第10話……エメラルドの輝きと新たな絆
1️⃣ 初めての売却交渉
完成したエメラルドは、小粒ながら澄んだ緑を放っていた。アンヘラの研磨は予想以上の出来で、石は「本物」としての品格をまとっていた。
与一は俺を連れて、ボゴタの宝石商“ドニャ・パロマ”のもとを訪ねた。
「これを買ってほしい。研磨もウチで仕上げた」
ドニャ・パロマはルーペでじっくりと石を眺めたあと、小さく頷いた。
「悪くない。若い子の研磨にしては上出来よ。450万ペソ出すわ」
450万──この額が高いのか安いのか。俺にはすぐには判断できなかった。
与一は目線だけで合図を送り、俺に交渉させる。
「……先生、この石はもっと透明度の高いものと比較しても遜色ありません。最低でも600万ペソは出していただきたい」
パロマは少しだけ笑い、それでも「550万でどう?」と返してきた。
そのとき、俺は与一から言われた言葉を思い出していた。
『交渉の本質は、相手が“本気で欲しい”と思ってる瞬間を見極めることだ。たとえば、ルーペを目から離すタイミングが早いのは、すでに価格を頭に描いた証拠だ』
パロマのルーペは、すでに机に置かれていた。
「契約しましょう」
──初めての取引が成立した。エメラルドは、紙の箱に収められ、帳簿に記録された。
2️⃣ 換算と手応え
──だが、気配はあった。
売却の帰り道、宝石街の裏通りを歩いていたときだった。背後からわずかに聞こえた足音、視線のようなもの。
「与一さん……後ろ、誰か」
与一は立ち止まりもせず、低くつぶやいた。
「気づいたか。おそらく“割り込み買い手”の一味だ。正規ルートで流す俺たちに割って入って、石を奪うつもりだ」
俺はごくりと喉を鳴らした。
「……どうします?」
「やつらに狙われるってことは、石が“本物”だった証拠だ」
交差点で与一がふと角を曲がると、視線はふっと消えた。
「これが続くようなら、あいつらも本腰を入れてくるだろう」
その言葉に、彼らは1粒の石の価値じゃなく、その後ろにある“鉱脈”を狙っている……そう思うと、背筋が冷たくなった。
銀行で現金化すると、550万ペソが手元に渡された。紙幣の束は意外と軽い。だが、財布の中身がこの地での価値を持つと、俺は初めて“掴んだ”気がした。
「これ、日本円でどれくらい……」
「ざっくり、1円=20ペソで考えろ。550万ペソなら、ざっと27万5,000円だ」
与一の言葉に、俺は実感を得た。レオの直感、アンヘラの技術、俺の交渉──3人で生み出した金だ。
「次は、もっといい石を取ってこよう」
アンヘラはすでに次の研磨に取りかかっていた。
3️⃣ 日本への電話
夜、宿舎で一人、俺はスマートフォンを取り出した。
電波も弱くて、ネットは使い物にならない。だけど、これだけは手放せない。
黒服時代に世話になったあの店の番号を押す。しばらくの呼び出し音のあと、懐かしい声が応えた。
「Siriusです。……って、誰だ? おおっ、お前か! どうしてんだ、今どこにいんの?」
「南米っす、コロンビア。エメラルド掘ってます」
「はぁ!? お前、医大どうしたんだよ」
「通ってますよ、週3で。あ、店長……ちょっと相談がありまして」
店長が真剣なトーンになった。
「……なに?」
俺は一拍置いてから、はっきりと言った。
「エメラルド、今日1粒で550万ペソ。日本円にして約27万5,000円です」
「……マジか? 一粒でその値か……」
店長の声色が明らかに変わった。最初は冗談だと思っていたのだろうが、金額を聞いた瞬間、彼の声は現実的な商売人のものになった。
「エメラルドの売却ルートを日本に広げたいんです。アリサさん、まだ店にいますか?」
「いるけど……何考えてるんだお前?」
「投資ですよ。今後、本当に稼げる石を見つけたら、日本でも流せるルートが必要になる。店長、協力してくれませんか?」
しばらく無言だった店長が、まるで頭の中でそろばんを弾くような口調で言った。
「……お前、本気で億狙う気か? 面白ぇ、だったら全力で裏方やってやるよ。アリサにも伝えとく」
店長とアリサの声がした。小さくて聞こえなかったが、店長がアリサの反応を教えてくれた。
「……アリサ、今笑ってたよ。“あの人が何か始めたなって”」
その後、少し沈黙があってから、店長が低い声で尋ねてきた。
「で? そっちで27万ってことは、日本ならいくらで出す気だ?」
「……原石じゃなく、研磨済みです。品質と透明度を考えれば、日本の高級宝飾店なら、50万でも売れると思います」
「ふむ……こっちで動かすなら、誰に売るかがカギだな。中途半端なセレクトショップじゃ、価値を伝えきれねえ」
「やっぱり……百貨店系か、銀座の貴金属ルート……」
「あるいは、あえて“推し”のファンコミュニティを使う手もある。限定品って打ち出せば、熱狂的なやつらは札束持って集まる」
「アリサ、そういうの得意ですかね……?」
「上手いぞ。営業スマイルで名刺100枚ばらまいてくるタイプだ。紹介制イベントでも組めば、お前の石が“特別”ってことにできる」
「……じゃあ、日本に戻ったら、まずアリサと一緒に売る場所を見に行きます」
「いや、お前が戻る前に、アリサがこっち行くかもしれんぞ」
そう言って店長は、静かに笑った。
4️⃣ 心の奥の光
電話を切ったあと、スマホの待ち受けに設定した“あの写真”を見た。Wi-Fiが不安定でなかなか画像も開かないようなこの国で、それでも俺は日本から持ち込んだスマートフォンを手放せずにいる。
──白いワンピース、無垢な笑顔。
彼女の輝きに惹かれ、人生を変えたあの日から、12年が経った。
ただの応援では届かない。頂点を見せてやりたい。
俺の手で、彼女に“天下”を。
そのための金だ。そのための戦だ。
──まだ、始まったばかりだ。
★次回予告:第11話『第2の原石』
- 新鉱脈からの収穫
- 日本市場への下準備
- そして、裏の視線が再び忍び寄る
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