災害記録10
翌朝、再び会議室に呼び出された。昨日と比べて数人が欠けている。柔らかい朝日をカーテンが遮り、どこか
長机を手で叩かれ、無地のルームウェアを与えられた硝子は身を竦ませた。
「あんたは呪いの画像を添付したスパムメールをばら撒いた」
対面には、あの強面の警部補ではなく若い刑事が座っていた。薊と呼ばれていた男である。傍らにはノートパソコンが開かれたままだ。細いフレームの眼鏡の下に、神経質そうな苛立ちが見て取れた。
窓際に待機した蒲陸士が何度も振り返る中、刑事の厳しい追及が続く。
「動機は何だ。葬儀社を解雇された腹いせか。世間を逆恨みしていたんだろう」
その語気の強さに、静観していた大隈班長が口を挟んだ。
「薊刑事、ここは取調室じゃない」
「これは警察の領分だ。被害者を増やしたくないなら、口を出さないでもらえませんか」
厳しい口調で反論する。改めて対面で肩身を狭める容疑者を睨んだ。眼鏡のレンズが反射している。
「あんたしかいないんだよ、呪いの画像を取り扱えるのは。いい加減白状したらどうだ」
「違います……あれは、迷惑メールで送られてきたもので」
殆ど泣き出しそうに訴える彼女の
「そんなものは自作自演でどうとでもなるだろう。本当に冤罪というなら、どうしてあんな気持ちの悪い画像を消さずにいたんだ」
薊は容赦なく指弾する。
「あんたが死体愛好家であることは調べがついている。他人の死を見るのが好きで好きでたまらないんだろう。だから自殺現場を巡っていた。自殺者の数が膨れ上がっていくのを見るのは、楽しくて仕方なかっただろう」
硝子の顔が蒼白になった。暴露された衝撃的な事実に動揺しながら、同席していた嶋子が見かねて彼を止めに入る。
「薊さん、いくら何でも言い過ぎだ。まだ彼女が犯人であるという証拠は発見されていないんでしょう」
「状況証拠は十分だ。この女の他に、誰が呪いのメールをばら撒けたというんですか」
「自白の強要に証拠能力はないでしょう。少しは冷静になってください」
腰を浮かせた刑事と自衛官の言い争いになった。強い言葉が飛び交う会議室に、細い呟きが妙に響いた。
「そんなにおかしいでしょうか」
口論が止まる。二人の視線が俯く硝子に集まる。暗い上目遣いで見返した。
「あの子の遺影を持ち歩くことは」
会議室に沈黙が下りた。頬を引き
「あんた、やっぱりいかれてるよ」
そのとき会議室の扉が開いた。
「薊、誰が勝手に取り調べをしろと言った」
入室してきたのは、化繊のコートを着たままの飯豊警部補だった。その背後に控える清掃員の姿を認めて、嶋子が表情を険しくした。
「羽座間、貴様」
「文句ならこの旦那に言ってくれ。俺は一晩中連れ回されただけだ」
相変わらず飄々とした態度で、警部補を親指で指す。薊は立ち上がったまま、硝子を見下ろした。
「警部補、やはりこの女はクロです。まともじゃない。今すぐ署へ――」
飯豊は黙って顎を動かす。続々と背広姿の男たちが姿を現わした。薊たちと同じ刑事なのだろう。二人が座る長机へと足早に近づくと、硝子ではなく、薊刑事の背後に回って頭と肩を押さえた。
机に頬を押しつけた形になった薊は、眼鏡が外れかかって何が起きたのかわからないという表情をしていた。その彼を見下ろし、飯豊警部補は抑揚なく告げた。
「
その宣告を聞いた薊洋司は、歪んだ笑みで歯茎を剥き出しにした。
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