第47話:愚かさの代償

 箱を開けたアリシアに、周囲がハッと息を呑む。


「大丈夫なのか!?」


 心配そうにヴィクターが腕をつかんでくる。


「ええ。身に付けさえしなければ大丈夫よ」


 アリシアの言葉に、ヴィクターがホッとしたように手の力を緩めた。

 アリシアはじっとダイヤのペンダントを見つめた。


「私には聞こえます。ダイヤからは深い怨嗟えんさの声がするんです。『憎い』『美しい女が憎い』『醜くなればいいのに』、と」


 皆がじっとアリシアの言葉に聞き入っている。


「このダイヤは美しい女を妬む性質があります。おそらく元の持ち主の怨念かと思われますが、身に付けた者の体を蝕んでいく力がある魔宝石です」

「それは――男がつけたらどうなるんだ?」


 ヴィクターの質問に、アリシアは頷いてみせた。


「男性ならばおそらくアザができたりはしないだろうけど、暗い怨念の塊を身に付けることによって心身に悪い影響が出てくると思うわ」


「それは――どうしたらいいのだ? たとえば破壊すれば呪いが降りかかるかもしれないと思い厳重に保管しているが」


 国王の懸念けねんはもっともだった。


「賢明です。怨念のこもった物を安易あんいに壊せば、どういう影響があるかわかりません。誰にも触れさせないよう、地下室などで保管するのがよろしいかと」

「なるほど。助かった、アリシア」


 対処法がわかり、皆が安心したように頬を緩める。


「私は!? 私はどうなるの!?」


 ローラがアリシアにつかみかかろうとして、兵士たちに慌てて制止される。


「元に戻るの!?」


 アリシアは悲しげにローラのアザだらけの姿を見つめた。

 よく見れば、顔だけではなく首や胸元、はては腕にまでアザがある。

 長い間つけていたのだろう。


「いいえ……。アザはそれ以上増えないけれど、体は元に戻らないわ」

「そんな……!!」


 ローラががっくりと膝を折って床にくずおれた。


「だから、私はあなたから遠ざけて図書室に隠したのよ……。強引ごういんな手段だったけど、それほど危険だったから……」


 ローラがわなわなと震えている。


「嘘よ……そんな!」


 美しい容姿が自慢だったローラにとって残酷な宣言だったが、アリシアは正直に伝えるしなかなかった。

 ローラがキッと睨んでくる。


「どうにかしなさいよ! あんた……魔宝石を使えるんでしょ!?」

「私は……宝石を鑑定したり、声を聞けたりするだけで……そんな力はないわ」

「いやああああああ!!」


 ローラが髪を振り乱し、大声で喚きちらした。


「嫌よ、嫌よ、そんなあああああああ!!」

「見苦しい!!」


 大声で一喝したのは国王だった。


「アリシアが気遣ってくれたというのに、ダイヤを身に付け、あまつさえ、盗人ぬすっと呼ばわりをしたのはそなたであろう!!」

「だって……! だってええええええ!!」


 駄々っ子のようにローラが泣き出した。

 かたわらにいるケインは苦い表情でそんなローラを見つめている。


「なんとかしてよ、ケイン!」


 ローラが涙にくれた顔でケインを見上げる。

 ケインがそっとローラから顔をそむけた。


「……口約束だが結婚の約束をした。慰謝料は払うから……出ていってくれ」

「は?」


 ローラが信じられないという表情になり、目を見張る。


「これまで我慢していたが、あまりにも浅はかすぎる。もう、おまえの面倒は見切れない」

「はあ!? 何言ってんの!? あんたの贈り物でこうなったのよ!?」


「蝕みのダイヤと知って、俺はつけるのをやめろと何回も言ったはずだ! それをおまえが無視したんだろ!!」

「ああ、そういうのは外でやってくれ! 衛兵! ふたりを外へ!!」


 心底うんざりした様子の国王が手を振ると、兵士たちがののしり合うローラとケインを謁見の間から連れ出した。


「ふたりともすまなかったな。手を煩わせた」

「いえ……」


「アリシア、魔宝石の対処法を教えてもらい助かった。よければ今後、この国の宝石鑑定士として働いてくれると助かるのだが」

「父上、アリシアは私の婚約者です」


「わかっている。王宮で囲い込もうなどとは考えていない。時折、鑑定を手伝ってくれるとありがたい」

「かしこまりました」


 アリシアは静かに一礼した。

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