は苦笑いをしながら「それじゃ〜」と去っていく。
空いた椅子に座り「誰なんです?」と尋ねる。
「110の
「教えたら良いじゃないですか。未来のカイル・リースかもしれませんよ?」
ヒロインであるサラ・コナーと結ばれるキャラクターを引き合いに出してそう言うと、胡桃は顔をしかめてブルブルと首を横に振った。
「少なくとも彼ではないと断言しておく」
胡桃は余程面倒な絡み方をされてイラッとしていたのか、ピザを乱暴に丸めて一口で詰め込んだ。すぐに慌てた様子で俺の方を叩いてくる。
「はいはい、水ですね」
胡桃が何度もコクコクと頷いたので、水を取りに行く。
椅子に戻ろうと振り返るとまた別の人が椅子に座っていた。
今度は女の人。
胡桃は何やらワタワタしながらその人と話している。遠巻きに見つめていると、胡桃がまた手招きをしてくる。安心した表情からして今度は大丈夫そうだ。
水の入ったコップを2つ持ち、席に戻る。
「お待たせしました」
水を胡桃に手渡す。胡桃はその女の人にもらったビールで先にピザを流してこんでいたようだ。口直しに水を口に含み、隣の女の人の肩をツンツンとつついた。
俺の椅子に座っている女の人は、胡桃と同年代に見えた。長い黒髪をポニーテールでまとめている。雰囲気はどことなく胡桃に似ていた。
「おっ、彼が和田町氏?」
その女の人は俺に気づくと胡桃に尋ねる。
「ん。そう。和田町くん、この人は鶴ヶ峰結羽」
胡桃がこのシェアハウスで信頼を置く唯一の人物。最初に挨拶をした時は見かけなかったので遅れてやってきたようだ。
「あ、どうも。和田町稜太郎です」
「やっほ〜、よろしくぅ。私のことは結羽でいいから。苗字長いし」
結羽は気さくな雰囲気で手を振りながらそう言い、椅子を俺に譲ってくれた。側に立つと腰に手を当ててビールをぐいっと一気に飲む。
「ぷはぁ……それにしても珍しいね。胡桃がこういうとこに出てくるなんてさ」
「ま……そういう日もある」
「数年ぶりじゃない?」
「うん。自分が入居した時以来」
「一体どういう心境の変化なのかなぁ?」
結羽がニヤニヤしながら俺と胡桃を交互に見る。
「や、タダメシ狙いなだけだし」
胡桃は恥ずかしそうに俯き、早口でそう言った。
「ふぅん……そっかそっかぁ……私はバイトで疲れたからもう部屋に戻って寝るね。アイル・ビー・バック!」
結局戻ってくるのか来ないのか良くわからないセリフとサムズアップで結羽が去っていく。去り際に人目を盗んでピザを一箱持って行くような、ちゃっかりしたところも見てしまった。
「なんか……すごい人ですね……」
「あれが結羽。自由の翼が生えてるような人だよ」
「なるほど……去り際のポーズ的にターミネーターの話でもしてたんですか?」
「や……しっ、してないけど!?」
胡桃が慌てて否定する。これはしてたな。ただ、隠し味は隠されている方がいい。その言葉の意味が少しわかった気がした。
「他に欲しいものありますか? 代わりに取ってきますよ」
ビールを飲みながら胡桃に尋ねる。
「や、本当にキミはお人好しだよね」
「誰でも彼でもじゃないですよ」
胡桃は「ふぅん」と喉を鳴らしながらピザにかじりつく。
伸びるチーズを寄り目になって見ながら「タバスコ」と言った。
「はいはい、取ってきますよ」
「や、悪いね」
二人で顔を見合わせ、にやりと笑った。
◆
「おっ、胡桃がいる!?」
バイト帰りの結羽が歓迎会の混雑の中から私を見つけて隣に座ってきた。
「お帰り、結羽」
「ただいま。今日はどういう風の吹き回し? 胡桃がこういうのに出るなんてさ」
「や、まぁ……付き添いというか付き添われというか……」
和田町くんの方を見てそう言う。
「あー、例の彼。どう? いい感じなの?」
「や……別にそういうんじゃ……」
「本当のところは?」
「カイル・リースかもしれない。まだ分かんないけど」
「カイル・リースって誰?」
「未来から来た運命の人の名前だよ」
「それって……元ネタあるの?」
結羽はピンときていないらしく首を傾げる。
「ターミネーター」
「2?」
「1」
「あー。そっち見てないわ〜。液体金属みたいな敵って2だよね? そっちは見たことあるんだけどなぁ」
「ふぅん……」
「そっかそっかぁ。胡桃ちゃんの固い殻も破れるときが来たのかぁ……感慨深いねぇ」
結羽は和田町くんの方を見ながら独り言のように呟く。
「それって下ネタ?」
「さてさて、どうかにゃ? あ、声量には気をつけた方がいいよ。隣の部屋……110の誰だっけ? あっちからちょくちょく聞こえるんだよね」
「あっ……喘ぎ声的な?」
「ううん。普通に音楽。何回も苦情入れてるんだけどねぇ……ま、壁が薄いのは仕方ない」
「ふぅん……ってまだそういう関係じゃないよ!?」
「あはっ! まだ、ね。なるほどなるほど。一言も喘ぎ声なんて言ってないのに早とちりしちゃってさぁ。あ、こっち見た。ちょっと話したら私は行くわ〜」
私は「ん」と返事をして、和田町くんを手招きした。
◆
歓迎会は2時間で一度中締めが入ったため、そのタイミングで抜けて胡桃を部屋に送り、俺も自室に戻ってきた。
ベッドに横たわって深呼吸をする。多分、気疲れをしているんだろう。
新しい生活に新しい人。色々と生活面の変化が大きいせいだ。
いや、そもそも今日は成人女性をおんぶして帰ってきたのだから疲れていて当然なのか。
そんな風に1日を振り返っていたタイミングで、部屋の扉がノックされた。
体を引きずって扉を開ける。
そこに立っていたのは胡桃。俺が扉を開けると嬉しそうに微笑んだ。
「星川さん……どうしたんですか?」
胡桃は足をかばうためなのか壁にもたれかかる。
「和田町くん、飲み足りなくない?」
両手に持った缶チューハイを顔に近づけてそんな誘い文句を投げかけてきた。
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