第5話……さよなら、君の手を離す時
1️⃣アリサとの最後の時間
日曜日の午後、観覧車のゴンドラがゆっくりと降りてきた。
外の光が差し込み、アリサの横顔を優しく照らす。
「ねえ、今日……なんか、他人行儀じゃない?」
「……そうだったかな」
俺は言葉を探しながら足を止めた。
──もう、この日々には戻れない。
「アリサさん、俺……日本を、しばらく離れることにした」
「えっ?」
風が吹いた。アリサの髪が揺れる。
彼女の目が、真っ直ぐ俺を捉えていた。
「なんで……?」
「お金が必要なんだ。夢のために。どうしても、叶えたいことがある」
「……私じゃ、駄目なの?」
心が軋んだ。
俺は、今、目の前の現実の女性を泣かせようとしている。
「駄目じゃない。アリサさんは……本当に、素敵な人だよ。でも、俺には……もう引けないんだ」
アリサは、しばらく黙っていた。
そして、小さく、けれど強く笑った。
「そっか……。応援する。私、颯真くんのこと、好きだったよ」
──その背中が遠ざかっていく。
けれど俺は、追わなかった。
この手は、別の誰かの未来を掴むために使うと決めたのだから。
2️⃣家族との話し合い
リビングには重苦しい空気が漂っていた。父の尚人は腕を組み、険しい表情をしている。母の美咲は心配そうな顔で俺を見つめていた。
「ボゴタの医大だって……そんな突然言われても、納得できるか」
「でも、父さん、向こうの実習環境は日本よりずっと実践的で、現地の医療支援も盛んなんだ。教授にも勧められたし、俺自身、本当にやってみたいと思ってるんだ」
尚人はため息をついた。
「医者として海外経験が役立つことは否定しない。だが、急にそんな大きな決断をする理由が他にもあるんじゃないか?」
美咲が俺の顔を覗き込む。
「本当に医者としての勉強のためだけなの?それとも……何か他に理由があるんじゃないの?」
母の鋭い指摘に、俺は少しだけ目を逸らした。玲奈がじっと俺を見つめて口を開いた。
「お兄ちゃん、本当は何か隠してるでしょ?私には分かる。……何か、守りたいものでもあるの?」
妹の言葉に、胸が締め付けられた。俺はしばらく沈黙した後、静かに答えた。
「玲奈……俺にはどうしても、やり遂げたいことがあるんだ。みんなには申し訳ないけど、俺はもう、戻れないところまで来てるんだよ」
リビングに再び沈黙が訪れたが、それを破ったのは父だった。
「……分かった。ただし、危険なことはするなよ。必ず無事に帰ってくるんだぞ」
父の言葉に、俺は小さくうなずいた。
3️⃣与一との密談──コロンビアの現実
出発前日、与一は真剣な眼差しで俺を見据えた。
「いいか、ムゾー鉱山は世界有数のエメラルド産地だが、その分リスクも大きい。鉱山の周辺はゲリラや武装組織が跋扈している。最近もエメラルド利権を巡った銃撃戦が起きたばかりだ」
「……そんな危険なんですか?」
「ああ。だが、危険を承知で行く者だけが莫大な利益を手にする世界だ。現地には信頼できる護衛も雇ってある。だが、常に命がけだという覚悟だけはしておけ」
与一の言葉に、背筋が凍るような緊張が走った。
「コロンビア政府軍とゲリラの抗争は終わっていない。何か起きても、日本政府は簡単に助けてはくれないぞ。死ぬ覚悟がないなら、今すぐやめておけ」
「……覚悟は、決めました」
与一は俺をじっと見つめた後、小さく頷いた。
「ならいい。俺も命を懸けてお前を連れていく。準備を怠るなよ」
4️⃣与一からの電話
「準備はできたか?」
与一の声はいつも落ち着いているが、底知れない熱があった。
「はい。行きます。──コロンビア、ムゾー鉱山へ」
「よし。それが地獄か天国かは、お前次第だ」
電話を切った。
荷物は最小限、けれど覚悟は限界まで詰め込んだ。
★次回予告:第6話『エメラルドの眠る地へ』
・コロンビア上陸、与一との再会
・ムゾー鉱山までの道程と、雇われた護衛
・予想以上の危険と、エメラルドを掘り当てるための第一歩
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