災害記録3

 踏切の警報機が鳴り響いていた。

 錆が浮いた線路沿いにすすきが穂を垂れ、エノコログサが手招きをしている。住宅地の中心から離れた踏切だった。雪白ゆきしろ硝子しょうこは名前に反して、黒いブラウスに同色のタイトスカート、パンプスという出で立ちで佇んでいた。ハンドバッグを提げ、片方の手には白い百合の花を携えている。

 以前、ここでは十代の少女が自殺したという。その弔いに訪れたのだ。

 寒い季節だったという。彼女は即死には至らず、無残な姿で最期まで意識を残していたらしい。その境遇に思いをせて、目尻に涙が浮かんだ。硝子は袖で顔を拭い、遮断桿が閉じられた前で跪いた。一輪の白百合を供え、両手を合わせて目をつむる。少女の冥福を祈った。

 どうか安らかに。

 閉ざされた視界の中に、甲高い警報機の音が鳴っていた。もうすぐ列車が来る。芒がにわかに騒ぎ出した。長い髪の毛が乱れる。ふと誰かが手首を掴んだ。

 まぶたを上げると、遮断桿の下から血塗れの腕が伸びていた。その手を辿ると、セーラー服を着た少女の上半身が這いつくばっていた。腰から下は失われている。

 蒼白な表情をした少女と目が合う。口を開閉させて何かを訴えている。鳴り響く警報機のせいで、何を伝えたいのかわからない。

 膝を折った姿勢のまま固まっていると、奇声とともに頭上から黒い影が舞い降りてきた。大きな翼を広げて、一本足の鉤爪で下半身のない少女を捕らえる。怪鳥としか呼べない異形が、その丸い眼光の中に硝子を映した。

 夥しい牙を生やしたくちばしを開き、言った。いつまで。

 その直後、列車が通過した。大量の黒い羽根が視界を覆う。連なる車体の風圧に押される形で、硝子は尻餅をついていた。黒々とした渦が晴れると、先刻と同じ景色が踏切の向こう側にあった。遮断桿が上がり、信号の色が赤から青に変わる。エノコログサが長い穂を垂れる中で、硝子はその姿勢のまま立ち上がれずにいた。

 背後から声が聞こえた。

「――いつまでそうしているつもりだ」

 呆然としたまま後ろを振り返る。そこに佇んでいたのは、枯草色の制服を着た男性だった。どこか見覚えのある丸眼鏡をかけ、煙草を口に咥えている。先端から紫煙しえんが立ち昇っていた。

 感情の読めない眼差しが硝子を見下ろしている。

「今、女の子が。大きな鳥が降りてきて」

 上手く言葉にならなかった。混乱している彼女には興味を示さず、丸眼鏡の男は足元に目線を下ろした。ハンドバッグが横たわっており、散乱する化粧品やハンカチに紛れて灰色の携帯電話が落ちていた。何年か前に出た古い機種で、飾り気のないカバーケースに赤い林檎のストラップがついている。

 男は屈み、躊躇ちゅうちょなく携帯電話を拾い上げた。呆気に取られる硝子の目前で、長方形の画面を眼鏡の表面に映す。黒い影が蠢いていた。

「何をしているんですか、勝手に触らないで」

 慌てふためく硝子が取り返そうとすると、異変が起こる。自身の携帯電話から黒い髪の毛らしいたばが飛び出し、男の腕や首に絡みついた。肉に食いこむほど強く締め上げる。

「つまらん抵抗をするな」

 丸眼鏡の男は表情を変えず、携帯電話を握る指に力をこめた。その手の中で金切り声が上がり、髪の毛が画面へと吸いこまれる。

 呆然と立ち尽くす硝子の眼前に、男は携帯電話の画面を突きつけた。

「聞かせろ。なぜあんたはまだ生きている?」

 硝子は目を見開いた。そこには赤い血だまりの中に立つ少女の生首が映っていた。

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