【KAC2025】終わらない旅

千石綾子

第1話 

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 

小癪こしゃくな剣士め。これで終わりだ!」


 魔王が魔力を宿した黒刃の剣を振りかざすと、剣はむちのようにしなった。


「死のダンスを踊るがいい!」


 銀色の甲冑をまとった剣士が突き出した盾を、黒い剣が紙のように切り裂き、そのまま剣士の身体を貫いた。

 うねるような動きをする剣に振り回されて、剣士の身体が鮮血を吹き出しながら宙に舞う。

 私は言葉にならない声で大きく叫んでいた。


*****


 目が覚めるともう昼過ぎだった。

 バイトをクビになって3日目。ヤケになって朝からビールを飲んでいたが、いつの間にか寝落ちていたようだ。


「何か変な夢見た……」


 ぼそりと口に出す頃にはもうその夢の内容は忘れていた。昔漫画家を目指していた頃はネタになるからと枕元にノートを置いて、夢を忘れる前に書きなぐったりしたものだ。

 今はもうそんな夢も諦めて、その日暮らしの退屈な日々だ。今日も明日もきっと何も変わらない。私はぬるくなったビールをグビリと喉に流した。


 その時だ。

 突然私のアパートがまばゆい光に包まれると、西洋風の甲冑を着た剣士が現れて声高にこう言ったのだ。


「妖精王はいるか! 協力を頼みたい!」


 私は食べかけのひなあられをぽろりと落とす。ひなまつりが過ぎて、近くのスーパーでお値打ち品になっていたのを買ってきたのだ。

 うわ、なにこれまさか異世界転生とかそういうヤツ? いや、転生はしてないから、ええと……。


「あの、私の布団、踏んでるんだけど」


 今起きている出来事の現実味のなさに、私はそう言うのが精一杯だった。


「フトンとは何だ? お前は妖精ではないな。私は妖精の里への扉をくぐったはずだが」

「布団てのは今あなたがその甲冑の足で踏みつけてる私の聖域サンクチュアリのことよ。そして私は人間よ。ジャージを着て布団の中でひなあられ食べながらビール飲んでスマホでゲームしてる彼氏もいない三十路女を妖精さんって呼ぶなら話は別だけど」


 すると剣士はガシャリと音を立てて首を傾げる。兜におおわれて顔は見えない。


「はて。言葉は通じるようだが意味がわからん。私は惑わされているのか。やはりここは妖精の里か」

「話のわからない甲冑男ね。大体、人んちに来て大声で騒ぐ前に自己紹介するのが礼儀じゃない?」

「自己紹介? 自己紹介と申したか? この、世に名高い天下無双の聖剣士、ドリュー・ケーンダークに名を名乗れと?」

「はいはい、今ので自己紹介になったわね。ドリューって名前で呼ぶのも馴れ馴れしいし、ケーンダークってのも長くて言いづらいから……ケンちゃんでいいわね」

「駄目に決まっておろう。私は世の子供たちすべてのあこがれの的、聖剣士であるぞ」

「で? ケンちゃんは妖精さんに何の用だったの?」

「──人の話を聞かぬな。まあよかろう。特別に許す」

「……許すんだ」

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