勝手に天下無双になってた魔王の話

古朗伍

第1話 【勇者】アダム

 俺の名前はアダム・ライバック。

 光に選ばれし者だ。俗に言う『勇者』ってヤツさ。

 祖国『カリストロ』では15歳になったら『エンジェル教会』で信託を受ける。その時により強い光を放つ存在が『勇者』ってワケ。

 前任の『勇者』は120年前だから、俺がいかに選ばれし者であるのか解るだろ?

 そこからは国を上げての英才教育が始まる。

 剣術、魔法、知識。あらゆるモノを虐待に近い程に徹底的に鍛え上げられる。

 ん? 全然余裕でしたけど何か?

 他のヤツなら根を上げただろうが、俺は選ばれし者よ?

 剣術は一年で国内では誰も敵わなくなった。

 魔法は三つの魔法を手足の様に同時に操れる。

 知識は他国の商人や大臣とも世間話できる程だぜ?

 これらのカリキュラムは3年で終わって身体も出来てくる18歳。もう、俺に勝てるヤツは居ないんじゃないかな?


「勇者アダムよ」

「はい」


 そして俺は今、王の前に跪いてる。

 言っておくが、俺は誰も見下してはいないし、剣術、魔法、知識を教えてくれた恩師達の事は尊敬している。

 まぁ、最初の頃は調子に乗ってた時期もあったが、知識を教えてくれたエデン先生のおかげだな。

 エデン先生は国外から来た特別講師だったらしいが、ホントにお袋よりも頭が上がらねぇ。敬意ってヤツは何よりも必要だと教えられたよ。


「ソナタは歴代の『勇者』において最強である。その自覚はあるか?」

「いえ。俺は一度も最強であると思った事はありません」

「ほぅ……」


 優秀だとは思ってますけどねー。


「この身はまだまだ未熟です。世界には未知の“強さ”“魔法”“知識”で溢れているでしょう。ですが――」


 これだけは言える。


祖国カリストロの驚異となるモノがあるのなら、ソレを討ち果たす力は持っているつもりです」

「その言葉を聞きたかった。【勇者】アダムよ!」

「はい!」

「『荒れ地』を根城とする【魔王】アンラ・アスラを討伐し、『カリストロ』に安寧をもたらすのだ!」

「お任せください!」


 サクッと【魔王】討伐と行きますかね。






「うわ……最悪の光景ね」

「ここから先が……立ち入り禁止の『荒れ地』かぁ……」

「うぅ……寒気がします……」


 俺は幼馴染み三人と共に国境まで馬車で移動して、そこから門兵に挨拶をして『荒れ地』へと足を踏み入れた。


 『荒れ地』は特殊な気温からか、常に湿地帯。地面は浅い沼地だ。沈むのは脛ほどまでだが、逆にそれがイヤらしい。


「イヴ、沼の中に魔力反応はあるか?」

「特に感じないわね。汚い沼地よ」


 同じ村でも隣に住むイヴは魔法使い。独学でそれなりの魔法を使いこなす。


「思ったよりも進みづらそうだね。舟でも作って行く?」

「そうだな。頼むわ、ガインズ」


 ガインズは村の木こりだ。毎日、振り下ろす斧によって鍛えている身体は二メートル近い。それでいて繊細な作業も出切る仕事人である。


「あ、あの……す、凄く寒いので……『保温薬』を飲んでも良いですか?」

「ああ、良いぞ。そう言うのはあんまり気を使わなくてもいいからな、セーラ」


 セーラは村の薬師であり、昔から心配性な性格。いつも薬を持ち歩いており、パーティーの中じゃ一番荷物が多い。


「アダム、【魔王】ってホントに居ると思う?」


 ガインズが国境の関所から材料を借りて、トンカン♪ と舟を作ってる間にイヴが話しかけてくる。


「居るんじゃね? そうじゃなきゃ、王様も俺をマジで鍛えようとしないだろ」


 その事に関してはエデン先生にも質問し、今の俺の言葉を返された。


「でも、少しおかしいのよ。【魔王】が居るって昔から言われてるのに、国では直接的な被害はまるで起こってないじゃない」

「それは俺も考えた事はあるが……」


 【魔王】アンラ・アスラ。

 叫べば山が消し飛び、歩けば命が滅びる。振るう拳は大地を焼き、相対する者は魂を消滅させられると言われている。

 だと言うのに、国内が酷い被害を受けた事案は確認されていなかった。


「まぁ、『荒れ地』を進めばわかるだろ。俺は勝手に妄想がデカくなり過ぎて、みんなびびってるに賭けてるぜ」

「誰と賭けしてんのよ」

「ははは。それに、ちょっとばかり不謹慎な理由もある」

「不謹慎?」


 『荒れ地』は進むだけでも過酷に見える環境。ここを越えて、誰も行ったこと無い“先”へ行く。今の自分の能力でどこまで行けるのか知りたかった。


「【勇者】として、きっちり『荒れ地』の先を見極めていかねぇとな♪」

「あんた……【魔王】を倒したら冒険家にでもなるつもり?」

「いいな、それ」






 『荒れ地』へ侵入し、軟泥な水面を舟で進む事、半日。風も無いのでオールをガインズが漕ぐ。適度に食料を摘みながら、進んでいると、


「お」


 『光虫』が沼から出てきて幻想的な明るさが夜になる事を告げてくる。


「夜か、ちと不味いな」


 『荒れ地』は景色がどんよりしているだけで、殆んど変わらないのでちゃんと進んでいるのかわからない。

 そこで夜になれば、夜型の魔物等が動きだす可能性もある。休むのは舟の上より陸地が良い。


「足をつける所で寝たいわね」

「オールを漕ぐと、良い感じに乳酸菌が腕に溜まるっ!」

「……アダム君、あっちに陸地が……え?」


 意外と眼が良いセーラが適度な乾燥した陸地を見つけ首を傾げた。俺も視線を向けると、そこには――


「――家?」


 『光虫』の灯りで気づかなかったが、『荒れ地』の貴重な陸地に煉瓦造りの家が立っていた。

 灯りが窓から確認出来、屋根の煙突から煙も出ている事から人が居る様だ。


「いかにも怪しいわね……どうする?」

「そりゃ、行くだろ」

「たんぱく質が欲しい所だ」

「温かいご飯が食べたい……」


 舟は『荒れ地』の家に向かう。

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