第13話 変わり始めた関係性

「お前はどっちがいいと思う?」

 ロジェはパッと私を振り返り尋ねてきた。


 私たちは今日も元気にS級ダンジョンを探索中だ。

 先頭を行くロジェの前方には二手に別れた道がある。


 先日の出来事があってから、ロジェやミカエル様は少し態度が変わりつつあった。


 これまでは私の言うことなんてほとんど無視状態だったけれど、こうして意見を聞いてくれるようになったのだ。


「ええと、私は右の道の方がよさそうだと思うけど……」


 私が言うと、ロジェはふっと笑って言う。

「じゃあ、左にするか」


 ……なっ!

 聞いた意味は?!


 私が動揺すると、ロジェは左の道に入ってどんどん先へ進んでいく。

 誰も文句を言うわけでもなくそれに続いた。


 もう……。

 でも、一方的に嫌われていた時に比べたらこんな風に口をきいてくれるだけでも大きな進歩だ。


 こんな状態に、私は満更でもなかった。



 そんな穏やかな1日が終わり、ダンジョンから教室に戻った私はいそいそと今日の収穫物を整理しつつ学園へ提出する書類にまとめた。


 今日は青水晶まで採れたんだものね。

 だんだんと自分自身のレベルが上がって、採掘できる鉱石の品質もアップしてきているのだ。

 その成長が自分でも誇らしかった。


 今日採れた鉱石を改めて眺めてニヤニヤしていると、ミカエル様がからかうような笑みを浮かべて私に言う。


「そんなに熱心に見つめても、アクセサリーにはならないぞ。これは宝石の用途ではないからな」

「わかってますよ。それに私アクセサリーにはもう興味ないですから」

「ほう、それじゃ何に興味が?」

「良い物を納品できたって達成感です!」


 学園で採れたものは全て、王国のしかるべき施設へと送られていく。

 品質の良い鉱石は街の至るところで役に立つからね。

 そうして社会貢献できていることにも喜びを感じている。


 ミカエル様にそう言うと、彼は意外そうな表情で呟いた。

「ほう……」


 報告書を満足げに見直していると、ミカエル様とのやりとりを見ていたシリルと目が合う。


 ん?


 私と目が合うと、シリルは焦って目を逸らし行ってしまった。


 どうしたんだろう?


「私、ハリー先生の補習があるのでその報告書提出しておきますよ」

 エリーがニコニコ笑いながらそう言って、私に手を差し出す。


 あら、それならお言葉に甘えちゃおう。


「うん、ありがとう」


 ウキウキとした様子で補習の教室に向かうエリーを見送ってから、私も家路についた。




◇◇◇




 夕食を終えて、部屋で寝支度を整えると途端に眠気が襲ってくる。


 今日も一日頑張ったな〜!うう、眠い……。


 ベッドに入り目を瞑った私はすぐに微睡の中へ落ちていった。




 ふと、真夜中に目が覚めたその時――――


 っ……!!

 また……!


 胸を掴まれたような息苦しさと、黒いモヤモヤが私を襲い始め、私はシーツを掴み身体を硬くした。


 最近、発作がなかったから油断してたよ……!!


 何度体験しても慣れない呪いの発作からしばらくの時間が経って、やっと起き上がることができた。


 喉、渇いた……。



 急激な渇きを覚えて、私はフラフラと廊下へ出てキッチンへと向かう。

 長い階段をやっとのことで降りたその瞬間、眠気と発作の疲労とで眩暈を起こし、思わずその場にうずくまった。


 うう、苦しい……。


 その瞬間、静かな足音が響いてきた。

 ふと顔を上げて見ると、シリルがこちらへ歩いてくるところだった。

 私に気づき、一瞬驚いた表情を浮かべる。


 あ……。

 こんな時間にこんなところで何してるんだって思われちゃうかな。


 まあ、いいや。

 少し前にも全く同じシチュエーションがあったけれど、私に目もくれずに通り過ぎていったもの。


 私としても、一方的に嫌悪感のある言葉を向けられるより、そうして無視される方がまだ気が楽だ。

 うう、それよりも頭痛い……。

 

 ズキッと痛んだ頭に手を当てた瞬間、シリルの静かな声が響いた。


「……頭が痛むのか?」

「えっ?」


 てっきり、通り過ぎて行くと思ったシリルに話し掛けられ、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。


 シリルは呆けている私を見てから一瞬息をついて、私を抱き上げて階段を登り始めた。


 えっ?ええっ?!


 私が驚いている間にスタスタと歩き、私の部屋へと入り、私をそっとベッドに下ろしてくれた。


「具合でも悪くなったのか?」

「……っ、ええ、水を取りに行こうとしたら眩暈がして」

「そうか……」

 短く答えてから、すぐにシリルは出て行った。


 な、なんだったんだろう、今の。


 驚いたままぼーっと考えていると、なんとシリルが再び私の部屋へ入ってきた。

 片手には水の入ったコップが握られている。


「ほら、飲むといい」


 ぶっきらぼうに言って差し出されたそのコップをおずおずと受け取った。


「あ、ありがとう、ございます――」


 これって、親切にしてくれてるのよね……?


 受け取った水を飲みながら、先ほどからずっとシリルの片手に握られている書類の束を見て私は思い出す。

 今日もこんなに遅くまで仕事をしていたのね。


「シリ……じゃなくてお兄様、ありがとう」

「いや、別にこれくらいなんともない」

「ううん、それだけじゃなくて」

「?」

「いつもありがとう」

「……?! なんのことだ?」

「だって、お兄様はいつも頑張ってるじゃない」

「?」

「毎日、朝は早起きして稽古して、夜はお父様のお仕事を手伝ってから、夜遅くに自分の勉強しているでしょ?」


 以前も同じように夜中の発作が起こった後、キッチンへ水を取りに行ったとき、勉強しているシリルを見かけていた。


 それは度々あった。

 きっとそれがシリルの日常なのだろう。

 毎日、夜遅くまで仕事や勉強を必死に頑張っている彼は、誰よりも公爵家を継ぐ立派な貴族の鏡であるように思った。


「私とお母様がこの家で安全に何不自由なく暮らせているのは、そんなお兄様の努力のおかげなんだもの」

「…………」

「だから、いつもありがとうって思ってる。いえ……ありがとうございます、お兄様」


 俯いて私の言葉を聞いていたシリルが、少し顔を上げて呟くように言う。


「……シリルでいい」

「え?」

「だから……俺は君の兄なんかじゃないから、シリルでいい」


 あっ……そうだよね。

 シリルは私と好きで家族になった訳じゃないものね。


 その事実にほんの少し寂しさを感じながら私は笑って頷いた。


「はい。シリル、ありがとうございます」


 私の顔を見て、シリルは複雑な表情を浮かべながら私の頭にぽんと手を置いて言う。


「ああ……敬語もいらない。今はとにかく、ゆっくり休め」


 声音に含まれる優しさに、寂しさが少し吹き飛んだ。

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