現実改変型魔法使い

@huhho

第1話

 東京郊外の中にある小さなビルの2階の扉を

開ける。

 まるで整理されていない書庫のように積み重なった本の隙間のその先に彼はいた。

彼は黒いローブを見に纏い、黒い鍔の付いた帽子、確かカフスといったそれを深々と被っている。

こんな都会には相応しくない格好をした《魔法使い》がそこに座っていた。

「まだ君はそんな古臭い格好でしかイメージできないのか。今はいいが、夏になってまた倒れてしまっても今度は助けないぞ?」


彼が苛立ちを隠せない声で喋る

「うるさいなぁ、まるで自分家のように僕の家に上がり込んできやがって。君の世界じゃノックと言う動作は存在しないのか。それとも、ただ単に礼儀がなっていないのだけの失礼な人間なのかい?」

どうやら今日の彼は機嫌が悪いらしい。

ここはひとつ、素直に謝っておこう。

「すまない、薄気味悪い屍が住んでる家にノックをする風習は私の世界にはなくてな。」

私の蛇足な言葉をいつものように無視しながら話す。

「それで、お前がここに来る時は何か要件があるはずだ。」

反応がないのは少しつまらないな。

まぁいい、これ以上話が脱線しても私が彼を一方的にいじるのだけなのだから。

素直に要件を伝えよう。

「いや、大したことじゃないんだが。最近こんなものを手に入れてね。」

 私は鞄から袋で包まれたそれを取り出す。それには触れぬよう慎重に袋を剥がした。

それは黒皮に簡素な鉄の留め具がついた本であった。

「《無名祭祀書》か、しかもドイツ語の初版…。これはどこで手に入れたんだ?」

なんと、一目で見分けるか。やはりこの男、目利きは確からしい。

「最近、爺様の知り合いがなくなったそうでな。その時の遺品整理で見つかったものを私が譲り受けたんだ。」

「お前なぁ、これがどんなものか本当にわかっているのか?分かってないにしろ、その知り合いがどんな風に死んだのかぐらい知ってるはずだ。」

彼はこちらを睨みつける。

「そんなことはわかっているさ、じゃなければこんな本一冊で私が引き下がるわけないだろう?」

《無名祭祀書》、またの名を《黒の書》

この本の作者フォン•ユンツトは密室で怪死

その友人はカミソリで首を切り自殺

もちろん今回の持ち主も死んでいた。だがそれだけだ、それよりもずっと価値のあることがここには書かれていると私は判断した。

「なんでもこいつには《ガノトーア》の情報が書かれているんだ。金にならないはずがない。」

《ガナトーア》、クトゥルフ神話に属する神話生物。

「どうだい、君が私から買い取ってくれても良いんだよ?」

「断る、クトゥルフ神話はろくでもないからな。お前も足を洗ったほうがいい。」

「私を心配してるのか、優しいやつめ。」

「黙れ」

どうやら本気で心配してるらしい、、、

「わかった、この話に関してはこれ以上首を突っ込まない。ただ—


コンコン

ノックの音だ、礼儀が成っている。


だか残念、この家に来るやつは全員もれなく、礼儀を知らなない馬鹿どもだ。


ポーチからスマホを取り出す。

「君—

彼の方を向くと、既に本の山の中から一本のチョークを取り出してる。

いいね、準備万端だ。

私はスマホから電子書籍を開き、手をドアにかざす。

イメージだ

魔術はそれで決まる。


想像すればいい、

阿の深き深淵を、

そこに待ちたる我らが神を


ph nglui mglw nafh cthulhu r lyeh wgah nagl fhtagn


彼らの肺に、溢れんばかりの海水を


現実は湾曲する

ドアの前にいたもの達が苦しそうな音を立てているのが聞こえる。

今頃ドアの前で倒れてるだろう。


隣では我が友がチョークで床に何かを一心不乱に描いている。

円の中に一つの五芒星、ありがちな形をした”魔法陣”である。


彼がチョークで魔法陣を描き終えた数秒後、

周りの視界が揺らぐ



ほんの一瞬の浮遊感



次に目を開くと、壁や天井、床が変わっていた。

どうやら家の物ごと、どこか違う場所に転移させたらしい。流石の想像力だ。

「くそっ、良い場所だったのに、、、」

何やら愚痴をこぼしているが、知ったことではない。

「おい、何かいうことはないか。」

「私の《無名祭祀書》はどこに行ったんだい?」

そうだ、家のものごと移動したはずなのに直前まで机の上においてあった私の本がない。

「あんな本はあいつらにくれてやれ。どうせあれが目当てで襲いに来たんだろうし、あいつらも万々歳だよ。」

足元にあった本を投げつける。

ありえない、ひどすぎる、わたしの本が置いてきぼりなんて。まだ電子化してすらいなかったのに。なんてひどい奴だ

まぁいい、それよりも

「ここは何処なんだい?」

「スコットランドのドーノッホ」

なるほど、さっきの場所から大体13000Kmほどの距離か、魔術で帰るには少しリスクがあるな。

この方法は気に食わないが仕方ない。

「君、さっき私はドアの前にいた奴らを足止めしたんだし、私の本を敵に渡した、その謝罪の証として私を日本に帰してくれないか?」

「元はと言えばお前が持ち込んで来た問題なんだけど。まぁ良いや、日本には戻してあげる」

彼は私の足元に先程の魔法陣を描く

先ほどと同じく視界が歪み始める


私たち魔術師と呼ばれる存在は、実際の所はちょっとした現実改変能力を持った人間だ。

改変をするのにはたった一つのルールがある

改変した先を、より鮮明にイメージできるかできないかこれだけである。

鮮明にイメージできなければ改変はできない

だからこそ私たちはイメージの解像度を上げるため宗教や逸話などを元にしながら改変をする。

だから、全く同じ魔術を行使したとしてもイメージの違いで全く違うものになるし、威力や規模さえも違ってくる。


そんな全く違う私たち魔術師には全員に共通してることがある。

「やられた…」


全員もれなく性格が悪い。

かくして、南鳥島に飛ばされた私が自分の家帰ったのはそれから2ヶ月後のことだった。










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