災害記録11
手錠を
「お前の自宅のパソコンは
「……家宅捜索の令状は取ったんですか?」
「国家の一大事なんでな」
そう
「お前さ、彼女が連れてこられたとき、
視線を逸らした男は、何も答えない。
「だから彼女に罪を
飯豊警部補は親指で後ろを指した。
「あの鳥野郎が全部吐いてくれたよ。お前、特殊激甚災害対策班に組みこまれる前から呪われていたんだってな」
会議室にいる全員にその意味が浸透するまで時間がかかった。予想外の展開に驚く硝子の視線の先で、身柄を確保された薊洋司が首を捻って清掃員に顔を向けた。
「人が悪いなあ、羽座間さん。知っていて黙っててくれていると思ったのに」
「人じゃないんでな」
律儀に答え、丸眼鏡の奥から冷徹な眼差しを送る。
「どうやらお前では
薊はおかしそうに机の上で体を揺すった。
「貴様、最初から全て知っていたのか」
理解に至った嶋子が拳が白くなるほど握り締めた。怒りに青ざめた彼を、飯豊が手で制した。
「嶋子さん、この人でなしに何を言っても無駄だ」
「でも、わからないな。明確に僕を疑う根拠はなかったはずですよ」
「長年の刑事の勘って奴だよ――今度ばかりは外れてほしかったがな」
自分を見上げる部下に、飯豊警部補は口の片端を歪めてみせた。
「お前の驚き方は、しくじった犯人のものとそっくりだった」
長机に顔を押しつけた男が引き
「なあ、どうしてこんな馬鹿なことをした」
小刻みに体を
「そもそもお前が呪われて生きている理由は何だ」
「僕が選ばれたからですよ、飯豊警部補」
頭を回して笑顔を見せた。その目は血走っていた。
「選ばれただと」
「ええ、言ったでしょう。AIでディープフェイク画像を作成したのは僕だ。よく似た偽物だったはずの画像が、気づけば本物にすり替わっていた。危うく絞め殺されるところでしたよ」
その告白に、会議室にいる班員たちが息を詰めていた。
「だけど、彼女は僕を殺さなかった。代わりに使命を与えたんだ」
「何を言っている」
「わかりませんか。僕なら、もっと和良波夜美の呪いを広められる。多くの人間に
飯豊は彼の頭髪を掴んで持ち上げた。鬼瓦に似た表情を向ける。
「鉄槌だと。てめえ、何様のつもりだ」
「僕の
薊の大声が会議室に響き渡った。
「和良波夜美と同じだ。学校でいじめに遭って、口にするのも汚らわしい画像を撮られて学校の裏サイトにばら撒かれた。あいつは生きていけないと言って、自ら死を選んだ」
衝撃を受けた硝子が両手で口を押さえる。彼は飯豊の顔面に唾を飛ばした。
「生徒たちは面白半分にその画像を落とした。学校側は自殺の真相を
顔を歪めて、絶叫した。
「どうしてそんな連中を救わなければならない」
誰も声にならなかった。静寂に満ちる会議室の中で、ただひとり羽座間が口を開いた。
「話はわかった」
鳥に似た仕草で首を傾げる。
「それで、今回の件と一体何の関係がある」
心底不思議そうな彼の発言に、全員が別の意味で絶句した。
「だから、あんたは人でなしの化け物なんだ」
清掃員のそばに大隈班長が立った。静かに告げる。
「羽座間、お前はもう喋るな」
少し心外そうな顔をして、羽座間は苦笑いとともに口を閉ざす。
飯豊警部補が彼の胸倉を掴んだ。
「その幼馴染とやらの復讐が動機か。ふざけるなよ、お前がしでかしたのは無差別テロだ。犠牲になったのは、呪いの画像の存在も知らない人たちだぞ」
襟元を強く締め上げられながら、薊は虚勢を張った。
「知ったことかよ。皆いじめを見て見ぬ振りをした。あの連中にとっては人の生き死にも娯楽なのさ。この世に生きる全ての人間が加害者だ」
「ああ、幼馴染の一人も守れなかったお前もな」
唸り声に似た声音で低く言う。薊の顔面が痙攣した。やがて力なく言った。
「もう遅いんですよ、飯豊警部補。僕がこうなることを予想していなかったと思いますか。時限爆弾を仕掛けたんですよ。とある端末で、僕が定時までに操作しなければ
飯豊警部補は目を剥いた。
「てめえ、この
「本当にそう思うなら試してみればいい。宛先はどこかな。共用のメールアドレスなんてどうでしょう。誰が持ち主として認定されるんですかね。例えば、そう、教育機関といった公用のメールボックスとか」
薊が醜く口元を曲げ、飯豊は顔を赤黒くした。彼の頭を長机に叩きつけ、近くで待機していた部下に指示を飛ばす。
「この【詳細は伏す】野郎のパソコンをもう一度洗え。そこのノートパソコンもだ」
「無駄ですよ。僕がそんなわかりやすい場所に仕掛けると思いますか。
薊の後頭部を押さえつけ、耳元で吠えた。
「てめえ、吐け。どの端末だ。いつ送信される」
「言うわけないでしょう。あんたたちの無能さで、もっと大勢の人間が死ぬんですよ」
狂気を
その目の前で硝子が
画素が乱れた、少女の生首だった。
上向きになった画面から黒い奔流が飛び出した。その夥しい毛髪が薊の首に巻きつき、天井近くまで吊り上げる。飯豊警部補にその髪の毛が見えているのかどうかはわからない。ただ呆然と両足を暴れさせる部下を見上げていた。
「ど、うして」
後ろ手に手錠を嵌められたまま、彼は
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