第7話追うもの、追われるもの
「匿うって、いったい何から――」
「説明している時間はもうないんです。もう奴らが迫ってきてる、どうか!」
混乱している様子のフェアリスに少年は本当に余裕がなさそうにそう告げる
「って言っても隠れられそうな場所なんて……」
俺たちは周囲を見渡すが、樽や木箱など隠れるのにぴったりなものは見当たらない。
そうしているとすぐに、少年が走ってきた方向から複数の足音が重なって聞こえてくる。
「もう来てる!」
少年は小声で言う。確かに足音は近く、もうそんなに余裕はありそうにない。
三人に緊張が走る。三人が三者三様、ものの見事に慌てていた。
「どうする!?私なんも思いつかないんだけど!」
「それでもA級冒険者かよ!人の一人や二人簡単に隠せないのかよ!」
「そんなんできるか!私は手品師か何かか!」
「やばいやばいやばい!もうすぐそこですよ!!」
混乱混乱大混乱。少年の焦りが見事に他二人に伝播、何の案も出てこない。
しかし敵はそんな俺たちを待ってはくれない。もうすぐそこまで足音が来ていた。
俺はフェアリスに尋ねる。
「フェアリス、なんか魔法とか使えないのか。例えば人を透明にするやつ」
「そんなんあったら私が欲しいわ!私のはそんなんじゃないの。リンリンこそなんかできないの!?」
「俺も魔法は――あ!!」
と、そこで自分の魔法について思い出す。
「え、何かあるの!?」
フェアリスが意外!とばかりに聞いてくるが今はそんな暇はない。すぐさま少年に聞く。
「うまくいくかわかんないんだけど、俺のこと信用してくれる?」
実際、うまくいくかはいまだに確信が持てない。なんせ使えるようになってからいろいろありすぎてあれ以降使っていないのだ。魔法の感覚とか、そういうのちょっと怪しい。
しかし少年はそんな頼りない顔した少女、つまりは俺を信用してくれたようで、
「はい、信じます。というかもう時間ないので早く!!」
と超早口でまくし立てる。
違った。ただ急いでるだけだった。
「行くぜ、超絶最強魔法アターック!!」
使えるかわからないなんて不安はどうやら杞憂だったようで、息をするように、頭でものを考えるように、さも使えるのが当たり前のような感覚で魔法が発動する。あれ以降、念のためにと買っておいたロープがやはり今回も自身の思い通りに動き出す。
そして、俺が魔法を発動し終えるのと、追手が俺たちの前に現れるのは同時だった。
「君たち、今10歳前後の少年がここを通らなかったかな」
現れたのはマドモアゼル王国直属騎士団、だった。人数は5人、全員が全員いかにもな鎧を身にまとっており、顔も真ん中の男以外は全員兜をかぶっていて見渡すことはできない。
醸し出す雰囲気はは重々しく、まるで大罪人でも追っているような感じである。
一気に体に緊張が走る。
「い、いや。全然見てないでしゅよ」
嚙み嚙みだった。
やばいミスった。これではもう見たと言っているものだ。質問してきた騎士団のおそらくリーダーであろう兜をとっている男も、顔が怪訝度マックスの顔をしていた。
「いやーすみませんこの子緊張しいで、初めて騎士団の人と話して緊張してるんだと思います。めちゃくちゃ怪しい感じになっちゃたけど、本当にそんな男の子見てないですよー」
そんな情けない失態をかました俺を隠すかのようにフェアリスが前に出て俺のカバーをしてくれる。俺の失態を見て落ち着いたのか、そもそも肝が据わっているのかそこは定かではないが、落ち着いているようだった。
しかしどんなに冷静な対応ができたとて、全身縄でぐるぐる巻きにされている、いかにも怪しい人らしきものを所持している俺たちは怪しくないわけがない。
「ちなみに、君の横に横たわっているぐるぐる巻きにされたそれは、いったい何かな」
と、俺に目を合わせて聞いてくる。
「いやぁ、これこの子の趣味でして――」
「君には聞いていないよ。私は、この子にこれが何か聞いているんだ」
俺の代わりに応えようとしたフェアリスをそう一言で制す。
嫌な奴だ。先のやり取りで俺の方がぼろが出やすいと踏んだのか、完全に俺に標的を絞ったようだ。
俺は震える声を何とか抑え、目を見て答える。
「これ、私の大好きなお人形さんなの。だけど昨日壊れちゃって、それですっごくいたそうだったからリン手当てしてあげたの。お父さんが怪我したらぎゅっと縛るんだよって教えてくれたから。それで怪我治るのを待ってるの」
俺はフェアリスの趣味、に矛盾しないようとっさに思いついた設定をまくし立てる。もちろん自分が少女の姿であるということも忘れない。
とっさにしては良い言い訳が浮かんだのではないだろうか。年齢設定に多少無理がある気もしないでないが、まあそういう子ということにしておこう。
そう思い男の顔を見上げる。男は何の感情も感じさせない無機質な顔をして、俺の話を聞いていた。
男はその無機質な顔のまま会話を続ける。
「そうか。ちなみにその人形さんの顔を見せてもらうことってできるかな」
「ダメ。だって解いたら怪我治んなくなっちゃうでしょ」
「ちょっとの間だけだから。そんなに怪我は悪くならないと思うよ。」
「ダメなものはダメ!」
馬鹿で世間知らずの少女のふりを続けているのも苦しくなってきた。こんなもの、無理やり顔を見られたら終わりだ。
頼む、どうかここで諦めてくれ……
だがそう簡単に見逃してくれるわけもなく、代わりに男は俺に違う話をしてくる
「ちなみに、私たちが今追いかけている人物は見た目は子供のような姿をしているが中身は悪魔のようなやつでね。人を何十人も殺して捕まり、挙句の果てに看守を殺して脱獄した最悪の人間なんだ」
男は一度言葉を区切る。
話を染み込みやすくするために。俺の心をかき乱すために。
「それでも君はその男を庇うのかな?」
その顔は今まで見てきたどんな表情よりもはるかに冷酷で、冷徹で、そして冷静な顔をしていて。今すぐにでも発言を撤回して平謝りしたいほど圧迫感にあふれていた。緊張のあまり上に泳ぎそうになる視線をなんとか気合で押さえつける。
緊張の中、どうにか言葉を絞り出す。
「だから、そんな人知らないって」
「そうか。ご協力感謝する」
そう言うと男は部下たちとともに俺たちの横を通り過ぎていく。
何とか切り抜けた、とそう思った瞬間だった。
「しかしこの人形はあまりにも怪しいのでね、君には悪いが少し確認させてもらうよ」
「まっ」
て、と言う間もなく男は剣を振るい、縄で縛ってある物体の腹の部分に剣を突き刺す。
腹を貫かれて悲鳴を上げないことができるような人間は一部の例外を除いてほとんど存在しない。だからこの場合も低く苦し気なうめき声が漏れ出てくる。
はずだった。
腹を貫かれた人型は男の予想に反してうめき声一つ上げない。どころか血の一滴も流れ出てはこなかった。
「ちょっとちょっと、なにやってるんですか。たとえ騎士様といえど、子供のおもちゃに剣突き立てるのはちょっとやりすぎじゃないんですか」
やはり声が出ず固まってしまっている俺を庇うようにフェアリスが前に出てくる。
「ほら、この子も驚きすぎて固まっちゃてるじゃないですか」
「いや、すまない。あまりにも怪しすぎたものだから。本当に申し訳ない」
男は初めて少しうろたえた表情を見せる。今回ばかりは本気で動揺しているようだった。
「君の大切なものを傷つけてしまいすまない。償いにはならないかもしれないがこれで人形さんの怪我を治してもらってくれ」
そういって俺に金貨を渡してくる。その顔は先ほどとは違い、申し訳なさに満ちていた。おそらく任務外の素は良い人なのだろう。
「それでは今度こそ本当に失礼させてもらう。怪しい男を見かけたらこの王国騎士団<六聖>が一人、ロイドまで知らせてくれ」
そういって男、ロイドは今度こそ去っていった。
完全に騎士団の姿が消えたのを確認したのち、俺は魔法を解き建物の屋根に括り付けていた少年を降ろす。
「「危なかったー」」
俺とフェアリスの声が重なる。
そう普通にやっても隠し切れないと思った俺は、目立つところに縄をぐるぐるに結んで人型を作っただけのダミーを設置し、そちらに注意を向かせ本命は周りの建物の屋根に縄を括り付け、上空に隠すという作戦をとったのだった。
フェアリスはそれを見て瞬時に俺の意図を理解し、それに合わせてくれていたのであった。
「にしてもリンリン怪しい奴の演技上手ね。あの嚙み嚙みのところとか完璧だったわよ」
「いや、あれはあのロイドって人が怖すぎて噛んだだけだから素だね」
「なんじゃそりゃ」
いやほんと怖すぎからあの人。人ってあんな冷たい目できるんだって感動すら覚えたからね俺。
「そんなことよりも」
俺は縄をほどき終えた少年に顔を向ける。
すると少年は腰をぺっこり90°まげてこちらに頭を向けてきた。
「あの、本当にありがとうございます。助けていただいて。なんとお礼をいったらいいか」
「いや、いいさ気にしなくて。困っている人を助けるのは冒険者として当たり前の行いだからね」
「リンリン冒険者じゃないけどね」
かっこつけきれなかった。余計なことを……いわなければわからなかったのに。
そんな気持ちを向けフェアリスを軽くにらむ。無視。
「リンリンの言う通り感謝はもういいわ、終わったことだし。それよりもさっきあの騎士団長がいっていたことに関して聞かせてもらえる?」
フェアリスの言葉に一気に顔を曇らせる少年。
先ほどのロイドの言葉に合った、人を何人も殺している悪魔という文言。騎士団に追われているということを加味しても、無視することはできない内容だった。
下手したら俺たちは大量殺人鬼を庇ってしまった可能性もある。そういった意味で少年の内実は必ず聞く必要があるのだった。
「はい。わかっています。ちゃんと、説明します」
そういって少年は自身のことを話し出した。
「僕の名前はナツメといいます。僕の父は『夏目組』の頭目でして、騎士団は父の弱みを握るために僕のことを狙っているんです」
その言葉を聞いた瞬間、フェアリスの顔に驚きの表情が浮かぶ。
が、俺にはちっともピンとこない。
「ねえ、夏目組って何?」
「メルシーの裏を牛耳るギルド。殺しさえも厭わず、真の意味でなんでもやるヤクザみたいな集団よ」
小声で聞いた俺にそんなことも知らないのか、という顔でこちらを見てくるフェアリス。悪かったな、世間知らずで。
「そうですね、お姉さんの認識でほぼ間違いありません。かくいう僕もそんな父が嫌で家出したんですから。」
まだ十二歳かそこらだろうに親元を離れ家出とは、なかなか勇気を持った行動をするものだ。
「騎士団はそんな機会を待っていたんでしょうね。ここぞとばかりに僕のことを付け狙ってきました。父は大きな力を持っていますから、人質になると考えたんでしょうね。でも、やっぱりどんな人間性であったとしても世界に一人しかいない親なので、重荷にはなりたくないと思って、だから父のもとに戻ろうとこの町に戻ってきたんです」
判断に困る難しい問題だった。感情的にはナツメを助けたいところだが、ヤクザをつぶす切り札になると考えるとこのまま騎士団につき渡したほうが良い気もする。
俺がどうするべきか悩んでいると、突然フェアリスが隣からふっふっふ、と不敵な笑い声をあげだした。
「閃いたわよ、リンリン。ナツメを助けましょう。そして『夏目組』のボスに恩を売って身分証でもなんでも作ってもらえば良いのよ。ヤクザは身分の偽称なんてお手のものだろうし、ナツメも助けられて一石二鳥だわ!」
「いや、でもヤクザの関係者なんだろ?本当にいいのかな?」
「あなたはそんな偏見で物事を判断するような偏狭な人間なわけ!?親はともかくこの場にいるナツメは何の罪も犯していない純真無垢な子供よ、それに親御さんだって何かわけがあって犯罪行為に手を染めているのかもしれないわ。ものごとは外聞だけじゃ判断できないの。それを本人に聞いて確かめるためにも夏目組のボスのもとには会いに行くべえきなんじゃないかしら!」
「お姉さん……!」
ナツメはフェアリスの言葉を聞いて感動したような表情を浮かべている。が、俺にはわかる。あれは嘘をついている顔だ。おそらく彼女にとっては変態マントを追うことが最重要項目、ヤクザごとき大した問題ではないのだろう。
しかし俺もどうにかして身分を確立させなければ確かだ。俺自身が犯罪に加担するというわけでもあるまいし、ここは流れに乗るとしよう。
「そうだな、確かにこんなところで見捨てるわけにもいかないし。力になるよ。」
「君も……!本当にありがとう!」
ナツメは感動のあまり涙まで流しながら俺たちにお礼を言ってくる。
そんな感じで来られると、やっぱ助けたくなってくるよなあ。
そして今更ながら俺たち二人は名乗ってなかったことを思い出し、軽く自己紹介を澄ましこの後の計画について話し合う流れとなる。
「それにしても<六聖>か。またえらいのに追われてるのね」
「その六聖?ってやつはなんなんだ?」
またしても聞きなれない単語が出てきたため聞き返すと、今度は二人からなんだこいつ的な目で見られる。
「マドモアゼル王国騎士団トップの六人の聖騎士のことよ。この国設立当初からある称号で、中でもあのロイドってやつは国民の人気も高い英雄みたいな存在なの。
それすら知らないってあなたどんなド田舎出身よ」
その質問に答えようとしたときだった。一瞬目に映った影を追いかけ目線を上にずらす。そこには人間の目のような形の目を顔に一つだけ持つ、純白なフクロウが羽ばたき佇んでいた。
「ピイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!」
そしてそのフクロウもどきはおよそフクロウとは思えないほどの甲高い鳴き声を上げる。
「マズイ!今すぐここを離れるわよ!」
フェアリスが焦ったように俺たちに告げる。
「追手に見つかった。すぐにでもこっちに追いついてくる。二人とも、心の準備をしておいて」
絶体絶命の魔法少女による逃走劇の幕が切って降ろされた。
魔法少女辞めたい~TS魔法少女は男に戻りたいようです~ @yuhha
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