第2話 学級委員長
河川敷にて、野良猫であるニャン汰をいとも簡単に手懐ける白いワンピースの不思議な美少女との出会いがありつつ、
自転車置き場に自転車を置き、鍵を施錠してから昇降口へと向かって行く。
上履きに履き替えて廊下に差し掛かったところで、重そうな様子でノートを運ぶ、艶のある青みを帯びた黒髪を靡かせた美少女の姿が視界の端に映り込む。
王子はすぐさま彼女の元へと向かって行き、前に立ってから手元に抱えるノートを軽々と掻っ攫って持ち上げた。
「おはよう
クラスメイトである
「あら王子君じゃない。おはよう」
「これ重かっただろ?」
「そんなことないわ。これぐらい一人で運べるわよ」
「だとしても、万が一大口さんにケガでもされたら大変だから。こういう力仕事は男に任せてくれ」
「ありがとう。流石は白馬の王子様ね」
「う”っ……それ、あんまり好きじゃないからやめてくれ」
「あらそうなの? ごめんなさいね」
名前が『王子』であることから、童話や物語などに出てくる『白馬の王子様』を度々もじられる王子。
しかし王子は、おとぎ話に出てくる王子様のようなカリスマ性も持ち合わせていなければ、女の子をキュンとさせる技量もなく実物より見劣りするため、あまりそのあだ名が好きではないのである。
「教室に持って行っていいんだよな?」
「えぇ、お願いできるかしら」
「もちろん」
王子と華南は隣に並び、教室へと向かって歩き出す。
この時、華南は王子の優しさを前に、本心で白馬の王子様のような性格をしていると言ったつもりだったのだが、残念ながら彼女の思いが王子に届くことはなかった。
「てか、これも学級委員の仕事なの?」
意外に重みのあるノートの山を見ながら、純粋に疑問に思ったことを尋ねる王子。
華南は王子と同じ1年1組で学級委員を務めているのだ。
「いいえ、今日はたまたま日直で日誌を取りに行っただけ。そしたら、先生に教室へ運ぶよう頼まれたのよ」
「なるほど。先生も人使いが荒い。か弱い女の子に人数分のノートを運ばせるなんて、なんて酷いことを……」
「も、もう……別に私は箱入り娘ではないわよ」
王子の言葉を受けて、目を瞬かせながら髪を手で靡かせる華南。
「でも大口さんが大変な思いをしていたのは本当の事だろ?」
「そう思ってくれるだけで十分よ。ありがとう」
華南はこれ以上羞恥に耐えられず、王子へ感謝の言葉を口にして話を無理やり切り上げようとする。
「あっ、王子君。ちょっと一旦立ち止まって頂戴」
「えっ……?」
「失礼するわね」
すると、華南は一言断りを入れ、王子の肩口へと手を伸ばしてくると、ひょいっと何かを摘まみ上げる。
「雑草が付いていたわよ」
王子の肩口に触れた華南の指先を見やれば、ブタクサのような雑草が掲げられていた。
恐らく、河川敷の草むらを上り下りした時に付着したのだろう。
「ありがとう」
「どう致しまして。朝から草むら散策でもしていたのかしら?」
「いや、実は猫にエサをあげてて」
「あら、そうなの?」
「野良猫なんだけど、入学式の日にやせ細って弱ってるところをたまたま見つけて、可哀そうだからエサをあげたんだ。そしたら懐いちゃってさ、それ以来登校中に毎日エサをあげに行ってるんだ」
「いい心掛けじゃない。関心よ」
「そうかな?」
「えぇ、小さい命を見捨てることなく手を差し伸べてあげられるのは優しい心を持っている証拠よ」
「それはありがとう。大口さんに褒められると自信が湧くよ」
「別に、誰だってそう思うわよ」
華南はふっと笑みを浮かべて取り繕いつつ手で顔を仰ぐ。
ここ最近は、野良猫にエサを与えないでと注意書きがされている地域も増えている中、 慈しむ心が素晴らしいと華南や河川敷で出会った少女から称賛されて、王子の行いは間違っていなかったと確信する。
そこで、ふと思い出したように、王子はとある疑問を華南に投げかけた。
「そう言えばさ、大口さんって
「さぁ、名前は聞いたことないわね」
白ワンピースの女の子から聞いた名前を、華南に知っているか尋ねると、彼女は肩を竦めて首を傾げた。
改めて、王子の中で疑問が膨らんでいく。
それは、先ほど白ワンピースの美少女に名前を尋ねた時まで遡る。
◇◇◇
朝、橋のたもとにて――
「申し遅れました。私の私の名前は
白いワンピース姿に身を包んだ清純系美少女は、小さくお辞儀をしながら自己紹介を交わしてくる。
「俺は
「あら、同じ高校だったんだんですね。では以後お見知りおきを」
その所作からも、一挙手一投足が洗礼されており、育ちがいいことが窺えた。
「そのワンピース似合ってるね。まるでお花畑の中心にいるお姫様みたいだ」
「もっ……もーっ! 変なこと言わないでください」
「悪い悪い、似合いすぎててつい……初対面なのに失礼なことを言ったよな。」
「別にいいですけど……?」
有菜は後ろで手を組みながら、ツーンと唇を尖らせてそっぽを向いてしまう。
「ニャァーッ」
「んー? どうしたニャン汰?」
すると、チュールを食べ終えたニャン汰が、王子の足にスリスリしてきた。
珍しく王子にもスキンシップを取ってきてくれたので、触れられるチャンスなのではないかと思った王子は、意を決してニャン汰に触れようと手を伸ばす。
すると、そんな王子をあざ笑うかのように、手を避けるようにして足元から離れていくニャン汰。
そして再び、有菜の足元へすり寄ると、スリスリ身体を擦って甘え始めた。
「あらあら、可愛いですね」
今度は有菜がしゃがみ込んでから手をかざしてもう一度匂いを嗅がせて安心させると、気を許したニャン汰の身体に触れる。
ニャン汰はそのままゴロゴロと喉を鳴らして目を細めながら、気持ちよさそうに顎を撫でられている。
「んだよ、結局ニャン汰も女の子の方がいいのかよ」
ずっと餌付けをしていた男子高校生より、フローラルな香りのしそうな初対面の女子高生の方が、ニャン汰もお気に召したらしい。
すると、ニャン汰はパっとその場で寝転がって無防備にお腹を出して、尻尾を振りながら有菜にもっと構ってほしいアピールをする。
「この子可愛いです♡ 持ち帰りしたいです」
お腹を撫で回されてご満悦の表情を浮かべるニャン汰と、うっとりとした表情で撫でまわす有菜。
陽気の良い春の朝。
河川敷で仲睦まじく戯れる白猫と白ワンピースの美少女。
そんな絵になる光景を眺めつつ、手持ち無沙汰になった王子は、ズボンのポケットに忍ばせていたスマホを取り出して時刻を確認する。
「うわっ、やっべぇ! もうこんな時間! 早くしないと遅刻しちまう!」
遅刻ギリギリの時間になっていたことに気が付いた王子は、急いで橋のたもとから河川敷の道まで草むらを駆け上がっていき、自転車に跨ってからニャン汰と戯れる有菜の方を振り返る。
「んじゃ、ニャン汰と楽しく満足するまで戯れててくれ。俺は先に学校行くから、あんたも遅刻するなよ!」
「あぁ、待ってください!」
王子が自転車を漕ごうとした瞬間、有菜が制止の声を上げる。
有菜はニャン汰に手を振って別れを告げると、草むらを駆けあがり王子の元へと向かって来た。
「また……明日もこちらにいらっしゃいますか……?」
息を切らしながら、有菜が真剣な眼差しで尋ねてくる。
「あぁ、ニャン汰にエサをやらないといけないからな」
「では、また明日もここでお会いしましょう!」
「気が向いたらな」
「むぅ……絶対です!」
「冗談だってば。ニャン汰にエサを上げながら、明日もここで待ってるよ」
「……なら安心です。ではまた明日」
そう適当に口約束を交わして、王子は疑問を抱きつつ自転車を漕ぎ学校へ、有菜はタッタッタと艶のある黒髪を靡かせながら、学校とは別方向へ颯爽と歩いて行ってしまった。
先ほどまで有菜に撫でられていたニャン汰も、いつの間にか姿を消している。
「……何だったんだあの子?」
自転車を漕ぎながら、颯爽と王子の前に現れた有菜を不思議がりながら、王子は学校へと自転車を走らせて言ったのである。
これが、王子と白いワンピース少女こと新横有菜の出会いだった。
◇◇◇
「王子君……王子君!」
名前を呼ばれて、ふと現実へと引き戻される王子。
声の方を振り向けば、華南が心配そうな様子でこちらを覗き込んできていた。
「大丈夫? 随分と何か考え込んでいたみたいだけれど?」
「いや、何でもない。ちょっと変だなと思っただけだから」
「変?」
「いや、5クラスあるとはいえ、新横さんの姿を学校で一度も見かけたことがないなと思ってさ」
「あぁ、そう言う事」
一学年5クラス30人。
150人ほどの編成である八東高校。
規模が大きいとはいえ、入学して二週間、学内で新横有菜の姿を一度も見かけた記憶がないのだ。
もちろん、学年全員の生徒の顔と名前が一致しているわけではないため、今まで認知していなかっただけかもしれない。
とはいえ、あれだけの美少女である有菜と一度でも廊下ですれ違っていれば、記憶に残らないはずがないのである。
それに、有菜は今日、制服ではなく白いワンピースを身に着けていた。
本来であれば、彼女も学校へ登校しなければならないはずなのに……。
もしかして彼女は――
「まっ、いつか会えるでしょ。その
王子の思考を遮るように、華南が端的に結論づける。
「新浜さんじゃなくて
名前を訂正しつつ、華南の言う通りだなと納得する王子。
同じ学校で同じ学年。
クラスが違えど、いつかは必ず会えるのだから。
そう楽観的に捉えて、ふと華南の表情を窺えば、彼女は少しむすっとしているように見えた。
「というか、今は大口さんが隣にいるのに、他の女の子のことを考えこんでるとか失礼だよな。申し訳ない」
「それぐらい別にいいわよ……」
(まあ、本当はもっとお話ししたかったけど……気づいてくれたから今回の所は許してあげるわ)
そんな華南の心情に気付くことなく、王子は華南と一緒に教室へと向かって行った。
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