第19話:能力開示

 アリシアは呆然としてバッグの中で輝くアメジストのブローチを見つめた。

 間違いなく本物だ。アリシアの鑑定眼がそうげている。


「どういうこと……?」


 クラッチバッグは常に手元にあった。お手洗いにも持っていった。

 誰かがブローチを入れる隙などなかったはずだ。


 アリシアはアメジストのブローチを取り出した。

 何度見ても本物に間違いない。


「それ……もしかしてギャレット夫人の……」

「ええ。彼女のアメジストのブローチよ」

「なんできみのバッグに……」

「わからない……」


 ヴィクターが考え込む。


「ジョセフィンといいペネロペといい、俺に関することできみは妬まれているし、注目を浴びている。誰かがきみをおとしいれようとしているんじゃないか?」


 アリシアはじっとヴィクターを見つめた。


「な、なんだ?」


 たじろぐヴィクターにアリシアは微笑んだ。


「私が盗んだとは思わないのね」

「当たり前だろう! きみがそんなことするわけがないじゃないか」


 率直な言葉に、アリシアは思わず微笑んだ。

 無条件で自分の味方でいてくれる。

 そんな存在は亡き祖父だけだった。

 温かいものが胸に満ちていく。


(まだ出会って間もないのに……)

(私を信じてくれているヴィクターのためにも、潔白を証明したい……!)


 アリシアの胸中に強い思いがわき上がった。


「どうする? 俺からギャレット夫人に返そうか?」

「いいえ、それでは私が盗んだのを王子の権威を笠に着て、罪を隠蔽いんぺいしようとしていると思われるわ」


 アリシアはまっすぐヴィクターを見つめた。

 ヴィクターが無条件で自分を信じてくれたように、アリシアもヴィクターを信じてみたかった。


「……宝石の記憶を読んでみるわ」

「は?」


 アリシアは右手の人差し指にはめている指輪をそっと撫でた。


「綺麗だね。透き通っていて、虹色に光ってる……」

「ダイヤモンドに似てるでしょう? でも違うの」


 アリシアはごくっと唾を飲み込んだ。


「これは『女神石』と呼ばれる魔宝石なの」

「魔宝石!?」


 ヴィクターがあからさまにたじろいだ。

 子どもの頃、魔宝石に恐ろしい目に遭わされたヴィクターにとっては当然の反応だろう。

 アリシアは慌てて説明した。


「大丈夫。持ち主や周囲に悪影響を与える石ではないわ」

「そうだよな……。お祖父様の形見と言っていたね」


 ヴィクターがすぐに平静を取り戻したのでアリシアはホッとした。

 彼の態度にはいつもアリシアへの信頼がけて見える。


(嬉しいな……)


 アリシアは自然と微笑んでいた。


「この『女神石』はすべての宝石の頂点に立つ存在。他の宝石のことがわかるの」

「どういうこと?」


「私がこの石を身に付けて宝石に触ると、その宝石の『記憶』が読めるの」

「記憶を!? そんなことが可能なのか?」


 ヴィクターが驚くのも無理はない。まさしくそれは『魔法』なのだ。

 だからこそ誰にも言わず、秘密にしてきた。

 だが、無条件に信頼してくれたヴィクターには明かしてみたくなったのだ。


 アリシアはドキドキしながら、ヴィクターを見つめた。

 その顔に嫌悪や疑心は浮かんでいない。

 素直に不思議がっているようだ。


(よかった……)


 アリシアはホッとした。


「私、このアメジストの記憶を読んでみるわ」


 そう言うと、アリシアはそっとブローチに指輪をつけた人差し指で触れた。

 目をつむり、意識をアメジストへと移す。


(お願い……私に記憶を見せて……)


 ゆっくり脳裏に映像が浮かび上がる。

 それは思いがけない光景をアリシアに見せた。

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