冬と春と夏の終わりに

戸北那珂

冬と青春と人生の夏休みが一緒くたに終わるうららかな黄昏時に捧げる雑記

 暑さ寒さも彼岸まで、ってよく言うじゃないですか。

 あれ目安みたいなものだと勝手に思ってたんですけど、今年に限ってはきっかり春分の日を過ぎたらコートが要らなくなったんですよ。

 まるでお天道様のくれた奇跡みたいじゃないですか?

 何なら先週都内でも雪が降ってたんですよ?信じられませんよね。

 


 ◇



 なんだかあまり実感のないまま迎えてしまった卒業式当日。朝起きてカーテンを開けると眼前に広がっていたのはきれいな青空で、北向きの窓なのにほのかに感じられる陽の光の暖かさはわたしの心をつかんで離さなかった。


 たぶん着付けに時間がかかるだろうなと思って早めにアラームを掛けたので、せっかくだからとテレビの占いを見てみたら牡羊座は2位だった。

 よし。わたしが早起きした時に運勢がいいというジンクスは維持されたな。

 そんなことを考えながらほくそ笑んでいるうちに、レンジから牛乳が温まったことを知らせる電子音が鳴ったので、わたしは急いでティーバッグを一つつまんで即席ロイヤルミルクティーを拵えるのだった。


 パンを焼くのもまどろっこしいので、タッパーに入れておいたマドレーヌの残りをほおばるのが朝ごはんになった。

 時間がないはずなのになんだかとっても優雅な感じになっちゃったな。

 友達に渡そうと思って昨日のうちに焼いておいたマドレーヌは外側の部分のカリッと感がさらに増しておいしくなっていて、20個くらい焼いたはずなのにもうトータルで半分近くがわたしのお腹の中に消えていったのだった。

 作り手だからわかるけどお砂糖はそんなにいっぱいは使ってないからね。でもはちみつは入れたな。やべっ。


 朝ごはんの後にシャワーを浴びていたらほんとに時間が無くなってきて、慣れない衣装を着るのにも案の定切羽詰まって、そんなこんなでやっと乗った電車は昨夜乗り換え案内で調べたやつの2本も後のになってしまったのだった。しかも動きづらいからいつもと同じ時間の感覚で駅とか歩けない。

 強弁をしとくともともと余裕をもって着ける算段ではあったし、誰かと厳密に時間を決めて会う約束をしているわけでもなかったからいいの。


 わたしの通っていた(はあ、過去形になるのか……)大学は規模がそんなに大きくないからか個性がはっきり出るタイプで、だから式典なんてのは普通面白くないもののはずなのにそれすらもユニークな感じになって、1時間なんてのはあっという間に経ってしまうのだった。

 なんかよくわからない課題が毎学期半ばくらいにある、とかいう個性は要らなかったけどね。


 というかどこの誰よ大学生は人生の夏休みだ、なんて抜かしたやつは。

 多くの課題に苦労したことでしょうって先生方みんな言ってたぞ。

 自覚あるんかい。

 まあでも充実した時間って意味ではあながち間違ってないかもね。

 課題がきついのだって、その困難を一緒に乗り越えて「卒論やばいねー」なんて言い合ってた時間こそが実は一番美しくて輝いていて掛け替えのない財産なんだ、なーんて捉え方もできるもんね。今だから言えるけど。


 そんなことをしんみりと考えているとありがたい祝辞と証書授与の時間は終わって、みんなでがやがやお喋りの時間になるのだった。

 結局これが一番楽しいんだよね。

 何を話したかなんてぜーんぜん覚えてはいないのだけれど、すごく濃い時間を過ごしたことは確かなのだ。間違いなく。

 いつもと違うのはみんなちょっときれいな格好をしていることくらいで、そこにいるのは紛れもなくわたしの大学生活を彩ってくれた数々の笑顔なのだった。みんなありがと。


 久しぶりに姿を見たひとも何人かいて、写真を撮ったり撮られたり、なんてことをしていたら、さっきまで真上からわたしたちを照らしてくれていたお日さまが少しずつ傾き始めて、否が応でもすべての物事には終わりが来るということをしみじみと感じさせるのだった。


 他の学科にあいさつ回りに行っていた友達と2階の渡り廊下で落ち合うと、まぶしい日差しに代わってまだ少し春というには冷たい風に吹かれたので、この光景を眺めることはおそらくもうないだろうという事実に後ろ髪を引かれながら建物の中に一旦退却することにした。

 でも吹き抜けの講義棟が暖かいか、と言われると決してそんなことはなくて(知ってたけれど)、少し身震いしたわたしはそういえばお昼をちゃんと食べていなかったことも思い出したのだった。

 マドレーヌの残りはカジュアルに包んで出会った人々に渡してしまったから完売しちゃったんだよね。

 まだ来年もいる同期や後輩にあげたら、待ってなんであなたがあげる側なの!って突っ込まれたような気もするけど。

 好きでやってるんだからいいでしょ。

 でもそのお返し(?)としてお花とかケーキとかいただいたので心の中の温度はまだぽかぽかなのだった。

 そうじゃんケーキあるじゃん。二つもらったから一つ食べちゃおっと。


 そんなこんなで際限のないおしゃべりと謎のわらしべ長者をしているうちにもどんどん日は傾き、ついに諸行無常という言葉の意味を噛みしめる時間が来てしまったのだった。

 昼は夜に変わるし、マドレーヌはケーキとお花に変わるし、人生のチャプターも変わるんだ。なんてちょっとだけ文学専攻っぽい表現で感慨にふけってみるのだけれど、実はこれは数時間前の答辞からの借りパクなので完全にわたしが思いついたわけではないのが悔しい。


 わたしがなにかコメントを述べることになったらなんと言って締めようかな。というかさっき証書授与のあと先生が適当に指名してなんか言わせてたな。当たらなくてよかった。

 でも今日感じたことは忘れるにはもったいない気がするので日記にでも書いてまとめておこうっと。最後に引用でも入れた方がいいかしら。


 -Ready to head into the unknown? (新しい世界へ行く準備は?)

-Nope. Let’s do it. (まだだよ。でも行こう。)

     Dipper and Mabel Pines, from Gravity Falls (2012)


 そんなやり取りを思い出しながら背を向けた慣れ親しんだキャンパスは、包み込んだ輝かしい夕日の暖かさで、慣れない履物でぎこちなく歩くわたしの背をそっと押すのだった。



 ◇



 令和7年3月21日金曜日。

 なんだかんだ一番心地よい場所だった図書館の前の自習室みたいなところで。

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冬と春と夏の終わりに 戸北那珂 @TeaParty_Chasuke

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