御所河原君は断らない(断れない?)

宇治ヤマト

短編 御所河原君は断らない(断れない?)

御所河原ごしょがわら君、リップ・クリーム持ってるよね? 貸して!」


 えっ……?


 聞いてきたのは、右隣の席の星泉ほしいずみ すみれだ。


 見た目は可愛いのだが、めっぽう気が強くて、同じクラスの男子からは敬遠されがちなんだよな。

 他のクラスの男子では、「そこがいい!」と言う猛者もさり、何人か告白しているが、全て玉砕に終わっているそうだ。


 コイツ、最近ちょいちょい俺から物を借りたり貰ったり……。

 シャーペンの芯とかティッシュは、まだ良いとして、リップ・クリームはダメじゃねえか……?

 けどなぁ。


「わかった、待ってろ」


 と、俺はカッターナイフを取り出してリップ・クリームの先端、俺の使った部位を切り取ろ……


「待って! 何するの!?」

 慌てて、星泉が聞いてきた。


「俺の使った所を切り取る。そうすれば間接キスにならない」


「あ"~っ」と、星泉がうめいた。

 そんな声、出すんかい?


「それ、良いリップ・クリームじゃん! 切らなくていいって。そのまま貸して?」


 そのままって……、教室の皆さん見てるんだけどな?

 前の席の亀井なんて、振り向いたまま固まってるぜ……。


 星泉は、俺からリップクリームを奪って素早く塗った……。強奪だぞ? それ。


「それは、あげられないぞ。姉貴に買って貰ったヤツだからな」


「わかった、返すね。お礼するから帰りに校門の所で待ってて?」


「いや、別に礼なんていらな……」


「いいから! わかった?」


「はい……」


 こういう所なんだよな。教室の皆さんも引いてるぜ。



 ──────────────────────



 放課後になり、校門へ向かった。


 あの後、教室ではヒソヒソ話が凄かったのと、亀井からは「それ、家宝にすんのか?」とか聞かれた。するわけないだろが!


 校門に着くと、星泉はすでに来ていた。


「じゃあ、お礼ね。連絡先交換しよ?」


「はぁ? 別に必要ないんだが」


「私と連絡先交換するの嫌がる男子なんて、いないよ!?」


 めんどくせぇ。

 誰もが、お前を好きじゃねえんだよ……、とは言えないなぁ。


「わかった。ホラよ」と、スマホの連絡先を交換した。


「星泉、あまり俺に絡むな。それと、シャー芯とかティッシュとかは、まだ良いけど、リップ・クリームはダメだろ?」


「なんで……ダメなの?」

 少し怖い顔してるが、耳が赤い。わかってて聞いてるやん?


「ひとつは、間接キスになる。それについては恋人同士なら問題ないだろうが、俺とお前は違う。もうひとつは、感染症対策だ。見た目、発症していなくても、保菌者の可能性があるからだ。わかるか?」


「アンタは、お父さんか、お母さんか!?」


「知っての通り、どちらでもない。只のクラスメイトだ」


 星泉は、プルプル震えながら叫んだ。


沙季さきちゃんの事は優しく助けてたくせにっ!!」


 えぇ……? 沙季ちゃんって、誰よ?


「星泉、何の事を言ってるんだ?」


「この前! 階段から落ちたの事!」


 あ……! あー、あの時の……山本の事か。


「あれは、酷い状態だったからな。顔とか、あちこち打って、半分気を失いかけていたしだな」


「お姫様抱っこして保健室に運んでたくせにっ!!」


 ヤベぇ……回りの皆さんが怪訝に見始めている。


「星泉! 落ち着け。取り敢えず、大きい声やめようか?」


 くっ! と星泉は言い、俺の袖を引っぱって歩き出した。


「星泉、どこへ連れてくつもりだ!?」



 ──────────────────────



 星泉に連れて来られたのは、高校から程近い位置にある、ムス・バーガーだった。なにこれ?俺、奢らされるの?

 だったら、財布に優しいモクドの方が良かったなぁ。


「──好きなの頼んでいいよ。奢ってあげるから」と、少し優しい声で星泉は言った。さっきと雰囲気が違う。


「いや、奢ってもらうのは悪い」


「いいから、ホラ!」


 これは断れそうもない……。


「じゃあ、ホット・コーヒーだけ。腹は減ってないからな」


 星泉は、カフェラテとポテトを頼んでた。


 比較的目立たない席へと俺は誘導した。

 下校途中で寄る生徒もいるからな、勘違いされては、かなわない。


「急に、ごめんね……」

 星泉はシュン……としている。気が縮んでいるかの様だ。


「いや、別にいい。最近何かと俺に絡んでくるけど、何かあったのか?」


「……わからない」


「んん?」


「沙季ちゃんの一件があってから、貴方の事が気になってるの。けど、貴方の事……全くタイプじゃないのに、なんで……、私……」


 ……あー、アレだな。このは少し早い段階で、ある事が変わって、と言うより気づいて、頭と心が追い付かなくて戸惑っているのだろう……。まだ、先の段階もあるかも知れないけど。


 ──俺は過去に実例を見た。

 ショックではあったが、アレが現実なのだと、知った。体感した訳ではないので、半分程しか理解は出来てないだろうけど。


「星泉、お前は俺にどうして欲しい? 出来る範囲の事なら、するぞ?」


 星泉は頭を抱えながら言った。


「と……、イヤ……違う。か……、イヤ……そうなのか?え~……どうしよ?私、どうなってるんだろ?」


 なるほど、『混乱ここに極まれり』──と、言った所か。


「別に今、答えを出さなくていい。いつでも」


「……わかった。取り敢えず、今まで通り? お願いします」


「今まで通り、ね。最近まで接点無かったのにな」


「うるさい! 芋を喰え!」


 お、いつもの調子に戻ったか。



 ──────────────────────



 その週末、日曜日となった。

 俺は、土曜日のバイト疲れを癒すため、プールに来ていた。

 以前、亀井に話したら「疲れてたらプールなんて行かねぇわ」とか言ってたな。

 まあ、俺は違う。動いた方がぐっすり眠れて回復出来る。


 ガチ泳ぎはしない。ゆっくりペースで泳ぎ、採暖室で温まるのを繰り返すと、頭と身体がクリアになるような感覚が好きなのだ。


 ルーチンの中盤、背泳ぎしている最中に何故か、星泉の事を思い出した。


 俺の事で、苦しまないで欲しいな……。



 ──────────────────────



 自宅に戻ると、弟妹ていまい達が何やら作っているらしく、キッチンで騒いでいた。


「何か作ってたんか? 母さんは?」


 妹の爽子さわこ

「ガトーショコラ作ってたの! 母さんは、お友達とお出かけだよ!」と話した。


 あ~、またマダムの会か。長いんだよな、あれ……。晩飯どうするかな?


 有り合わせの材料だと……、豚汁と豆ご飯だな。


 ──────────────────────


 俺が晩飯の支度をしていると、スマホが鳴った。


 誰からだろう? 固定電話の番号が表示されている……。登録してない人からだな。


「もしもし、御所河原ですが」


「……星泉、です」


「お? どうした。固定電話からって……」


「スマホの機種変更を……したんだけどね」


「ああ、落としてスイッチが破損したとか言ってたな。それで?」


「新しいスマホがね……一人で何か色々喋ってるの! 今、私一人で、怖くて……!」


「両親とか、兄弟は?」


 豆ご飯はもう炊けそうだな。豚汁も、後は味噌と生姜を入れて味を整えるだけ……。


「父親は出張中で、母親は夜勤の仕事で……、兄は東京に就職してて、誰もいないの! お願い……!助けて……」


「──わかった。住所教えて? なるべく早く行く」


 そう言って、通話を切った。


 ふむ……スマホが一人で喋る、か?


さわ」と、妹へ晩飯の献立の説明し、時間になったら食べる様に伝えて、俺は出かける準備をした。



 ──────────────────────



 星泉から聞いた住所に着くとマンションだった。

 エントランスで待っていてくれた。


「御所河原君! ごめんね? 日曜日なのに」


「いや、大丈夫だ。だが、俺に直せるかは、わからんぞ?」



 その後、星泉宅へ上げさせて頂いたが、確かにスマホが喋ってる。しかも高速で……


「何かは喋ってるが、何を喋ってるかは、わからないな」


「そうなの。開こうとしても、ロック画面に『音の速度』って表示が出て、解除も何も出来ないの。こんなの初めて……」


 少し借りるぞ、とスマホを借りた。

 iPhoneではなく、Androidだ。

 俺もAndroidだが、機種が違う。


 電源ボタンを押してロック画面を解除しようとするも『音の速度』と出て、300という数値が表示されている。音の速度の調整はフリックで可能だが、他はダメだな……。

 多分、色々いじっちゃったんだろうな。お店から、この状態ではあるまい。


 これは、新しいスマホでは探れないな。


 俺は自分のスマホのGoogleアシスタントを使った「スマホ、一人で喋る」で検索。

 星泉は「えぇ?」となっているが、スマホの独り言の正体は……

「talk back機能」――との事だ。


 さて、ここからだな。


 星泉の新しいスマホで、ロック画面から電源ボタンを押してGoogleアシスタントを機能させる。そして「talk back機能、オフ」と、俺は話した。

 だが「このスマートフォンではtalk back機能はありません」と、メッセージが流れた。ふむ……


 手段を変えよう。


 俺はもう一度、Googleアシスタントを起動。「talk back機能 設定」と話すと、なんと設定画面が出た! あんじゃねえかよ。


 幸い、設定画面は操作する事が出来て、talk back機能をOffにした。


 フゥー、なんとかなったな。


「いいぞ、星泉。ロック画面を解除してみろ」


「嘘でしょ…!? いったい、どうやって? ……あ、普通にひらけた!」


「良かったな」


「ホントにありがとう! けど、アプリのデータ移行とか、説明書貰って来たんだけど解らなくて……」


 どれ、と説明書を見せて貰う。


「お店で、基本のアプリの設定してくれて、後は説明書通りにやって、って言われたんだけど。その通りにやると、お店で設定したアプリも消えちゃうの」


 確かに、説明書通りに行うと、工場出荷状態に初期化される……これは、不親切な説明書なのと、店員の説明が良くなかったのだろう。

 そうなると。


「星泉、前のスマホ。起動できるか?」


「うん、電源ボタン取れちゃってるから、中を爪で押して起動できる」


 どれ、と見せて貰い、あるアプリがあるか確認……、あった。


「コイツを使う」と説明し、新しいスマホの方も確認。

 Share Meと言うアプリだ。これで、データ移行が出来るはずだ。

 Share Meを起動して、星泉にデータ移行が必要なアプリ等にチェックを付けて貰い進んだが


「だめ、QRコードが出ないよ?」


「星泉、新しい方のスマホを、画面の指示通りにWi-FiをOffにしてみろ」


「んっ? ……あっ!? 出た、ウソォ!」



 その後、データ移行に少し時間はかかったが完了した。


「アプリの情報引き継ぎ、出来てるか確認してみろよ」


「うん。あ、大丈夫そう。メッセージアプリとか音楽アプリのデータも……。本当に、ありがとう!!」


「解決、だな。じゃあ俺はこれで……」


「ちょぉっと、待った!」


「は?」


「いえ、その……お礼に、ご飯食べて行かない……かな〜なんて?」


「いいのか? 親御さんも居ないのに」


「いいの。私、ちゃんと作ったから」



 ──────────────────────



 その後、夕飯となった。


 メニューはハンバーグとサラダ、エンドウ豆の味噌汁に、香の物だった。


「ハンバーグ美味いよ! 料理上手だな」


「ありがと。お母さんから教えて貰った方法で作ってるの。半分豆腐ハンバーグなんだよ」


「えっ? 豆腐はあまり感じないな」


「それよりね……。御所河原君って、なんで……そんなに落ち着いてるの?」


「落ち着いてる、かな?」


「うん。まず、私みたいな美少女にも、物怖じしない。キョドったり、どもったり……普通の男子はするよ?」


「お前……、自分で美少女って……図々しいというか、スゲぇな。まあ、俺はあんまり恋愛に興味がないからだろうな」


「……どうして?」


 あー……、どうするかな。けど、今が話す機会なのかも知れん。


「気を悪くしないで聞いて欲しい。なんなら、話し半分で聞いてくれたらいい」


「うん。いいよ」


「姉貴が社会人なんだがな。姉貴の高校の時の同級生カップルが、一年前に結婚したんだが……」


「……それで?」


「半年で、離婚した」


「え……? 半年で!?」


「結婚式の時には、もう……お互いにえきった関係だったらしい。

高校一年生の時からの付き合いだから、八年越しの付き合いの末の結婚だったんだが……、めた関係と言う事と、大人になって、自分の本当の好みが変わったのが、大きな原因だったそうなんだ」


「好みが……、変わる? ……ん!?」


「ここからが、恐らく、星泉にも当てはまる話だ。──小学生、中学生、高校生、大人。成長するにつれて、好きになる相手、そして相手に求める条件なんかが、変わっていくんだよな。俺達は成長せいちょう過渡期かときだ。これからも、変わって行く」


「そう、だけど……。じゃあ、今好きな気持ちって無駄だって言うの?」


「そうではない。今現在、その時の気持ちは重要だ。だが、少し先と、今とを照らし合わせて、今好きな相手とお付き合いできるか、しても良いのか……。

 ──損得関係だけじゃなく『本当の自分』が、その相手を好きなのか? 相手を大事に出来るのか? そう、俺は考える。

さっきの、離婚した二人と面識がある俺は──そう、考えてしまうんだ」


「面識って……、お姉さんの友達と?」


「姉貴が高校生の頃に、家に良く来てたんだよ。そして、男の方は、今は姉貴の彼氏なんだ。

俺とは何となく、仲が良くてさ。色々と、話を聞いて──恋愛とか、結婚とか、何なんだろうなって、ここんとこずっと考えてたんだよな」


「そういう……事ね。だから、御所河原君が落ち着いてて、ちょっと大人っぽく感じてた訳か。

――けどね」


「ん?」


「貴方と、その男の人は違う」


「そう、だろうけど」


「私は、貴方が好き!!」


 !――、来る……

 とは、思っていたが。


「ありがとう。けど、俺……」


「嫌なら無理にとは言わない。

けどねっ! こんな美少女と付き合えるなら、付き合える時に付き合っておけばいいのよ!!」


 強すぎ!


 けど、そうだな。


「わかった。だが、俺は女子と付き合う事が、まるっきしわからない。だから、期待に添えないかも知れないぞ?」


「大丈夫! 手取り足取り教えてあげるよ!」



 ──────────────────────



 その後、帰ることになったが、玄関で引き留められた。


「どうした?」

 と、俺が聞くと、星泉は俺の腕を引っ張り、頬にキスされた……。


「お前なぁ……」


「今日はありがと。リップ・クリームで間接キスはもうしてるけどね。ハイ! そっちもしてね」


 うーん、しゃあないな。


 俺も、星泉の右頬に軽くキスした。


「明日からは、御所河原君じゃなくて、下の名前呼びするからね! おさむ君!」


「……わかったよ、すみれ


 じゃあな、と言って菫のマンションを後にした。



 ──────────────────────



 外に出ると、綺麗な月が出ていた。

 満月かな? あまりの急展開に、月も笑っているんじゃないだろうか。


 それにしても───

 まさか、菫が彼女になるとはな……。


 ──仮に、上手く行かなかったとしても、それはそれで、経験になるのだろう。


 びびっていたら、何も出来ない。


 経験の蓄積が、未来なのだから。




 fin





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