第3話 言えない想い

◆ひより視点◆


 静かな夜。ベッドの中でスマホを胸に抱えたまま、わたしはぼんやりと天井を見つめていた。


 通知は来ていない。

 でも、なぜか届いてほしかった。


 「今日の練習、良かったよ」とか、「声、前より伸びてた」とか。

 ——あの人の声で、わたしは安心できるから。


(ねえ、蓮。あんた、いつまでそうやって“応援する”なんて言ってるつもりなの?)


 それが優しさだってことは、わかってる。

 あんたが自分の気持ちを押し込めて、わたしの夢の邪魔にならないようにって、ちゃんと距離をとってるのも、わかってる。


 でも、わたしはもうとっくに知ってるんだよ。

 あの言葉の裏にある、ずるくてやさしい嘘も、全部。


「ずっと好きだったのに、気づかないフリするの、そろそろやめてよ……」


 そう言ってしまいそうになる。

 だけど言ってしまったら、きっと、あの人は遠ざかる。


 アイドルになる夢を見てきたのは、本当だよ?

 でも、その最初の理由は——


(ただ、あんたに振り向いてほしかっただけなのに)


 涙が出るほどじゃない。だけど、胸がぎゅっと痛む。

 この気持ちが“夢”にすり替わっていくたびに、わたしの中の“恋”が、少しずつ、置いていかれる気がする。






◆蓮視点◆


 翌朝、俺は珍しく、鏡の前で髪を整えながら思っていた。


(何をしてるんだ、俺)


 別に誰に見られるわけでもないのに。

 ただ、ひよりの視線をどこか意識してる自分がいた。


 ——情けない。


「夢を応援するって、決めたんじゃなかったのか」


 その言葉が、最近はまるで呪文のように頭の中を巡る。


 教室では、今日もひよりが明るく笑っていた。

 何も変わらない日常。だけど、何かが少しずつ変わってきている気がした。


「蓮、ちょっといい?」


 放課後、俺を呼び止めたひよりの声が、いつもよりほんの少しだけ低く聞こえた。


 屋上の手すりに背を預けて、ふたりきりの時間。


「最近さ、ちょっと思うことがあるんだけど」


「うん?」


「……蓮って、なんでそんなに“応援”に徹するの?」


 その質問に、心臓が跳ねた。


「いや、だって……」


「うん、わかってる。気持ちはありがたいし、支えてくれてるのも感じてる。

でもね、それがどこか、壁みたいに感じるときもあるんだ」


 ひよりは空を見上げて、続ける。


「わたし、蓮がどう思ってるのか、わかんなくなるときがある。優しいだけじゃ、見えなくなるときもあるよ」


「……」


 本当は、その瞬間がずっと怖かった。

 心の奥に隠してた気持ちに、彼女がもう手を伸ばしかけているのを感じていた。


(でも、それに答えるわけにはいかないんだ)


「ごめん。俺、上手く言えないや」


 それは、ただの逃げだった。

 でも、それ以上の言葉を紡ごうとすれば、全部が溢れ出しそうだった。


 ひよりは少しだけ微笑んだ。

 そして、ほんのわずかに首を振った。


「……そっか。ううん、こっちこそ変なこと言ったね。気にしないで」


 笑ってみせるその顔が、どこか切なくて、俺はただ黙って頷くことしかできなかった。





 すれ違いって、もっと劇的なものかと思ってた。

 でも実際は、こんなふうに、ちょっとした間と、言わなかった一言の積み重ねなんだ。


 だからこそ、厄介で、愛おしくて、壊したくないと思ってしまう。

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