主人公に選ばれなかったヒロイン、要らないなら貰います

西藤りょう

選ばれなかったヒロイン

【選ばれなかったヒロイン】


「それ、”選ばれなかったヒロイン”ってどうなんの?」


 それは友人がやっているゲームを、なんとなく後ろから眺めていた時に、ふと浮かんだ疑問だった。

 

「選ばれなかったヒロイン?」


「うん。その手のゲームって、大抵ヒロインが何か問題を抱えていて、それを解決しながら関係を深めていくタイプのゲームだと思うんだけど、”主人公から選ばれなかったヒロイン”はどうなるのかなって思ってさ」


 理解が追いついていないのだろう。

 キョトンとした顔がついている首が傾く。


 言葉足らずだったのか、それともこの友人の頭が足りていないのか。

 隠すことなくため息をつくと、言葉を続けた。


「そのゲームに出てくるヒロインって、みんな何かしらの問題を抱えているんだよな? で、主人公はそんなヒロイン達の問題を解決して関係を深めていく。でもさ、主人公が選べるのは一人に対してヒロインは複数いるわけじゃん? だから――」


 左手で五本、右手で一本の指を立てる。

 ヒロインが五人いたとして、主人公が攻略できる人数は一人。

 つまりハーレムでも構築しない限り、選ばれなかったヒロインが四人はいる計算になるのだ。


 ここまで嚙み砕いて説明したからか、言わんとすることを理解したのだろう。

 友人は一瞬スッキリとした表情を見せた――が、それはすぐに曇りへと変わった。


「それは……ちょっと考えたくないかもしれない」


「ま、そうだよな。極端な話、”ヒロインが親からネグレクト受けていたとして、それを解決するのは主人公で、後に結ばれてヒロインと幸せになりました”。こんな物語があったとしてさ」


「……うん」


「主人公から選ばれなかったヒロインは、当然だけど問題解決の機会を失い、親からのネグレクトを受け続けることになるってことだもんな」


「まぁ、普通に考えたらそうなる……ね」


「難儀だよな。主人公に選ばれなけないと幸せになれないってことなんだから」


「……今までそんなこと考えたことなかったよ」


 相当のショックを受けているのだろう。

 肩を落とし、ゲーム端末の画面に映る五人の女の子に対して、友人は同情するような視線を向けていた。


 これは所詮しょせんゲームの話だ。

 誰かの想像で作られたものであり、どこまでいってもフィクションということに変わりはない。


 それに、ゲーム内では当然のように主人公の特権である”ご都合主義”が発動するし、物語の進行の邪魔になるようなら、ヒロインが抱えている問題すら無かったことにだってできる。


 だから、そんなに深く考えるようなものでもないのだけれど――つい考えてしまうのは、持っている性格のせいだろう。


 自身が抱えている困難を共に乗り越えるはずだった主人公から選ばれることなく、解決の機会を失ってしまったヒロイン。


 シナリオが変わって過去も変わる。

 なんてご都合主義が発動しない限り、ヒロインを取り巻く環境は変わらないし、問題は解決されない。


 だとするならば――


 解決できぬまま苦しみ続けるのか。

 それとも、自らの力だけで乗り越えるのか。

 もしくは主人公以外の第三者、自身が抱えている問題を共に解決してくれるような誰かが現れるのを待つのか。


「――選ばれなかったヒロインってどうなるんだろうな」


 それは過去に攻略したヒロインとの思い出――セーブデータに閉じこもってしまった友人に向けた言葉ではない。

 ただ単純に思ったことを吐き出しただけの一方通行の言葉。

 答えの出ない疑問は脳内でグルグルと回る。


 主人公に選ばれなかった憐れなヒロイン。

 選ばれなかったという理由だけで不幸になるかもしれないヒロイン。


 ただ……そんな彼女ヒロインたちに、いつか自身の問題設定を共に解決してくれるような誰かが現れたら……。

 そして、そんな人物と運命シナリオのその先で幸せになれたのなら――


 ヒロインは……いや、ヒロインの役目から降りたその女の子はハッピーエンドを迎えることができるのかもしれない。


「”ま、そんな都合の良い人間モブがいればの話だけどな”」


 一瞬、「”たかがゲームの話で、なんでこんなに真剣になってるんだ”」と、冷めたことを言いそうになったが、それを言ってはお終いだ。


 目の前にはゲーム端末の奥に居るヒロインに対して、真剣に謝罪の言葉を繰り返している友人もいるくらいだ。


 少しくらいは主人公に選ばれなかった可哀想なヒロインの幸せを願ってもいいだろう。


 それにこれは、ただの独り言。

 決して誰かに向けたものではない。

 だから何を言おうと自由、なのだが、


 ――――フラグ。

 

 もし彼がその概念を知っていたのならば……その独り言は胸の内に秘めていたのかもしれない。


 この世界にはセーブもロードない。

 周回するために最初からやり直すこともできなければ、選択を間違えたからといって、時をさかのぼることもできない。


 ただ、そんな世界の中でおかしな点を挙げるとしたら、同じ学校に”ご都合主義”という特権を持っている男子と、明らかに異質な”設定爆盛りの女の子”が数人いるくらいだろう。


 ――この物語は主人公から選ばれなかった憐れなヒロインと、ちょっとした言動選択によって運命シナリオに巻き込まれてしまった、一人の男子高校生モブのお話しである。

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