シェアハウスで隣の部屋に住んでいるダウナー系お姉さん(年下)が美味しそうなご飯とお酒を持って部屋にやってくる

剃り残し@コミカライズ開始

第1話

 憧れのシェアハウス生活が今日から始まる。シェアハウス『七色レジデンス』は名前とは裏腹に白を貴重とした内装の建物だった。


 俺の荷物を持った引越し業者が玄関から入り、共用のリビングを通り抜けて廊下にやってくる様子を、部屋前の廊下にある窓から眺める。


 線路の高架下に作られたこのシェアハウスは高架の地形に合わせるように長細く、専有部の部屋が横長に並んでいる構造で、ホテルのような作りになっている。


 各自の部屋が廊下でつながっていて、廊下の反対側は歩道に面して窓がつけられている。


 窓はどれも大きめで、そこを自分の売り物のショーウィンドウにしたり、宣伝に使ったりできる、というのが売り文句らしい。


 俺はただの大学院生なので、そんな事に使うつもりはないのだが、隣人のスペースを見るにどうもその手の商売をしている人らしい。


 可愛らしいポップと手作りらしきゴールドのアクセサリーが並べられている。ワンポインで取り込まれているパステルカラーの石もいい味を出していた。


 多分、これを作っている人は茶髪の髪の毛をゆるく巻いた垂れ目で泣きぼくろのあるお姉さん。願わくば巨乳で、彼氏はおらず募集中であってほしい。


 隣人の属性にそんな願望を抱きつつ、引っ越し作業を見守る。


 アクセサリーの一つを何気なく手に取った瞬間、ガチャリと隣の部屋105号室の扉が開いて中から人が出てきた。慌ててアクセサリーを戻す。


 出てきた人は、黒髪で少し毛先にピンクを入れたボブカット、毛先だけパーマがかかっている。寝起きなのか、ダボッとしたスウェットを着て、猫目で気怠そうな目つきの女の人が出てきた。


 想像していたゆるふわ茶髪お姉さんとは対極を行く人。だが、どんな風貌でも綺麗は人は綺麗と思ってしまうし、何なら一目惚れと言ってもいいくらいに胸が高鳴った。


 その女の人は俺には目もくれずに手に持っているトレーからアクセサリーを出して窓際に陳列していく。


「あ……あの! はじめまして。隣に引っ越してきた和田町わだまち稜太郎りょうたろうと言います」


 女の人はちらっと俺の方を見て、またアクセサリーの方に視線を戻した。


「……星川ほしかわ胡桃くるみ


 意外にも可愛らしい声で、その人は名前を教えてくれた。


「星川さん、すみませんね……引っ越しがうるさくて」


「や、大丈夫。上の音に比べたらたいしたことないよ」


 胡桃がそういった直後、ガタンゴトンと電車が頭上の線路を通過する音が響いた。胡桃は無表情で天井を指差す。


「上りと下りで10分おきにこれ。通勤のピーク時は5分に一回。ま、慣れるまでは始発電車の音で起きちゃうけど、慣れたら案外平気なもんだよ」


「なるほど……あ、手伝いましょうか?」


 胡桃はチラッと俺を見て首を横に振る。


「や、大丈夫。和田町くんってお人好し? 荷物を運ぶのだって引っ越し業者の人に任せればいいのに手伝ってたじゃん」


「あぁ……見られてたんですね。昔からなんです。何かしてないと落ち着かなかったり、困ってる人を見たら放っておけなくて」


 胡桃は「ふぅん……困ってる人なんてそういないけど」と言いながら一気にアクセサリーを陳列する。


 そして、店番用に置かれている椅子に腰掛けて外を向いた。窓を開けると春らしい強い風が吹き込み、胡桃の髪の毛を後ろに流した。


 それでもビジュアルの良さを一切損なわない横顔は、横顔フェチの人が手掛けた美女の彫刻のようだった。


 だが、数秒後に胡桃が顔を歪めて目を押さえた。


「だ……大丈夫ですか?」


「や、コンタクトがズレた……困ってる。今、めちゃくちゃ困ってる」


「助けますよ!?」


 胡桃は厨二病の人のように右手で目を押さえ、左手で自分の部屋を指差した。


「部屋に入ってすぐ右の扉を開けたら洗面台があるから。そこにあるコンタクトとケースを取ってきてクレメンス」


「くっ……クレメンス?」


「しまった……ネットミームが通じないタイプだったか……」


 胡桃は下を向いて独り言のようにそう言った。リアルでクレメンスなんて言う人いるか!? 分かるけどリアルで使わないだけなんだよな……


「ロジャー・クレメンスですよね。わかりますよ。じゃ、取ってきます」


「ん。そう。ありがと」


 俺が胡桃の部屋に向かう途中、胡桃は背後から「マイナス6の方ー!」と言ってきた。どうやら左右で度数が違うタイプらしい。


 ◆


 夕方に食料の買い出しに行った帰り道。前を大きな荷物を持ってよろよろと歩いている人がいた。


 パステルカラーのパーカーに長ズボンと服装は変わっているものの、毛先がピンクの髪色から胡桃であることは間違いないため、駆け足で隣に行って話しかける。


「こんばんは。買い物帰りですか?」


 胡桃はチラッと俺の方を見ると無表情なまま前を向いた。


「そ」


「いっぱい買ったんですね……持ちますよ」


「困ってな――や、困ってた。ありがと」


 受け取ったエコバッグはずっしりと重い。


「これ、何が入ってるんですか……」


「生首ーム」


「生クリームっぽく生首って言いました?」


 ちゃんとボケを拾ってくれたことが嬉しいのか、胡桃は下を向きつつもにやりと笑った。


「それと、お肉とお野菜」


「ちゃんと『お』をつけるタイプなんですね」


「や、お半額だったからつい、ね」


「あぁ……分かります。お黄色とお赤のおシールってなんか買いたくなっちゃうんですよね」


「和田町くんはカップ麺と……あらま。あんまりうるさく言いたくないけど、あと2年くらい我慢しなよ」


 胡桃は俺のビニール袋に入ったカップ麺と酒の缶を見てコメントをする。どうも未成年だと思われていたようだ。


「俺、大学院に入るタイミングで引っ越してきたんですよ。だから今年で23です」


「23……えっ、と、年上だった……ですの……?」


 胡桃はお姉さんぶっていた事が急に恥ずかしくなったのか敬語で話そうとしだした。


「まさかの年下でしたか……まぁ、別に敬語とか気にしないですし、そのままで。星川さんはシェアハウスの先輩でもありますし」


「ん。そっか。ちなみに私は大学3年だけど、浪人してるから今年で21」


「どこの大学なんですか?」


「横山造形大学。すぐそこの」


「デザイン系ですか」


 手先が器用なのでなるほど、と合点がいく。


「そ。和田町くんは?」


「隣の横山国立ですよ。専攻は情報系です」


「ほーん……確かシェアハウスの人にも何人かいたなぁ」


 胡桃が顎に指を当てて上を向き、住民のプロフィールを記憶の奥から引っ張り出すように呟いた。


「ま、近いですからね。住民同士で交流とかあるんですか?」


「元々そういうコンセプトだからね。ま、私は陰キャだから全然参加してないけど。名前だけ知ってるくらい」


「あー……俺もそっちがいいです」


「おっ、仲間だねぇ。けど、それならなんでシェアハウスにしたの? 大学の寮もありそうなのに」


 本音を言えば出会いを求めていた。そんな事を言ったら引かれてしまうかもしれない。


「りょっ、寮の抽選に落ちちゃって。ここが安かったんですよ」


「ふぅん。そっか。ま、出会い目的じゃなさそうだもんね」


 胡桃は出会い目的かどうかなんて全く気していなさそうな素振りでそう言った。


 セーフ! 助かった!


「ま……出会いがあるに越したことはないですけどね。大学は理系で男だらけなんで」


「彼女いないの?」


「いないですよ。逆に、彼女がいるのに男女で住むシェアハウスに引っ越す彼氏ってどう思いますか?」


「社交的なんだなぁって思う」


「それだけ!?」


「ふふっ……なんてね。さすがに嫌だなぁ。ま、その人の好きにすればいいと思うけど」


「お人好しですね」


「キミほどじゃないよ。ほぼ初対面の人の荷物なんて持たないし。さすがお人好し」


 胡桃はそう言って微笑む。お人好し以外にも胡桃と話したいという理由もあったりするのだけど本人はそんなことは全く気づいていないようだ。


「持たせる方もお人好しですよ。これ、俺が奪って逃げるかもしれないじゃないですか」


 胡桃は「ふはっ」と笑った。


「いいよいいよ。半額の肉と野菜くらいいくらでも持っていってくれてさ」


 胡桃は冗談めかしてそう言い、肩をすくめた。


 ◆


 夜になり、部屋の扉がノックされる。インターホンからの呼び出しではないため、住人の誰かなんだろう。


 不思議に思いながら扉を開けると、フライパンを持った胡桃が立っていた。


「なっ、なんですか!?」


「や、ご飯。さっきのお礼にと思って。半額のお肉を一気に使ったらすごい量になっちゃってさ」


「おぉ……」


「カレー、好き?」


 胡桃がフライパンに入っているカレーに視線を注ぎながら尋ねてくる。


「大好きです」


「ん。じゃお邪魔します」


 胡桃はフライパンを持ったまま部屋に入ってきた。


 ……フライパンを手渡しではなく一緒に食べるの!?

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