第10話 料理に罪はありません

 あれから、メイド役に立候補した私は集合場所の教室まで来ていた。


 呪いの件や、今年の花の件で話し合いが長引いたこともあり、ここへ辿りついた頃にはほとんどのメイド役の担当箇所が決まった後だった。


「えーと、ドリンク配りは人気なのでもう埋まってしまって……」


 メイド役を統括する実行委員の女子生徒は、私の様子を伺い冷や汗をかいたような表情で続ける。


「あと残っているのは軽食エリアの準備なんですが、そんなことをノバック公爵令嬢にお願いするのは……」

「あ! やります、やります! 全然大丈夫!」


 ふふ、私は学生時代、飲食バイトを散々やり尽くしたんだから。

 軽食を運ぶくらい楽勝、楽勝!


 もしかして、美味しいスイーツとか頂けちゃったりするのかな。


 この世界のお食事って本当に美味しいのよね。

 公爵邸のお料理も毎日豪勢で、いけないと思ってもついつい最後のデザートまで食べ過ぎてしまう。


 女子生徒は、そんな私の前向きな様子に少しホッとした表情でその後の手続きと説明をしてくれたのだった。




◇◇◇




 そんなこんなで、舞踏会の当日を迎えた。


 私はメイド服に着替え、教えられた通りに厨房へ行き軽食を受け取りに向かった。

 厨房では、沢山のシェフたちが張り切って料理をしている。


 わあ!美味しそうな良い匂い!


 わくわくした気持ちでトレイに乗った料理を眺めていると、シェフの一人が話しかけてくる。


「メイド役の生徒さんかい?」

「はい! とっても美味しそうですね」

「そりゃあ、生徒たちのために作った渾身の料理だからね。心して運んでくれよ」

「もちろんです! こんなに素敵なお料理ならみんなきっと喜んでくれますね!」

「おお! 嬉しいことを言ってくれるねえ」


 私が言うと、シェフは満面の笑顔で応えた。


 よーし、早速運んでいこう!

 飲食店で鍛えたこの腕が鳴るわ!


 私はトレイをカートに乗せて、会場に料理を運んでいく。

 これを繰り返すこと数十回――――




「あんた……大丈夫かい?」

 シェフは驚いた顔で私を見る。


「大丈夫、大丈夫!」


 ちょっとだけ疲れたけど……。

 でも、これくらい忘年会シーズンの居酒屋に比べたらなんともないわ!


「いやあ、よく働くねえあんた。うちの厨房にスカウトしたいくらいだよ! お腹空いたろ。ほら、これ食べな」


そう口々に私を労ってくれたシェフたちは、厨房の台の片隅に椅子を置いて、キッシュとスープとデザートを用意してくれた。


「ありがとうございます! いただきます」


 ナイフで切ったキッシュを一口頬張ると、幸福の味が広がった。


 うう~、空腹に沁みる。

 キッシュもスープもデザートも全部すごく美味しい。


 感動している私を他のシェフたちも、にこやかに見守ってくれる。


 食べながら厨房をぼんやりと見回すと、みんなニコニコしながら働いているのが印象的だった。


 ここで働くシェフさんたちは、お料理が大好きなんだろうな。

 この料理を食べれば、どれだけ愛情が込められているのかがわかる。


 やっぱりメイド役を希望したのは正解だったな!


 そんな満足感も味わいつつ、私はシェフたちにお礼を言ってから最後のデザート全種をカートに乗せて会場へ運んだ。


 会場の軽食テーブルにデザートをセッティングする。


 確かこのカートは端に寄せて、空のグラスを置けるようにセッティングしておくようにって言われたっけ。


「よーし、できた!」


 軽食を全て運び終わって、達成感に包まれる。

 一人喜んでいると、横から4、5人の生徒たちが現れた。


「あ~あ、できちゃってるよ」

「公爵家のお嬢様に料理運びなんてできるわけないと思ったのに」

「まさか全部一人でやったの?」

「どうせ誰かにやらせたに決まってるよ」


 口々に放たれる言葉が聞こえて横を見ると、彼らは私を疎ましそうにみていた。


 え……?

 まさか……これって仕組まれてた?


 どうりで他のメイドが来ないと思ってたのよね。

 これだけの料理を運ぶのに一人で担当なんておかしいもの。


 そこへ、別の生徒たちが通りかかる。


「うわっ、ノバック公爵令嬢ってほんとにメイドに立候補してたんだ」

「ええ?! あんな奴が運んだ料理なんて食えるかよ」


 こちらも好き勝手言ってくれる。

 彼らの言葉にみんながくすくすと笑いながら私を見ていた。


 酷い…………。


 でも、私が何よりも悲しかったのは、シェフたちが一生懸命作ってくれた料理を貶されたことだった。

 シェフたちの笑顔が浮かんで、唇をぎゅっと噛み締める。


 私は気付けば生徒たちへ一歩近づいていた。



 ……これまでのルーチェの所業なら、そう思われるのも仕方ないものね。


 だけど、あのシェフたちまでそんな目で見られてしまうと思ったら、居ても立っても居られない気持ちになる。


 ビクッと怯む彼らを尻目に、私は口を開いた。


「これは、学園のシェフさんたちが皆さんのために一生懸命作ってくださいました」

「な、なんだよっ」


 焦って警戒する生徒たちに頭を下げながら言う。

「お料理に罪はありませんから、どうぞそんなことはおっしゃらないで」


「…………っ」

「――……!!」


 私がこんな態度を取るとは夢にも思わなかったのか、生徒たちは困惑している。


「どれもとても美味しいですよ」

 私は顔を上げニッコリ笑って、彼らにそう言った。




◇◇◇




「わあ、ルーチェかっこいい」


 エリーは、悪意を向けてくる生徒たちに対して毅然とした態度で、しかしシェフたちや料理を大切に想い意見を述べるルーチェを、少し離れた場所からキラキラとした瞳で見つめた。


 ミカエル、シリル、ロジェの3人はそんな様子を見ているが、その表情には何も浮かんでいない。


「やっぱりルーチェは芯があって、思いやりもある素敵な女性ですよね」

 エリーが嬉々として語っている。


「噂とはそんなものなのか――」

 ミカエルは腕を組みながらルーチェたちを見つめポツリと呟く。


 思案するその顔に、はらりと美しい金色の前髪が落ちた。


「…………」

 シリルは黙ってルーチェの様子を見つめている。

 その美しい顔の眉間には、僅かに皺が寄っていた。


「賄賂でも貰ったんじゃないのか?」

 ロジェはまるで興味がないといったように言い放った。


「シェフからどんな理由で賄賂を貰うって言うんですか!」

 エリーはぷんぷんとした様子で口を尖らせながらロジェに突っかかる。


 三者三様の反応にエリーは溜め息をついた。


「さあ、私たちは早いところ準備の確認を続けましょう。全ての確認が終わって問題なければ、閉会の挨拶まで自由ですから」


 エリーが嗜めるように言うと、3人はやれやれといったように、監視魔法を続けるのだった。

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