異能バディ!~常識人とチート(?)魔法使い。公務員の奮闘記~

ミTerら使

まだセーフ

第1話 新しい環境

「また来たよ、お役所仕事が」


 圭吾は溜め息をつきながら、分厚いファイルを開いた。東京魔法対策課の薄暗いオフィスに朝日が差し込み、彼の疲れた顔を照らしていた。

 三十歳になったばかりの佐々木圭吾は、魔法分析官としての五年目を迎えていた。黒縁の眼鏡の奥には鋭い観察眼が隠されていたが、今日はそれも少し曇っているようだった。


「佐々木さん、課長が呼んでるよ」


 同僚の声に顔を上げると、課長室のドアが開いていた。圭吾は小さく頷くと立ち上がった。


 魔法対策課の課長である田中は、六十代の厳格な男性だった。職員の間ではズラであると噂されている。

 彼は圭吾が入室するなり、話し始めた。


「佐々木君、今日から君にパートナーをつけることにした」


 圭吾は眉をひそめた。彼は一人で仕事をするタイプだった。特に魔法使いとのペアなど考えられなかった。


「課長、私は一人で十分です」


「駄目だ。最近の魔法事案は複雑化している。魔法を使えない君は、魔法使いとの連携が必須だ」

 田中は厳しい口調で言った。


「彼女は新人だが、潜在能力は高い。君の分析力と彼女の魔法能力が合わされば……」


「彼女、ですか?」

 圭吾は不安を感じ始めた。


「ああ、すでに来ているはずだ。美花!入りなさい」


 ドアが開き、銀色の髪をした若い女性が入ってきた。淡いブルーのスーツを着ているが、どこかだらしなく、カバンからは書類が飛び出していた。


「どうも!たちばな美花みかです。二十三歳、魔法使いです! 魔法の制御には少し自信がないですが、破壊力には自信があります!よろしくお願いします!」


 彼女は大きな声で自己紹介し、圭吾に向かって手を差し出した。圭吾はためらいながらも、その手を軽く握った。


佐々木ささき圭吾けいごです」彼は短く答えた。


「佐々木さんは魔法分析の天才らしいですね!私の魔法は先程言った通りに少し制御が難しいんですが、一緒に頑張りましょう!」


 美花はにこやかに笑った。しかし、その瞬間、彼女のカバンから書類が爆発的に飛び出し、部屋中に散らばった。


「あっ、ごめんなさい!ちょっと興奮しちゃって……」


 美花は慌てて書類を拾い始めた。圭吾は無言で手伝いながら、これからの日々を思い、内心で深いため息をついた。



────────────



「それで、最初の任務は何ですか?」


 オフィスに戻った美花は、圭吾のデスクに座り込み、足をぶらぶらさせていた。圭吾は彼女を無視して、パソコンで報告書を読んでいる。


「家具店での魔法事案だ。商品が勝手に動き出すらしい」


「おお!面白そう!」

 美花は目を輝かせた。


「すぐに行きましょう!」


「待て」


 圭吾は彼女の腕をつかんだ。


「まずは計画を立てる。この店の歴史、オーナーの背景、過去の魔法事案との関連性を調べないと」


 美花は不満そうな顔をした。


「そんな時間かかることやってたら、被害が広がるじゃないですか」


「無計画に飛び込んで、余計な混乱を招くほうが問題だ」


 二人は睨み合った。緊張が流れる中、課長の田中が声をかける。


「二人とも、現場に急行してくれ。詳細はこれだ」


 田中は一枚の紙を渡す。それには『家具店(新宿) - 早朝から椅子とテーブルが自律行動』と書かれていた。お世辞にも情報量があるとは言えない。


「行くぞ」


 圭吾は立ち上がり、コートを手に取った。


「やったー!」


 美花は嬉しそうに跳ね上がった。その拍子に、近くのコーヒーカップが宙に浮かび、中身を圭吾のシャツにこぼした。


「……」


「あぁぁぁ…! ごめんなさい!」


「………行くぞ」


 圭吾は無表情で言った、濡れたシャツを無視して。





 綺麗なシャツに着替えて新宿の家具店に到着すると、すでに警察が周囲を封鎖していた。店内からは奇妙な音が聞こえている。


「佐々木圭吾、魔法対策課です」


 圭吾は身分証を見せる。


「よかった、来てくれて。現場指揮権の移譲お願いします」


「分かりました」


 警察官は安堵の表情を浮かべた。

 魔法事案に対して警察官は、緊急性がないものには直接的な制圧が禁止されている。基本は周りを封鎖し、専門の職員たちを待つのが恒例だ。いわゆる餅は餅屋である。


 そういうことで、ここからは圭吾ら魔法庁魔法対策課の出番ということになる。

 


「中では椅子やテーブルが勝手に動き回って、お客さんが閉じ込められています」


「何人?」


「約15名です」


 圭吾は美花を見た。


「俺は中に入って状況を分析する。君は外で待機してろ」


「えー!私も行きます!」

 美花は抗議した。


「君の制御できない魔法が事態を悪化させるリスクが高すぎる」


「大丈夫ですよ!私、頑張りますから!」


 議論している間にも、店内からの悲鳴が大きくなっていた。圭吾は諦めて頷いた。


「わかった。だが、俺の指示に従え」


 二人は慎重に店内に入った。そこには信じられない光景が広がっていた。


 ダイニングテーブルが床を滑り、椅子が人間のように歩き回り、ソファが壁に向かって突進していた。

 客たちの姿は見当たらない。


「これは……」圭吾は眉をひそめた。


「わあ、すごい!」美花は驚きの声をあげた。


 圭吾は部屋の中央に立ち、目を閉じて集中した。彼は魔法を使えなかったが、その流れを感じ、分析することができた。


「感じるか?この魔法は人為的だ。誰かが意図的に仕掛けている」


 美花も目を閉じて感じ取ろうとする。


「確かに…でも、発生源がわからない」


「奥のオフィスだ」

 圭吾は目を開けて言った。


「行くぞ」


 二人は動く家具を避けながら奥へと進んでいく。

 その瞬間、大きなクローゼットが美花に向かって突進してきた。


「危ない!」圭吾は叫んだ。


「きゃあ!」美花は反射的に手を振った。


 一瞬の光が走り、クローゼットは…ピンク色のゼリーに変わった。


「…何をした?」

 圭吾は驚きを隠せなかった。


「えっと…現実改変の魔法です。でも、意図したのはただの停止魔法のはずだったんです……」

 美花は恥ずかしそうに説明した。


 圭吾は頭を抱えた。


「とにかく進むぞ」




 オフィスのドアを開けると、若い男が複雑な魔法陣の前で呪文を唱えている。男は二人に気づくと、驚いた表情を浮かべた。


「誰だ、お前たち!」


「魔法対策課だ」

 圭吾は冷静に答えた。


「この魔法を解除しろ」


「できるわけないだろ!」

 男は叫んだ。


「この店は俺の才能を認めなかった。だから、家具に命を吹き込んで見せたんだ!」


「元従業員か」

 圭吾は状況を把握した。


「そうだ!才能あるデザイナーの私を解雇するなんて!許せない!」

 男は激情に駆られていた。


 美花は一歩前に出る。

「わかります、その気持ち。認められないのは辛いですよね」


 男は少し驚いた様子で美花を見た。


「でも」美花は続けた。

「こんなことしても、あなたの才能は認められませんよ。むしろ、犯罪者のレッテルを貼られるだけです」


「うるさい!」


 魔法が放たれる。


 美花は反射的に手を振るう。魔法が衝突し、部屋中に光が走った。


 圭吾は機会を見て男性に飛びかかり、押さえ込んだ。


「魔法陣を解除しろ!」


「嫌だ!」


 美花はゆっくりと魔法陣に近づいた。


「私がやります」


「待て、素人が触ると危険だ!」


 圭吾は警告した。


「大丈夫です。これは基本的な活性化魔法ですから」


 美花は自信を持って言うと、魔法陣に手をかざして呪文を唱え始めた。


 魔法陣が光り始め、美花の手からも光が溢れ出す。


「美花!」


 心配の声音がオフィスに響く。


 しかし、次の瞬間、魔法陣は消えて店内の騒がしい音も止んだ。


「やった!」

 美花は嬉しそうに手を叩いた。


 その拍子に、オフィスのデスクが突然にバラの花束に変わった。


「……まだ制御が難しいですね」


 美花は照れくさそうに笑った。

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