〜猫ときさらぎ駅~ACT8

私達は、神社があるという場所に向かうため、階段を登っていた。おそらく数百段はあるであろう。それ程勾配は急ではないが、長い階段を登っている。



さすがに、中盤あたりから皆の言葉数が少なくなっていた。頂上にある神社が近くなってきたという事もあるが、長い階段を登っていて疲れ始めたのであろう。



雪菜に抱かれていた私は、途中から地面に降りて自らの足で階段を登っている。一応、階段を登る雪菜の負担を減らそうと気を使ったのだ。



「笛と太鼓の音が大きくなってきましたね」

雪菜は健吾に話しかけていた。少し息が乱れた声である。さすがに、長い階段を登って来たからであろう。



「そうだね、それにけっこうな人数が居そうだ」

健吾は、音の大きさと数から多数の人間がいると予測しているようであった。因みに、健吾はこの程度の階段では息を切らしていない。



「そこそこの人数がいるはずですよ、百人はいないと思いますが」

「知っているのか?来た事があるんだな」

駅員の言葉に健吾が断定するように言う。



「はい、何度か来た事がありますよ」

駅員は、ニヤリと笑いながら答える。このような仕草が健吾の癇に触っているのかもしれない。



「彼等はいつも笛や太鼓を鳴らして踊っているのですよ」

「はぁ?なんでそんな事を…」

駅員の言葉に健吾が反応していた。



「お祭りとかをしてるのですか?」

雪菜がいつも通り天然な発言をする。



「いえいえ、お祭りという訳ではないですよ」

「じゃあ、どうして」

駅員の言葉に、そう疑問で答えた雪菜の声は小さな物であった。



「それは、見ればわかりますよ」

頂上の神社に近づいてきた私達に、駅員はそう言って頂上へと促した。



「見てみて下さい」

駅員が私達に声をかけた。私達は、階段を登りきり神社の中に侵入していた。ただし正面からだと危険だと判断した私達は、神社の端を通り、木々に隠れながら進んでいた。



この神社は、山の中を切り開いて作った土地に建てられていた。ちゃんとした整地をした場所ではなく、神社として切り開かれた場所以外は、山の中の木々に囲まれている状態である。木々の間を通れば、神社の中央からは私達を見つける事は難しいと言える。



「なんだ、あの格好は」

木々の間から、神社の中央の様子をうかがっていた健吾が声を漏らした。神社の中央を見た者達は、一応に困惑している。



「あの人達は何をしてるのですか?」

川上詩織が駅員に向かって話しかけた。雪菜は言葉を失っているようである。少し前から、また私を抱きかかえ始めた腕に力が入っていた。



「見ての通り踊っているのですよ」

「何故こんな所で、それもこんな人数で踊っているんだ」



駅員の言葉に健吾が反応する。私達の目の前には、異様な光景が広がっている。数十人の人間が、笛や太鼓を叩きながら一心不乱に踊っているのだ。その者達の何割かは、狐のお面を被っている。



「私にもわかりませんよ、彼等が何故踊っているのかは」

「オレ達は狐にでも化かされているのか」

健吾が細い目をした狐顔の駅員に言う。



「それは違いますよ」

駅員は、少し笑いながら健吾に答えた。



「あそこを見て下さい!」

そんな時、少し焦った声で雪菜が指をさしながら言った。



「どうしたの?」

「あそこに、綾女ちゃんがいます。たぶん隣にいるのが戸山さんです」

不意に声をかけられて、驚きながら答えた健吾に雪菜が答えた。



「なっ!!」

そう言葉にならない声を出しながら、健吾は雪菜が指さした方に視線を移した。私も同じくその方向を確認する。



たしかに、写真で見た二人のようであった。二人は、神社に集まっている他の人間達と同じように、一心不乱に踊っていた。



「たしかに二人のようだけど」

踊り狂う人達の中にいる二人を確認した健吾は、そう言いながら私を抱きかかえている雪菜に目をやった。



「二人とも他の人達と一緒に踊ってるみたいだけど、大丈夫なのか?」

健吾が雪菜から視線を移して私に問う。



「まあ、大丈夫でしょう。すぐに正気に戻ります、今ならね」

私が答えるまでもなく、駅員がそう答えていた。



「今ならって?」

「とりあえず、二人を連れ出しましょう」

健吾が疑問を口に出したのを遮るように、駅員が提案していた。



「でも、どうやって連れ出すんですか?」

川上詩織が駅員に向かって尋ねる。



「仕方がないですね。私が彼等の気を引いている間に二人を連れ出して下さい」

「オマエがオトリになるのか?」

健吾が駅員の提案に対して口を出すのに対して



「まあ、仕方ないでしょう」

駅員はそう言いながら、さっさと踊り狂う人達の方に歩いて行った。



「とりあえず駅員さんの言う通りに二人を連れ出しましょう」

川上詩織が私達に言う。健吾は少し不満があるようであったが、雪菜は賛成していた。駅員を信用しきれていない健吾は、罠である事も想像していたのであろう。



「わかりました、行きましょう」

健吾は、頭を切り替えたのか、そう言いながら動きだした。



「いや~、皆さん素晴らしい踊りですね〜」

駅員は、そんな芝居がかったセリフを吐きながら、踊り狂う人達の中に入っていった。どうやら、中心にいる人間に話しかけているらしい。



私達は、駅員が踊る人間達の気を引いている間に神社の周りの木々に隠れながら、三村綾女と戸山正広の二人に近づいて行った。



「気付かれる前に連れ出そう」

健吾が二人に近づいた時に、雪菜と詩織の二人に声をかける。そして、三人と一匹は、三村綾女と戸山正広の二人を木々の中に引き込んでいた。



どうやら、他の人間達には気付かれてはいないようである。というよりも、駅員が話しかけている数人の人間以外は、目が虚ろで意識がはっきりしていないようであった。



通常ならば、私達の行動はすぐに気付かれていただろう。もっとも、私も健吾も彼等の様子から、強引に連れ出しても問題ないと判断したので、このような雑な方法を取ったと言える。



「二人とも大丈夫?」

木々の間に引き込んだ二人に雪菜が声をかけていた。二人は虚ろな目をしながら、ブツブツと何かを呟いているようである。



「どうする?この状態の二人を連れて行けるのか」

健吾が私にそう声をかけた瞬間、雪菜が二人の顔にビンタを食らわしていた。



健吾と私は、いきなりの雪菜の行動に動きを止めていた。川上詩織も同じく雪菜の突然の行動にビックリして固まっている。



「え?あ?うん」

そんな声を出しながら、雪菜に叩かれた二人の目は、虚ろな状態から光を取り戻し初めていた。



「こうした方が一番速いと思って」

無邪気にそう言っている雪菜に、私達一同は完全に引いていた。



「私、どうして」

「ここはどこだ」

三村綾女と戸山正広の二人はそんな事を言いながら正気に戻ってきたようであった。私達は、簡単に経緯を説明した。



「そんな事が…」

戸山正広がなどと呟いていたが、今は一刻を争う状態である。私達は二人を連れて神社の入口の方に移動して行った。そう、先程登ってきた長い階段の方にである。



「おい!逃げようとしてるぞ!!」

私達が階段を降りようとした時、そんな声が聞こえた。どうやら見つかってしまったようである。



「やれやれ、見つかってしまいましたか」

遠くで駅員がそう言っているのが聞こえた。おそらく、健吾達には聞こえていないであろうが、猫である私の聴覚は人間よりも鋭い。それを聞いた私は、雪菜の腕の中から地面におりたった。



「皆は先に駅に戻って下さい」

そう言って、健吾は先程まで踊っていた人間の方に視線を移した。そうして最初に向かってきた人間の腕を払い、その腕を掴みながら引く。それと同時に足を引っ掛けるようにして引き倒していた。



本来ならば、足を払うのではなく相手の腕を引くと同時に「斧刃脚」という蹴り技を膝に打ち、脚をへし折る技である。



「相手が多過ぎるな」

健吾は、そう呟きながら次に向かってきた人間に体当たりを食らわす。「貼山靠」である。



これを食らった相手は、こちらに向かってきた人間達の中に吹き飛び、他の人間達を巻き込んで盛大に倒れていった。



「逃げるぞ源之助!」

私達を追いかけようとする勢いが緩んだ隙に、その場から離れ階段を駆け下りていた。



「どうやら追いかけてきてないみたいだな」

階段を降りきり、少し離れた所まできた健吾は、後ろを振り返ってそういっていた。踊っていた人間達は、階段の途中までは追いかけてきていたようだが、どうやら諦めたようであった。







「やっと追いついた」

程なくして、私と健吾は先に駅の方に向かっていた雪菜、川上詩織、三村綾女、戸山正広の4人に追いついた。



「大丈夫でしたか?大貫さん、ケガとかしてないですか?」

そう言いながら雪菜が健吾に近づいてきた。



「うん、大丈夫だよ」

「よかった」

雪菜は健吾の答えに安堵しているようであった。私は安心して少し気が抜けたようになっている雪菜の足元に近づいて行った。



「源之助も無事でよかったね」

そう言いながら、雪菜は私を抱きかかえていた。



「ホントに危なかったですね~」

不意に近くで声がして、健吾たちは驚いて振り返る。そこには、どうやってあの場所から離れたのか、そして、どうやって私達に近づいたのかはわからないが、駅員が立っていた。



「いつの間に!オマエ、どうやってここまできたんだ」

「それは秘密です」

健吾の言葉を、そう言ってヒョウヒョウと軽く流しながら、駅員はきさらぎ駅の方に歩き出していた。



「ここまで来れば、彼等も追って来ないでしょう、さっさと駅に向かいましょう」

そう言って駅員は先導し始めた。



「あの、帰りの電車はあるんですか?」

「ええ、手配はしましたので、すぐに到着すると思いますよ」

そう尋ねた川上詩織に、先頭を歩き初めていた駅員は、振り返りながら答えた。



私達は、駅員の言う通り、さっきまで歩いて来ていた線路沿いの道を、きさらぎ駅に向かって戻り初めていた。線路沿いの道を歩きながら、健吾と雪菜は、三村綾女と戸山正広の二人に事の経緯を説明し直していた。



川上詩織も帰れると知って、安心したのか緊張していた表情が和らいでいた。そう、私達は都市伝説で語られる、きさらぎ駅から帰路の道についているのだ。






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