一年間の縁

「教室の後片付けは女子がやってね~」


 誰がするか決まると、先生がそう言い残してドアを閉めた。女子がやってと言われたことだし、私は二人の席の近くだった。

 よく見ていたクラスメイトのことを躊躇うなんてできず、椅子にぶら下がっている雑巾を持って、床を拭いた。


「おい青葉! 綺麗なやつ使えよ!」


 深見が新品の雑巾を投げたのでキャッチする。

 後片付けを、女子は総出で、男子たちも動き出し、新品は大掃除で残り少なくなっていたから足りなくなってくる。

 だから、できるだけ綺麗な雑巾を探して使う。


 せめて綺麗なので拭くんだ。死後もひどい扱いを受けるなんてことがあってはいけない。


 血が染み込んだ雑巾を見て、そう強く感じた。


 そこに、透明でキラリと光った滴が落ちた。

じわっと広がり、赤が濃くなる。


 パニックを起こして逃げ出す人が出てもおかしくないのに、掃除が終わってもみんな教室から出なかった。下手に行動する方が危険だ、ってちゃんと判断できていた。

 私たちは下校する時間になるまで教室に留まったのだ。


 そして無機質な声の放送で下校を促されたのだった。


 今日帰りの会は無かった。

 担任の日山先生が来たら問い詰める、という話が出たけどそれはできないようだ。


「女子が行ったら目をつけられるかもしれない。俺らが聞いてくる!」


 とても無鉄砲なことに、深見たちがリュックサックを背負い、教室を飛び出した。

 本当に男子は標的にされないんだよね? 困ったやつだったけど、死んでほしくない。


 不安を抱きながらも深見たちに任せ、私は教室を出る。暗い表情をした三年生たちが階段をぞろぞろと降りる。

 昇降口で待っている友達二人を見つけ、私は持っていたスニーカーを床に落とす。


 足を入れ、上靴を下駄箱に入れる。


「おまたせー」


「行こっか……」


 二人も沈んだ表情で、何があったのかを理解した。

 訳がわからない。他のクラスでもあったということは、殺そうとしてくる先生は一人じゃない。学校外の人が知ったら大事件になるはず。


 絶対逮捕されるのに殺す理由は?

 生徒が騒がしいから殺すなんておかしい。他に理由があるはず。


 校門を出てしばらくしたところで、古屋ふるや 愛実あみちゃんが口を開いた。


「あのさ、春菜ちゃんのところも爆発があった?」


 愛実ちゃんが私の目を見つめて言った。曇りの日だから愛実ちゃんの長いまつ毛は影を落とす。


「うん。五人……去年同じクラスだった花田さんも」


 愛実ちゃんが唇をきゅっと結び、目をそらした。


「私たちのクラスでは、二人……先生の話の途中にしゃべってて……。高島先生、なんで……」


 小柄で怖がりな逢坂おうさか 可八かやちゃんは声を震わせた。

 話を聞かないのはいけないことだけど、殺さなくてもいい。注意したら黙るのに……。


「休みたい」


「休んでいいと思うよ。そうだ! 皆で休もう!」


 愛実ちゃんは本音を発した可八ちゃんの背中を撫でる。そしてパッと笑顔を見せながら声をかけてくれた。


「可八ちゃん、愛実ちゃん! 今こそ電凸だ!親に言えば問い詰めてくれるよ! 警察にも通報して、卒業式前に危険な先生は排除しよう」


「えっ、排除?」


 二人が顔を見合せ、苦笑いする。

 惨劇の起きた一日の中で、この瞬間はなんてことない時間になった。

 私たち三人は何かあると、私がふざけて過激なことを言い、二人が苦笑いする。たまにのってきてくれることもある。


 この光景を残すため、生き残ろう。

 休んで、先生の手が届かないところに行こう。

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