第3話 君たち死んじゃうからさ
「どうぞ、どうぞ。上がってくださいな。外はこれから冷えてきますしー♪」
「それじゃお言葉に甘えて」
【インフェルノ】とか言う明らかにヤベー化物の出る夜の『沼地』は明らかに危険だ。
ファラちゃんの提案を断る理由は皆無なので受け入れつつも内心では警戒を怠らない。
「意外と温かいわね」
「ふむ。これは中々……」
「結構広い……」
煉瓦の家に入ると温かい空気と食欲をそそるスープの香りが鼻につく。
正面からしか見なかったが、内装はかなり広く、棚が多い。その棚には収集物の液体が瓶に収まってたり、小さな植物の苗なんかもある。
「ふあっ!? こ、これって『バジリスクの溶解毒』ですか!?」
一つの瓶に張られてたラベルにセーラが反応する。
「んー? そうなんですかー? 私には見えないので何とも。アスラ様にも棚の物には触らぬようにと言われてますしー」
「この瓶……溶けないのかな……毒欲しい……」
どうやら、ファラちゃんの『音魔法』による感知能力は空間の物体の形状しか捉えていないようだ。流石に文字や色は見えないか。
「農業の本ばかりね」
「使えそうな本を仕入れたら、ここに来て試すんですよー。折角広い土地を余らせるのはもったいないですからねー」
「この家ってソレの寝泊まりの為にあったりするの?」
「永遠的にあったりしますねー」
イヴは別の棚に収まる本に注目していた。背表紙のタイトルを見ると『沼地で採れる野菜』や『泥で野菜が美味しくなる秘訣』とか『沼は栄養が豊富!?』などの、ちょっと手に取りたくなるタイトルばかりだ。
「煉瓦と木の比率が絶妙だ……こんな建築方法があったとは……」
「建てたのは私達ではなく、別の方ですからねー。アスラ様は土台の岩を持ってきただけですよー」
「やはり……並ではないか」
ガインズは建物の構造に驚いてるな。やっぱ、この岩場は【魔王】の所業か。まぁ、それは一旦置いといて……俺が注目するのは――
「なんだよ……コレ……」
壁に飾られた『七つの剣』だった。長剣、大剣、細剣、刺剣、曲刀、倭刀、刀の七つ。
その一つ一つが異様なまでの力を宿している。
「『七界剣』に興味がおありですか?」
「『七界剣』?」
『七つの剣』の前に立ち、ガイドの様にファラちゃんは手を翳して説明する。
「この一つ一つが、世界を作る程の力を持つと言われる武器です。構想はエデン様、製造はガリア様――」
「! エデン先生が!?」
「おや? あの方をご存知で?」
解説に割り込むのは悪いと思うが、エデン先生の名前が出て言及しないワケには行かない。
「色々と知識を教えて貰った先生です」
「ふふ。“ヒトに託す為に作った”と仰ってましたよー。それはもう、永遠的に」
“人の世。とても愛おしく、つい助けたくなるのです”
エデン先生の優しい声色が思い起こされる。実は……相当に凄いヒトなのか?
「そして、管理者はこの家の主であり、私のご主人様である、アスラ様です♪」
改めて、その事実を確認せねばなるまい。
「ファラちゃん、教えて欲しいんだけど」
「なんでしょう?」
微笑みながら首を傾げてくる。
「君の言う“ご主人様”は【魔王】アンラ・アスラの事かい?」
それを質問をした途端、ファラちゃんの顔から笑顔が消え、そして――
「アダム君たちは永遠的に何者ですか?」
ファラちゃんからの返答。彼女の首の傷を見る限り、【魔王】との確執があると賭けての質問だった。
こんな所でメイドをしているのも、嫌々の可能性があるし、上手く行けば【魔王】に関する情報や討伐の手伝いをしてくれるかもしれない。
俺とファラちゃんのやり取りを見た三人は側に寄ってくる。
「俺は『カリストロ』から来た【勇者】だ。目的は【魔王】アンラ・アスラの討伐」
「――【魔王】様を……?」
さて、どういう反応になる?
「……貴方たちが……待ちわびた【勇者】様なのですね」
すると、ファラちゃんは感無量な様子で膝を着くと力が抜ける様に座り込んだ。
「永遠的に……来ないかと思っておりました」
「やっぱり……【魔王】はアンタの事を縛ってるのか?」
「私は【魔王】様の都合で首を落とされ、生かされています。それは永遠的に離れられぬ呪いの様なモノ……ようやく……」
ファラちゃんの様子から【魔王】は相当なクソ野郎みたいだな。彼女を痛めつけておいて、無理矢理生かした挙げ句に召使いにするとは……許せんっ!
「なんてこと……」
「おのれ【魔王】っ!」
「これは……私も許せませんよ!」
ファラちゃんの本音を聞いて他三人も俺の考えと同じだ。
「アダム君……いえ【勇者】様。永遠的なお願いがあります」
「わかってる。【魔王】は俺が討つ! ヤツはここに帰ってくるだろう。そこを――」
「いえ。私の目隠しを取ってくれませんか?」
「え? 目隠し?」
意外な事を言われて、俺は思わず聞き返す。ファラちゃんは立ち上がりながら続けた。
「はい。この目隠しは【魔王】様によって私では取ることが出来ない封印が永遠的に施されているのです。他の方でも同様ですが……【勇者】として選ばれし貴方様なら……」
「任せてくれ」
これは【魔王】による歪みを正す、最初の一歩だ。俺はファラちゃんの目隠しに手を伸ばした。その時――
「いやぁ、参った参った」
扉がガチャリと開き、そんな声が背後から聞こえ、
「あらー。お帰りなさいませー♪ ご主人様♪」
ファラちゃんが、ぱっ、と声色を戻した。俺たちは一斉に振り向く。そこには――
「【バジリスク】が激怒だよぉ。周囲に毒を撒き散らしてしばらくあっちの地域には行けないねぇ」
「永遠的にですか?」
なんか、おっさんが居た。ヒゲとオーバーオールに長靴を履いた、モブみたいな農家のおっさん。実家の村で良く見た懐かしい姿だ。
「しばらくしたら毒も薄れると思うよ。後、【インフェルノ】がうっさいから、ちと数を減らしてくる。ファラっち、『グラム』と『メリキュリウス』取ってくれない?」
「『ガラット』ではなくて宜しいのですか?」
「完全消滅させるワケじゃないし別にいいよ。アレも必要な循環だからねぇ」
「かしこまりました♪」
ファラちゃんは、目の前の壁から“大剣”と“細剣”を取ると丁寧に、おっさんに手渡す。
おっさんは背に“大剣”を装備し、“細剣”は鞘を握る形で直接手に持った。すると、視線を俺らに向けてくる。
「君たち、迷ったんでしょ? ゆっくりしていきなよ。ファラっち、食事をこの子達に振る舞ってあげて。後、寝床も吾輩の部屋使っても良いからね」
「かしこまりました」
「それじゃ行ってくる」
「永遠的に?」
「いや……ちゃんと帰ってくるからね?」
「お疲れになると思いますので……奉仕の準備をしておきますね♪」
「ちょっ! 他の人がいるトコでそんなことを言わないの!」
「ふふ」
「もぉ……ホントに勘弁してよ……。あ、少年達に一つ言っとくけど、ファラっちの目隠しは何を言われても取らないでね? 君たち死んじゃうからさ」
ヨロシクー、とおっさんはそれだけを言い残して出て行った。
その様子を手を振って見送ったファラちゃんは、改めて振り返るとニコっと微笑んで、
「では、私の目隠しを永遠的に取ってください。【勇者】様♪」
え……? 俺達って実は滅茶苦茶に追い詰められてる?
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