第三章 アンニュイなオレと仲間たちの激闘 5


「・・・なんでだ・・・」


 静寂の中。

 犬の頭にニンゲンのような体を持つ「コボルト」が、茫然自失な様子で呟いた。


「最初からこのつもりだったんなら、なんで俺を呼び戻さなかったんだ? 召喚してくれたら、すぐに退避出来たんだぞ・・・?」


 オレにはコボルトが何を言ってるのかわからねえが、大体のことは雰囲気から察せられる。

 多分、召喚術者に見捨てられたことを言ってるんだろう。

 召喚術者と一緒にいたオレたちはともかく、安全な場所にいるはずの召喚術者に召喚されれば、少なくともこのコボルトはもっと簡単に、もっと早く安全な場所に退避できたはずだ。

 それなのに、召喚されることなく、最後まで戦わされたってことは・・・。


「そんなのは分かり切ったことだろう」


 感情の感じられない、ともすれば冷たく感じるような口調のフォーテル。

 むしろ、その感情の感じられない様子が、フォーテルの心情を如実に語ってるように思えた。


「ど、どういうことだ!?」


 どうやら似たような種族のせいか、コボルトとフォーテルは言語が通じるらしい。


「わからないのか? 呼び戻せたのに呼び戻さなかった。つまりお前は囮として捨てられたということだ」

「そ、そんなはずはない! 俺は今までマスターの為に必死に戦って来た! それなのに俺を捨て駒になんて――!!」

「召喚術者にとって、俺たちはただの駒。道具でしかない。お前がどんな思いで戦っていようとな」

「・・・そ、そんな・・・そんな、はずは・・・」


 コボルトが何を言ってるのかはわからないが、フォーテルが言ってることから、どんな話をしてるか大体のことはわかる。

 わかるが、がっくりと項垂れるそいつに、慰めの言葉はかけられなかった。

 なぜなら、状況は違えど、ここにいる全員がそいつと同じだったからだ。


「・・・この子たち、これからど~なるにゃ?」


 オレら以外の召喚奴隷たちは、はっきり言って召喚術者に捨てられたと言っても過言じゃない。

 ただ、召喚契約自体はまだ切れていないはず。

 そして召喚術者は、自分の召喚奴隷が死ねばわかるらしいから、こいつらを見捨てた召喚術者たちも、まだこいつらが生きていることには気付いてるはずだ。


「あ・・・」


 重い空気の中、オレら以外の召喚奴隷の足元に、転送魔法陣が現れた。

 それは召喚術者の場所に呼ぶためのものじゃなく、元いた場所に帰すための帰還魔法陣。

 そんな魔法陣を、複雑な表情で見る召喚奴隷たち。

 ・・・この後、彼らがどうなるのかオレにはわからない。

 これからも召喚奴隷として使われるのか、それとも契約破棄されて自由になるのか。

 もし召喚奴隷として使われ続けるんであれば、自分を見捨てた、ある意味殺そうとした奴に使われ続けるなんて・・・自分のことじゃないが、あまりにも心苦しい。


「生き残ったことには必ず意味がはずじゃ。自暴自棄にならんようにな」

「げ、元気でにゃ・・・」


 なんとか励まそうと思いながら、前向きな言葉をかけるレオンと、遠慮がちに手を振るニャン吉だったが・・・彼らはそれに応えず、暗く沈んだ表情のまま、魔法陣の中に消えて行った。


「・・・こんな時、どんな顔すればいいのかわからないの・・・」

「・・・笑えねえな・・・」


 フォーテルが何処かで聞いたらしいニンゲンのセリフを呟くが、いくらオレでも、この状況でノッてやれるほど器用じゃない。

 やがて敵も味方もいなくなった戦場に、これを待っていたと言わんばかりの援軍が到着した。

 まあ、まず間違いなく待ってたんだろうけどな。


「やっと来やがったかクソどもが!! どういうことだ!? こんな作戦だなんて聞いてねえぞ!!」


 援軍の到着を苦々しく見てたミシェリアだったが、援軍の中で一際目立つ馬に乗ったニンゲンのオスを見つけると、激しく怒りを露にして怒鳴りながら向かって行った。

 今までおとなしかったのに突然どうしたのかと思ったが、身に着けてるものを見た感じ、おそらく数少ない正規軍人。

 捨て駒にされたってのに、妙におとなしいと思っちゃいたが、不満をぶつける相手がいなかっただけか。

 前に何かイヤなことがあったら、手出し出来ないのを良いことに、召喚奴隷に当たり散らす召喚術者もいたが、ミシェリアは何かイヤなことや不満があっても、オレらに当たったりしたこと・・・いや、あるわ。

 まあでも小言くらいで、殴られたり、斬られたりすることがないだけマシだけどな。


「・・・なんだこの小娘は?」


 正規軍人のオスは、明らかにミシェリアを見下してる態度。

 ミシェリアはどうでもいいが、こういう態度をする奴は気にいらねえな。


「あ~、はい。彼女はミシェリア レイミルズ。今回の作戦に参加していた傭兵ですね。はい」


 オスの傍にいた小太りなオスは、持っていた書類をペラペラめくり、ミシェリアがこの国の傭兵として登録した時の情報を読み上げた。


「ほう。つまりは生き残りか。運がよかったのか、それとも戦場から逃げ出した腰抜けか」

「なんだとてめえ!! もっぺん言ってみろハゲ!! 残った髪全部毟るぞボケ!!」


 オスは咄嗟に薄くなった自分の髪の毛を押さえた。


「ふん。女とは言え所詮は傭兵か。品の無さがにじみ出ておるわ」

「んだと!?」

「わかったわかった。今回の報奨金はいつもより多めにしておいてやる。それでいいだろ」

「ふざけんな!! こっちは死ぬところだったんだぞ!? 金の問題じゃ――」


 今にも飛び掛らんとしてたミシェリアに、レオンは静かに近寄ると。


「落ち着くんじゃお嬢。お嬢には目的があるじゃろう」

「・・・ちっ!」


 ミシェリアは怒りをぐっと抑え、勢いよく反転すると、それ以上は何も言わずその場を立ち去った。


「・・・ふぅ。一瞬ヒヤっとしたが、思いのほかあっさり引き下がったな」

「こ、怖かったにゃ・・・」

「もしあのままミシェリアが飛びかかってたら、オレたちもただじゃ済まなかったな」


 フォーテルもニャン吉も、ミシェリアがどういう奴か知ってるから、あのオスとのやり取りにヒヤヒヤしてたようだ。

 なんて言いながらも、オレもヒヤヒヤしてたんだけどな。


「ミシェリアはもっとブチ切れるような奴かと思ったが、案外そうでもねえんだな」


 まだミシェリアの性格をよくわかってないミノは、肩透かしを食らったような表情だ。


「いや、今回は運が良かっただけで、普段ならブチ切れてるさ。さっきレオンが言った「目的」ってのが足枷になってんだろ」

「目的ってなんだ?」

「オレは知らん。フォーテルかニャン吉は聞いたことあるか?」

「知らにゃい」

「俺も知らないし、そもそもミシェリアのことなど興味もない」

「ってことは、それを知ってるのはレオンだけか・・・」


 う~ん。

 今までさして興味はなかったが、今度機会があれば、レオンに色々と聞いてみるかな。


「・・・それにしても、もしあのまま戦い続けていたら、オレたちは敵もろとも吹っ飛ばされてたんだよなぁ・・・」


 そうこう考えてると、足元に帰還用の転送魔法陣が現れた。


「おっと、オレたちの出番は終わりか。なんで戦いが終わってすぐに帰還させねえのか疑問だったが、文句を言う奴が来るまでの護衛目的だったみたいだな」

「やれやれ。やっと休めんぜ」

「ふにぃ~。疲れたにゃ~。みんな元気でにゃ~」

「さすがに俺も疲れた。ゆっくり休みたい」

「レオンにも挨拶したかったが、ミシェリアと一緒にどっか行ったままか・・・。まあいいや。じゃあなお前ら。腹出して寝んなよ」

「にゃはは。わかったにゃ~」


 今回はマジで危なかったが、仲間が全員無事だったのは不幸中の幸いだ。

 次はどうなるかわからねえが、とりあえず、今回みたいな戦場はもうこりごりだぜ。

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