タビス閑話集

オオオカ エピ

第一章 国主誕生

□月星暦一五四一年〈痩せ我慢〉【ハイネ】

【ネタバレを含みます。一章読了後にお読みください】

□月星暦一五四一年七月㉓〈忠臣 前〉の前〈継承者〉直後のエピソードです

□ハイネ

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「じゃあお大事に」

「おぅ!」


 レイナが退出し、扉が閉まった。足音が遠ざかっていく。


「行ったか?」

「はい」


 モースの返事を聞くや、アトラスの身体がぐらりと揺れた。

 慌てて身体を支えるモース。

 ハイネも、背中に挟んでいた枕を拭き取って、アトラスが横になるのを手伝った。


 アトラスの息遣いが荒い。

 先ほどまで普通に話していたとは思えないほど、酷い顔色。 

 額には油汗が浮かんでいる。



「どういうこと?」

「まだ起き上がっていられる身体じゃないのですよ」


 ハイネの質問に、苦りきった表情でモースは応えた。


「まったく、無理をなさって……」

「こんなの、無理のうちに入らない。それに、痛みには慣れている」

「そんなものに慣れる人なんていません!」


 モースがピシャリと言い切った。珍しく怒っている。


「貴方は死にかけたのです。自覚を持って下さい。しばらく絶対安静ですよ」


 ふふっと笑みを漏らしてアトラスは目を閉じた。


「俺の、痩せ我慢ひとつで、あいつの気持ちが楽になるなら、安い、もん、さ……」


「アトラス?」

「眠ったようです」


 モースはため息をついて患者衣を捲り上げた。


 包帯には新しい血が滲んでいる。

 アトラスの身体には、他にも古い傷痕が見えた気がしたが、ハイネが把握する前にモースは衣を戻した。


 血の気の引いたアトラスの白い顔に、呆れた視線を落としてハイネは口を開いた。


「一体、どういう育ち方をすれば、体に嘘なんてつけるんだ?」


「痛みを悟られないように過ごす日常が、この方にはあったということですよ」


 眉根を寄せて、モースが呟いた。


「おいたわしい……」

「じいちゃん……?」

「いえ……」


 ハイネの呼びかけにモースが動揺した。失言だったという顔。

 どういうことか尋ねようとして、モースのそれを許さない気配にハイネは押し黙る。



 レイナを連れてきた月星人。

 名はアトラス。

 相当な剣の使い手らしい、というくらいしか今のところ、この男の情報は無い。


 なんとなくだが、祖父は彼が何者か知っているのでは、とハイネは思った。

 アトラスに対する態度がやけに丁寧な気がする。


 だが尋ねても教えてはくれないだろう。今のやりとりからも察せられる。


(くそっ! なんなんだ、こいつは!)


 こんなカッコいい痩せ我慢見せられちゃ、レイナが頼りにするのも解る気がして、面白くない。


 ハイネはもやもやするものを胸に抱いて、病室をあとにした。


〈痩せ我慢〉完

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