第2話
決断②
春の晴れた日、編集者である藤原は出版社の倒産を告げられた。30年以上勤めてきた会社が、デジタル化の波に飲み込まれてしまったのだ。
「藤原さん、申し訳無い…」と社長は力無く言った。退職金は思ったより少なく、藤原は茫然自失の状態だった。
しばらくして、古い友人から連絡があった。
「俺、地方で小さな書店を始めようと思う。東京を離れて、一緒にやらないか?」
藤原は迷った。東京の生活を捨てるのは怖かった。地方に行けば、これまで築いた人脈は無くなる。妻は「あなたの決断を支持するわ」と言ったが、彼女の目に不安が浮かんでいるのを藤原は見逃さなかった。
1週間考え抜いた末、藤原は友人の誘いを断ることにした。「東京でこれまでの経歴、人脈を活かしてやっていこう」と決意したのだ。
退職から1ヶ月が過ぎた。藤原は毎日のように履歴書を送ったが、面接にすら辿り着けないことが多かった。
「今日も駄目だったよ」と妻に報告する度に、彼女の目に映る失望が藤原を苦しめた。
ある日、藤原は小さな出版社から連絡を受けた。給料は以前の半分ほどだったが、選択肢はなかった。彼は申し出を受けることにした。
入社から1年、藤原は自分が単なる「経験者」という名の雑用係に過ぎないことを悟っていた。若い編集者たちは彼の意見には耳を傾けず、かつての誇りは日に日に失われていった。
「藤原さん、コピーお願いします」
「藤原さん、この原稿のチェック頼めますか」
創造的な仕事はなく、彼の編集者としての感性が求められることはなかった。
3年後、出版不況は容赦なく藤原の勤める小さな出版社も巻き込んだ。再び失業した藤原は、もはや編集の仕事を探すことすら諦めていた。
ある日、彼は偶然、地方の小さな書店の成功を報じる記事を目にした。その店主は、かつて彼に誘いをかけた友人だった。若者たちが集まる文化の拠点として町に根付き、全国から注目を集めているという。
記事に載った写真には、笑顔の友人と活気ある書店の様子が映っていた。藤原は長いため息をついた。
「行くべきだったのかな」
藤原は「地方に引っ越そうか」とも思ったがもう遅かった。他の町で同じことを始める資金は無かったし何よりも、もう気力が残っていなかった。
彼の選んだ道は、安全を求めた最良の判断だったはずなのに…。
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