これって転生ですかっ?
咲野ひさと
第一章
第1話 はい、変わっていますよ!
「村境の狭い洞窟を抜けると――――」
「待ってください、名作みたいになっています」
フレデリク様。そんなに首をひねられると、ツッコんだ私が困ります。
やむを得ず話の腰を折りましたが、聞き流してもらえると嬉しいです。
「名作? どのような作品だったか……」
あ、気になっちゃいましたか。
にしても、腕を組んでダイニングチェアの背にもたれかかるお姿……彫刻ですね。
そう錯覚してしまうくらい、造形美にあふれています。
白くてスキッとした鼻筋を、ダークブロンドの前髪が隠す無造作感。いいです、眼福です。アンニュイさがたまりません。
左右に揺れる瞳は、窓からのぞく秋晴れの空よりも鮮やかなサファイアブルーで――――
私としたことが!
すっかり見とれておりました。
「あ、えと、忘れてください。こちらの話なので」
「レナ、聞かせてくれないか。読書を愛する者同士――――」
「とっ、とにかく、さっきのフレーズはダメです。世界観も小っちゃくなっちゃっていますし」
豪雪地帯へ向かう旅情が台無しです。
あの冒頭ってたしか、汽車に乗っていましたっけ? ウロ覚えですけど……もう読み直す方法はありません。
お、眉をひそめたその表情も捨てがたいですね。美形はなにをしても美形です。
あなた様のイケメンぶりに、少しは慣れてきたつもりです。
ですが、気を抜くとすぐにやられてしまいそう。
お手柔らかにお願いします。なんせ長年キラキラとは縁遠い生活を送ってきたもので。
「まだ具合が悪いのかい?」
「いえいえ! ご覧の通り、ピンピンしていますよ――――っ!」
うぅ……コルセットめ。
急に立ち上がったら失敗でした。クルッと一回転するのは大失敗。
元気アピールをする予定が、時代劇で斬られる悪党になってしまいました。
「最近、変わったよ」
「はい。だって私、変わっていますから」
あらま、また首をひねってしまわれましたか。
さっきよりも角度が深くなっています。
ですが――――
嘘はついていませんよ?
たしかに見た目は……ロシュモント男爵家のご令嬢レナです。
しかし、その中身は私。元日本人の
「レナ様、食後のデザートです」
やった、アイス。オマケで三つ盛ってくれたんですね!
イチゴ味からいきましょう。
そういえば、日本での最後の記憶もコレでした。
じつは二十連勤を達成した後、なけなしのお休みで体調を崩してしまいまして。
緊張感が切れた、ということだったのでしょう。かなり高い熱でフラフラしながら、冷蔵庫のイチゴアイスを取りに行って……以降はわかりません。ちゃんと食べられたかが気がかりです。
「夜は眠れているかい?」
「それはもう! 毎晩グッスリです」
「ならいいけれど。欲しい物があれば、なんでも遠慮せずに言って欲しい」
「ありがとうございますフレデリク様。本当に大丈夫ですよ」
始まりはベッドでした。
私が寝込んでいたのは自宅。どこにでもあるワンルームマンションで、ペラペラな化繊の布団に包まっておりました。
ですがですが目を開けると……状況が一変していたのです。
まずは見知らぬ天井。
それからフッカフカの布団に、彫刻の入った柱が四隅に立つベッドに、看病してくれるお姉様!
……いつの間に高級ホテルに忍び込んでいたのだ、と頭の中がハテナでいっぱいになりましたよ。
無意識に街中を徘徊していたとしたら、ゾンビ疑惑が噴出してしまいます。
説明をしてもらって、ゾンビではないと一安心。しかし混乱状態でしたから、ウィンデロー伯爵家のお屋敷だとか聞かされてもピンと来ず。
別世界にいる、しかも姿が変わっていると把握するまで、時間がかかりました。
いやー、気づいた時には心底ビックリしましたね。
幸い、チグハグな受け答えは、体調不良による記憶喪失が原因ということに。
まあ今でも……変わった子と思われてはいますけど。
ですが驚くのは早かった。
私が日本でダウンしたタイミングで、こちらの世界ではレナさんが倒れていたのです。それも、ウィンデロー伯爵家当主ことフレデリク様との顔合わせの真っ最中に。
もともと二人は、年に数回会う間柄だったそうですが、よりにもよってその日に婚約する予定だったとか。しかしレナさんが倒れたことで、縁談は未だに宙ぶらりんで浮いています。
ふと、テーブルに身を乗り出すフレデリク様。
「レナ。そろそろフレデリクと呼んでくれないか」
呼び捨てにせよ、ということですね。
婚約者になるのなら……避けては通れないステップではあります。
体調を気づかってもらっていたのでしょう。最初は短かったフレデリク様との面会時間も、日に日に長くなっています。
この調子ですと、婚約のやり直しがあるのも遠くはなさそう。
いきなり降って湧いたイケメンとの縁談。
雰囲気に流されてしまって良いような、悪いような。
日本では婚約はおろか、彼氏すらいませんでした。婚活するヒマもないほど仕事に明け暮れていましたし。
結婚なんて無理だろうなぁと、どこか遠い世界のことのように感じておりました。
……文字通り、遠い世界に来てしまったわけですが。
こちらの世界での結婚事情は、個人よりも家。家同士のつながりが重視されているようです。
アクシデントで成り代わってしまったとはいえ、話の筋をぶった切るわけにいかない……とは思います。
ですけど人生の一大決心、そう簡単には気持ちを整理できませんって。
自分の中でハッキリとした結論が出ないまま、伯爵家のお世話になり続けております。
押しかけ女房ならぬ――――なんと表現すればいいものか。
居座り他人? ただただ迷惑な人ですね。
「レナ?」
もう、ズルい人!
そんな切なそうな顔で見つめられたら、なんでも言うことを聞いてしまいそうになるではありませんか。
しかたがないので、こちらもズルい技を使いましょう。
淑女の笑み、です。
笑っているか笑っていないかのギリギリラインを攻めると、勝手にいいように解釈してもらえるのです。
にしても――――
あの私がアンニュイな感じを出せるのは……やっぱり転生ってことですよね?
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